子供時代~1
俺はセレメンティー王国のグラスティ公爵家の嫡子として生まれた。先代のグラスティ公爵は嫡男となる男児に恵まれなかったため、国王の弟である俺の父親を婿に迎え、後を継がせた。
つまり、俺は国王の甥であり、王子の従兄弟であり、第二位の王位継承権を持っていた。
そんなだから、子供の頃の思い出は、実に貴族らしいものばかりだった。
まだ涼しい朝の時間。
「やあっ!……やあっ!」
緑に囲まれた庭の一角、レンガを敷き詰めた小さなスペース。そこで、僕は刃を丸めた稽古用の模擬剣を、定められた型に沿って何度も何度も振り下ろす。
「リスステル様、そんな振りでは相手に簡単に避けられてしまいますぞ。もっと足の運びにも意識を集中させるのです」
隣で見ていた剣の先生――オリバー男爵――に指摘され、僕は更に剣を振り続ける。
オリバー男爵は毎年開催される剣術大会で何度も優勝しているほどの剣の使い手だった。そのため、国内の貴族から子供に剣を教えて欲しいという依頼が引きも切らない。
グラスティ公爵家も彼に依頼した貴族の一人で、そこでの教え子は当然嫡男である僕。6歳になる前からずっと教わっているので、もう、5年以上も彼に剣を教わっていることになる。
そう言えば、前に彼が言っていたが、こんなに長く一人の生徒を見ているのは僕だけだそうだ。
何でも、他の生徒にとってオリバー男爵の教え方は厳しすぎるらしく、長くても半年くらいでお役御免になってしまうとか。ただ、それでも我が子を鍛えて欲しいという貴族が後を絶たないのは、「あのオリバー男爵に鍛えて貰ったという箔付けのためでしょう」と本人は苦笑いしていた。
「結構!続いて三の型!」
「はい!」
三の型は真下からすくい上げるように剣を振り上げる。ただそれだけの型だ。
それをひたすら繰り返している僕を見ながら、
「そう言えば、ご存じかも知れませんが……」
とオリバー男爵が口を開いた。もちろん、僕に返事をする余裕がないことは分かっているので、返事なんて待たずに勝手に言葉を続ける。
ちなみに下手に返事をしようものなら、「そんな余裕があるのは真面目に稽古に取り組んでない証拠です!」とこっぴどく叱られるだけだったりする。
「先日陛下に呼ばれましてな。リスステル様の従兄弟に当たられますアンソニー殿下にも剣をお教えすることになりました」
アンソニーは僕より二つ下の9歳だっけ。
そっか。やっと剣の稽古も始めるんだ。
でも、それを何で僕の稽古中に言い出すのだろう?
その疑問はすぐに解けた。
「リスステル様の熱心さと剣の腕は既に陛下もよくご存じです。それで、出来ればリスステル様と一緒に殿下も稽古をさせて欲しいと申されました」
なるほど。それは確かに僕も無関係じゃないね。
「そう言うわけですので、明日からリスステル様には城の方においで頂くことになります」
いや、ちょっと待った。そんな話は聞いてないよ!
ってゆーか、それって前日に言う事!?
その動揺を見抜かれたのか、オリバー男爵はよくしなる木の棒で僕の右肘をピシッと打った。
「リスステル様、雑念はよくありませんぞ。剣筋が乱れます」
はい、ごめんなさい。
でも、いつ打たれたのか、全然見えませんでした。
「では、続けてください」
その日の稽古は、それから1時間。たっぷり続いた。
午後の勉強が終わると、やっと自由時間だ。
護衛がいたらはっちゃけることは出来ないけれど、かといって、護衛無しで屋敷から出ることは許されない。……護衛がいても、基本的に許して貰えないけど。
ただ、広大な公爵邸には森がすっぽり入るほど広い庭がある。4つ年下の妹のフィリーや時には使用人の子供達を引き連れて、或いは遊びに来ていた他の貴族の子供達を引きずり回して、庭で遊ぶのはとても楽しかった。
「待ってください、リスステル様~~」
へろへろになりながら追いかけてくる使用人の子供達。彼らに捕まらないように、フィリーの手を引っ張って、時にはお姫様だっこもしながら、庭中を逃げ回る。
俗に言う鬼ごっこだ。僕もフィリーもこの遊びは大好きだった。
ただ、この遊びは使用人の子供相手じゃないと面白くない。貴族のボンボンは体力がからっきしなので、数分もしないうちにばててしまい、鬼ごっこが続かなくなってしまう。
「まあ!またそんな泥だらけになって!」
東屋への渡り廊下を横切ろうとしたら、たまたまそこを通りがかったお母様に見つかってしまった。後でまた叱られそうな気もするけど、でも今は後ろから追いかけてきている鬼から逃げるのが先だった。
「ごめんなさい、お母様!」
「ごめんなさい……」
あんまり誠意がこもってなかった気もするけど、とりあえず謝って、池の方へと走って逃げた。手を引いているだけのフィリーも何とかついて来れてるみたいだけど、やっぱりドレスは走りづらそうだった。
「こら、あなたたちまで何してるの!!」
池の縁に辿り着いた僕たちが、次はどっちに逃げようかと悩んでいたら、そんな声が聞こえてきた。後ろを振り返ると、追いかけてきてくれていた鬼役の子供達が、お母様の侍女達に捕まって、お小言をくらいながら連行されていくのが見えた。
「あー、今日の鬼ごっこは終わりかー」
彼らが僕につきあって走り回っていたことはみんな知っているので、気の抜けた説教を受けながら全身を隅々まで洗われる以上に酷いことはされない。
そのことを知っている僕とフィリーは、ただ、鬼ごっこが終わってしまったことを残念に思いながら、池の縁の芝生の上に寝っ転がった。
「今日も楽しかったですね、兄様」
「うん、明日も遊ぼう!」
僕はそんな楽しい毎日が、ずっと続くと思ってた。
少なくとも、大きくなるまでは。




