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ドットムートの騎士  作者: sularis
青年時代
19/30

青年時代9

荘厳な曲が流れている。

 あらゆる神々、そして失われたカリオス公国の神を奉るカリオス公国大聖堂。そこで、グラカード王子とフィリーの式は行われていた。

 大聖堂にはカリオス公国の貴賓に加え、カリオス公国の友好国の大使や貴族達が多く招待され、参加していた。大聖堂に備え付けられた無数の席は彼らによってほぼ全て埋められていた。

 そんななか、新婦の兄である俺は右の最前列の席で、式の進行を眺めていた。


「新郎よ、汝、フィリー・エム・グラスティを妻として娶り、生涯をかけて愛し、守ることを誓うか?」

 神紋が掲げられた台の下、一人一段高い位置に立っている、頭髪が全て真っ白になっている大神官が、白い礼服に身を包んだグラカード王子に厳かに訊ね、

「誓います」

 その前に跪いているグラカード王子が静かに答える。

 それを聞いた大神官は満足そうに頷くと、真っ白なレースとフリルまみれのウェディングドレスを纏ったフィリーの方へと向き直る。ヘッドドレスに刺さっている一本の赤い薔薇が人目を引く。

「新婦よ、汝、グラカード・エム・カリオスを夫として認め、生涯をかけて愛し、側に立つことを誓うか?」

 やはり、大神官の前で跪いているフィリーが静かに答える。

 それを聞いた大神官もやはり満足そうに頷くと、

「では、立ちなさい。そして、誓いの口づけを」

 それを合図に、二人はそっと立ち上がり、互いに向き合うと、ゆっくりを顔を近づけ、そして目を閉じ、唇を重ねた。

 いつの間にか、流れていた曲の音量も下げられ、静かな時間が大聖堂を満たす。

 公爵ともあろう者が一人では体裁が整わないと同席を認められたセシルが、隣でハンカチを口元に当てて、涙を流している。

「素敵です……」

 そんな言葉が微かに聞こえてきた。感動しているのか。

 やがて、二人の唇が離れると、

「ここに新しい夫婦が誕生した。願わくば、神々の祝福がこの二人にあらんことを。永久の絆で結ばれんことを」

 大神官がそう宣言し、大聖堂の各所に用意されていた仕掛けから、大量の紙吹雪が撒き散らされる。

 同時に、静かになっていた楽団が再び大音量で祝福の曲を演奏し始め、出席者達から盛大な拍手が送られた。

 そんな中、新郎新婦はもう一度キスをすると、新郎が新婦の手を取ってエスコートしながら、バージンロードを出口へと歩いて行った。



「とっても素敵でした……」

 夢見る乙女のような――経験はあるが乙女と言っても問題は無いか?――表情で、セシルはぽーっとしていた。

「そうだな」

 俺にとっては、結婚式が良かった悪かったよりも、これで1つ、肩の荷が下りたことの方が大きかった。気のせいかも知れないが、せめてそう思いたい。

「私もいつか……」

 途中で言葉を切ったセシルを見ると、

「あ、いえ、何でもありません」

 慌てて首を振ったが、セシルにもこういう結婚式という物への憧れがあるのだろう。ただ、好きな男が出来ても、フィリーになったセシルと違って、セシルになったフィリーを手放す気はないし、そんな俺にどうこう言う資格もない。せめて、気づかない振りをするしかなかった。


 大聖堂を出ると、一度公邸に戻った後、王宮へと向かう。この後、王宮の大広間で盛大な披露宴が行われる予定になっており、新婦の兄としてのちょっとしたスピーチを行うことになっている。



「そう言うわけで、明日はもう来ないから」

 大広間の上座に設けられた新郎新婦の席の前に陣取り、フィリーにそう告げる。

「出来れば、帰る前にもお会いしたかったのですけど……」

「そのうち会う機会もあるさ」

 意気消沈するフィリーを、グラカード王子が慰める。

「そうですね。戦争が一服している時期なら、何か用事をかこつけて顔を見に来ることも出来るでしょう」

 実際、可能ならばそうするつもりではいる。

「その時は精一杯歓迎させて頂きましょう」

「それは楽しみにしていますよ」

 にこやかなグラカード王子に、こちらも笑顔で返す。

「その時には、甥か姪の顔を拝めるかな?」

「……っ!!」

 真っ赤になるフィリー。よく見ると、隣のグラカード王子も微妙に赤くなっていた。

「まあ、殿下。即位される前にもう一度くらいはこちらにも遊びに来て下さい。ここに比べれば見るべき物は少ないかも知れませんが、それでも改めていろいろ案内させて頂きたいですから」

「ええ。そうですね」

 そろそろ後ろにずらりと並んでいる貴族連中が鬱陶しくなってきた俺は、新郎新婦の前を去るべく、最後の挨拶をした。

「セシルも、また遊びに来てね?」

「ええ、フィリー。あなたもね?」

 俺に遠慮して、女性同士の話はあまり出来なかったものの、せめて最後の挨拶だけはしていた。

「それでは、殿下の健康と幸せをお祈りして」

「こちらこそ」

 互いに握手を交わし、俺とセシルは新郎新婦の席を離れた。


 無論、その後の新郎新婦は押し寄せてきた貴族達の挨拶に忙殺された。こちらもあちこちの貴族が押し寄せてきて、挙げ句、セシルを息子の妻にとか、私の後妻にとか言い出してくる連中が出始めたので、さっさと見切りをつけて逃げさせて貰った。

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