青年時代8
「らっしゃいらっしゃい!今ならグラカード殿下婚約記念で全品1割引だよ!」
と大声を張り上げて客を呼んでいるのがいるかと思えば、
『殿下結婚記念アクセサリ、期間限定発売中!』
という看板が立っていたり、
『肌にいい野菜を食べて、玉の輿を狙おう!』
とでかでかと書かれた垂れ幕が下がっていたり……
「なんか、すごいですね」
とは、ローレルの商店街を歩いているセシルの言。今は庶民的な服に身を包んでいて、間違えても貴族やそのお供には見えない。
現在、カリオス公国の首都ローレルは、グラカード王子の婚約発表に沸いており、どこもかしこも大騒ぎだ。ついでに御利益にあやかろうというのか、便乗商法も大流行で、市場や商店街はもうそれ一色となっていた。
ちなみに、婚約記念と結婚記念が入り乱れているが……婚約発表が数日前で、来週には結婚するのだから、どっちが正しいのか誰も気にしていない。
「お祭り騒ぎっていうのはこういうのを言うんだろうな」
セシルに相づちを打った俺も、庶民っぽい服を着て歩いている。
公邸や王宮にばかりいるのは息が詰まると無理を言ったところ、公邸の出入りと服装だけ気をつければ、出歩く許可が貰えた。で、さっそく庶民向けの服を用意させ、公邸の裏口から日雇いの使用人っぽく出てきて、町を彷徨く今に至る。
「聖堂も何か浮ついてましたしね」
ここに来る前に寄ってきた聖堂も、王子の婚約・結婚というめでたい話に結婚願望を刺激された独身男性・女性で大賑わいだった。もっとも、どこの神に願いを捧げるのかさっぱりだが……守護神がいないせいか、カリオス公国の国民はその手のことに無頓着らしい。
ちなみに、
「セシルも何か願っていたみたいだけど、何を願ってきたんだ?」
聖堂で大騒ぎしていた独身女性の群れに突入していたセシル(よく潰されなかったものだ)を思い出して訊いてみると、
「女の子には女の子の秘密があるんです!」
答えて貰えなかった。
「それより、あれ!あのお店に入ってみましょう!」
それどころか、俺をアクセサリショップへと引きずり込む。
「いらっしゃいませ~」
若い女性店員がにこやかに挨拶してくるが、セシルはそれを無視して、陳列棚へと突撃する。
店に入った時点で手を離して貰っていた俺は、その後からゆっくりと、店内を観察しながら付いていった。
黒を基調とした店内は、外から思っていたよりは結構広かった。建物自体はローレルの他の建物同様石造りのはずだが、壁に垂らされた黒い布で石の壁は隠されており、冷たい感じはしない。……かなり暗いが。
手近な陳列棚を覗き込むと、意外と種類が取りそろえられていることに俺は驚いた。
セレメンティーではアクセサリは貴族や金持ちなど限られた人間しか身につけることはない。そのせいか、数少ないアクセサリの店には代表的なデザインの見本が幾つか並んでいる程度なのだ。
俺たちの今の格好で店員がイヤな顔をしなかったし、ひょっとしてこれは……と考えていると、
「恋人へのプレゼントですか?」
先ほどの女性店員が陳列棚の前で足を止めていた俺にそう声をかけてきた。
プレゼントと言われ、ちらりとセシルを見る。この店員が言った恋人という言葉が聞こえたのか、横顔がなにやら赤くなっているようだ。
その俺の視線に気づいたのか、店員の笑みが微妙に深くなった気がする。
……なにやら、入ってはいけない店に入ってしまった気がしてきた。
いつの間にか、店員はセシルを引っ張ってきていて、俺の目の前で陳列棚から取り出したアクセサリを当ててみては、これはいまいちだの、これは可愛いだの、これが似合いそうだの、これで色気がほにゃららだの好き勝手言い始めている。で、セシルもまんざらでは無さそうだ。
これは最早……買わないという選択肢が無い気がしてきた。
満面の笑みを浮かべた店員に渡されたイヤリングを手に、上目遣いに見てくるセシル。
その視線の威力は絶大で、一応まだ残っている罪悪感まで刺激されると、逃げ場など最早無い。
「……いくらだ?」
その言葉にセシルは申し訳ないという表情と嬉しいという表情を同時に浮かべるという器用な真似を見せてくれた。その横で、店員がガッツポーズをとったのはしっかり見てしまったが。
「あの、ありがとうございました」
店から出て、頭をぺこぺこと下げようとするセシルを止め、
「折角だから、つけてみたらどうだ?」
「あ、はい!」
いそいそと可愛らしいラッピングをあけて、早速耳につけ、
「どうですか?」
金髪を掻き上げ、イヤリングを見せてくる。
……まあ、なんだ。
「……似合ってるぞ」
その言葉で素直に喜ぶセシル。
心のどこかがうずいた気がするが、きっと気のせいだ。
ちなみに、イヤリングは意外と高かった。道理で店員がガッツポーズなんかしたわけだ。他のアクセサリは庶民でも手が届きそうな値段が多かったが、セシルが身につけているイヤリングは庶民には手が出しづらい値段だった。
あまりお金を持ってきていなかったので、一気に懐が軽くなってしまったのは余談か。
「少しお腹が空いたな」
ローレルを東西南北に貫く2本の大通り。その交差する場所にある王立公園を散策している最中に、俺は空腹を覚えた。
首都のど真ん中を占有しているその公園は、生け垣の迷路やら、あちこちからかき集めてきたと思しき花が咲き乱れている花園やら、水鳥の群れが遊ぶ池やら、狙ったように配置されている藤棚やら……ここを設計した人間は、結構いいセンスをしていたのだろう。
「何か食べますか?」
セシルにそう訊かれ、辺りを見回すと、屋台が2つ3つ見える。
「スイーツならありそうだな」
「そうですね」
俺の視線の先を追いかけ、セシルもその屋台を見つけたらしい。
「食事の変わりにはならないだろうが、無いよりはマシか」
運動して腹が減ったわけでもないのに、激甘スイーツは如何なものかと思うが、隣で興味をそそられているセシルのためにも、1つ買ってみることにしよう。
「すっごくおいしいです!ほんとにもう要らないんですか?」
二口食べて撃沈した。甘すぎる。なんだこれは。空きっ腹に詰め込む物じゃない。
で、後は全部食べていいとセシルに渡すと、きらきらと目を輝かせながら熱心に食べ始めた。時々俺の方を見ているが……餌をとられないように警戒している小動物っぽい。
にしても、屋敷のメイド達はしょっちゅう甘いものを食べていたが、女性というものはそんなに甘い物が好きなのか。感心する。
その後、公園を出て改めて昼食をとった後、ローレルの市街地にある遺跡を見たり、いくつかの店を冷やかしたり、大通りの路上でパフォーマンスをしている芸人に小銭を投げたりしている間に、すっかり辺りは暗くなってしまっていた。
その公邸への帰り道。
「今日はとても楽しかったです」
「そうか」
「また、こうして二人で遊びたいですね」
「そうか」
まだまだ遊べそうな程にテンションが高いセシル。
それとは対照的にいろいろ疲れ果てた俺。返事も投げやりだ。
楽しかったかどうかと訊かれれば、楽しかったと答えられる。でも、それは俺の心苦しさを増すものでもあった。




