青年時代6
「カリオス公国ってどんなところなんですか?」
のんびりと揺れている馬車の中で、向かいの席に座っているセシルがそう訊いてきた。
国の外に出るのは初めてということで、かなり浮かれている。
ただ、俺もセレメンティーから出るのは初めてで、勿論カリオス公国も行った事なんて無い。だから、本で読んだ知識の披露で我慢して貰うことにする。
「中立国ということで、長い平和を享受している珍しい国だ。偶に周辺国家の争いに巻き込まれることもあるようだが、原則専守防衛。自ら他国を攻撃したことは、もう数百年以上もないな。攻められたことも百年以上無いという話だ。
おかげで、ずいぶん人口も多い。セレメンティーの3倍以上はいるな」
などなどと、我ながら呑気な解説を延々と続ける。
まあ、戦争をしに行くわけでも無し、大した悪事を企みに行くわけでも無し。のんびり出来るのは悪くはない。
馬車の窓から見える外の風景は、国境を越えたばかりのこの辺りでは、セレメンティーと大して代わり映えしない。何にもない草原がどこまでも広がっている中に、たまに、遊牧の民が羊や牛を追っていくのが見える程度だ。
ちなみにセシルも俺の専属メイド扱いでしっかり付いてきている。ただ、フィリーと区別が付かないほどのそっくりさんがグラスティ公爵家にいることを知っているのは、公爵家内部と、先代のグラスティ公と親交が深かった一部の国内の貴族に限られる。
なので、セシルには髪の毛の色を染めて貰ったり、つけ眉毛とつけ黒子で顔の印象を変えて貰ったりと、変装に余念がない。おかげで少なくとも、ぱっと見た感じ、フィリーと見間違うようなことはなくなったが……
一月の間変装し続けなくてはならないのに、変装を誰かに手伝わせるわけにも行かず、セシルを変装させるためのあれこれは全て俺の担当になってしまった。
「あっちはどうしてるんでしょうね?」
解説するネタもなくなり、会話が途切れてしばし。
セシルが言ったあちらとは、グラカード王子とフィリーの乗った馬車の方だろう。
本来ならグラカード王子は一足先にカリオス公国に帰っているはずだったのだが、ずるずるとセレメンティーに滞在し続け、結局、フィリーの花嫁行列と一緒に帰国することになってしまっていた。
で、本来、フィリーは俺たちと同じ馬車に乗ってカリオス公国へ向かう予定だったのだが、グラカード王子の強い要望(というより我が儘)でフィリーはグラカード王子の馬車に同乗することになってしまった。
「ラブラブいちゃいちゃしてるんじゃないか?」
些か投げやりに答えてみる。
正直、可愛がっていた妹が、他の男といちゃいちゃするなど、面白くない。実に面白くない。
「でも、恋愛結婚なんて、貴族や王族では珍しいんでしょう?ちょっと羨ましいです」
夢見る乙女のような瞳をきらきらと輝かせるセシル。
「まあ、大抵は政略結婚になるからな。跡継ぎだけ出来たら、お互い後は愛人でも囲って好き勝手やる貴族も多いらしいな」
「殿下、それはあまりにも夢がないですよ……」
俺の意地悪に、ぷーっと頬を膨らませるセシルだが、怖いというよりひたすら可愛らしい。
それだけに、今夜のことを考えると少しだけだが、心が痛む。
「まあ、フィリーの所は大丈夫だろう。グラカード王子が浮気性でもない限りな」
「浮気性なんですか?」
「いや。むしろ今までは異性に全く興味を示さなかったと聞いているな。……勿論、同性にもだぞ?」
一瞬、セシルが腐った目をしたような気がしたので、慌てて補足を入れておく。
最近、どこからか怪しい知識を仕入れているようなのだが、しっぽを掴めていないので、問い質すには至っていない。というか、うちのメイド連中が絡んでる気がしてならない。
まあ、害がない間は放っておくつもりだが……
「でも、フィリーが子供を産んだら、殿下もおじさんなんですね」
「…………」
一気に気分が老け込むようなことを言われた気がする。
「すぐに子供が出来るようなことにはならないと思うが……?」
「そんなの分かりませんよ?だって……」
更に何か言いそうだったが、セシルの口を無理矢理塞いでそれ以上話せなくする。どうにも、この話題を続けると、いろいろと疲れそうな気がするし。
「この話題はもう終わりだ。いいな?」
セシルが頷くのを確認してから、セシルの口から手を離す。
その後は、その夜泊まる宿場町に着くまで、比較的無難な話をしていた。
湯浴みも夕食も終わり、借り切った宿の各々の寝室に皆が戻った後。
俺たちが泊まることにしていた宿は貴族でも泊まれるようなかなりしっかりした作りとなっていた。三階建ての最上階は他の階よりも広々とした部屋(実際にはいくつかの小部屋に仕切られている)が4つあるだけで、グラカード王子、フィリー、俺がそれぞれ一部屋ずつ占有し、残りの一部屋には俺たちの付き人の女官達がまとめて放り込まれている。
「えっと、私はここでいいんですか?」
ソファの上でワインをちびちびやっている俺の前には、ワインの瓶とグラスが載っているテーブルを挟んでセシルが座っている。
「この広い部屋に一人というのもな」
無論、それはセシルをこの部屋に呼び出した理由ではない。
「でも、グラカード殿下もフィリーも一人ではありませんか?」
「あの二人は、それぞれ最低限の付き人が一緒に……いないかもしれないな」
俺の台詞に、「ああ」と納得しかけたセシルは、言葉の後半に首をかしげた。
「付き人がいないって、追い出すって事ですか?」
「若い二人が、夜を一緒に過ごしたがるのは不思議なことでもないだろう」
複雑な気持ちにはなるけどな、と心の中で付け加える。
とりあえず、俺のその言葉でセシルはどういう事か察したらしく、顔が真っ赤になってしまった。
「ちょっと、フィリーには早くないですか?」
「貴族なんてそんなもんだ。子供を産める身体になってないならさすがに止めるがな」
一応、メイド達の噂話で、フィリーも既に子供を産めるようになっている事は聞いている。あまり知りたいことでもなかった気もするが。
ちなみに、
「セシルももう、子供を産める身体になってるのも知ってるぞ?」
フィリーの話だけでも真っ赤になっていたセシルをからかうように、そう言葉をかけると、
「…………!!もうっ!」
ますます真っ赤になって、ソファの上に置かれていたクッションを俺の方へと投げてきた。
さすがにまともに食らうと、持っていたワインが零れかねないので、空いていた右手で投げつけられたクッションを受け止める。
まあ、そろそろ頃合いか。
しばし、他愛もない話をしたりして時間を潰した後、ふとそう考えた。
三階の廊下には警備の者はいない。二階から三階に上がる階段の下に配置している。女官達も部屋から出歩かないようにしっかり言い含めてある。理由は、グラカード王子とフィリーの邪魔になるからとつけておいた。
まあ、個室のドアは防音もしっかりしているし、多少の音は廊下に漏れたりしないはずだが。
俺はグラスに残っていたワインを一気に流し込むと、グラスをテーブルの上に戻した。
「そろそろ、お休みに?」
「ああ、セシルも寝室に戻るといい」
この三階の部屋は従者付きの身分の人間が泊まること前提の部屋だけあって、主人用の寝室の他に、従者用の寝室もしっかり備え付けられている。
「わかりました。それでは失礼させて頂きます」
そう挨拶をして、割り当てられた寝室へ戻るセシル。
俺もソファから立ち上がると、自分の寝室……ではなく、セシルの後についてセシルの寝室へと入り込んだ。
「……?部屋、間違えてませんか?」
何故か自分の後に付いてきた俺を見て、首をかしげるセシル。
「いや、間違えてはいない」
俺はそう答えると、セシルの両腕を掴み、一気にベッドへと押し倒した。
「!!!?!」
何が起きたのか理解できないセシル。
その唇を容赦なく吸われ、瞬く間に真っ赤になる。
「……っはぁ……何を!?」
唇を解放され、そう訊いてきたセシルの乳房を揉みしだく。
「きゃっ!?」
可愛らしい声を上げるセシルに、
「分かるだろう?今からお前を抱くんだよ」
事実だけをそう告げながらも、俺の手はセシルの胸を揉むことを止めはしない。
「あっ……はぁっ……そんな……ダメ……です」
俺の身体を押しのけようとするが、とても本気とは思えないような抵抗では、意味がない。
だが、
「ダメ……です……お兄様……!」
セシルは……いや、セシルになったフィリーは、そう俺を拒絶しようとしていた。
その様子に、全く心が痛まなかったと言えば嘘になる。だが、これは必要なことなのだ。
「ダメなのか?フィリー」
微かな痛みを押しつぶし、耳元でそっとささやく。
「あっ……」
本当の名前を呼ばれ、フィリーの両腕から力が抜けた。
「何で……その名前で呼ぶんですか……」
そう、両の目に涙を浮かばせるフィリー。
その涙をそっと吸い取り……抵抗を失ったフィリーの身体に、俺は没頭していった。




