青年時代5
『婚姻の申し込みを受ける』
そう、カリオス公国に返答してからは、嵐のような日々だった。
まず、あちらから山のようにいろいろな物が贈られてきた。
中立国で戦争に巻き込まれることが少ないという平和な土地柄、この世界での貿易の中心地として、或いは様々な技術・芸術の発達した国として、原則常に戦争状態にあるセレメンティー王国に比べ、遙かに珍しい物や貴重な物、便利な物などが沢山ある。
そういった品々が、未来の王妃の生家であるグラスティ公爵家にこぞって贈ってこられたのだ。
部屋が2つ3つ、それらの品々だけで埋まりそうになり、これ以上送ってくれるなとあちらに注文をつける羽目になった。
次に、フィリーの教育である。あちらとこちらでは使っている言葉は似通っているものの、やはり全く同じとは行かない。更に、未来の王妃としてあちらに行くならば、最低限の礼儀作法に知識も身につけさせなくてはならない。
幸い、グラスティ公爵家令嬢として恥ずかしくない程度の教養と礼儀作法は十分に叩き込まれていた。それを下地にすることで、カリオス公国からフィリーの教師としてやって来たどこかの貴族の令嬢は、一月ほどでフィリーをカリオス公国の社交界に出しても恥ずかしくないレベルにまで仕上げたとか。
……相当大変だったようだが、女性達のマナー教室を覗く勇気はなかったので、何が起きていたのか、俺は知らない。何度かお茶やケーキを差し入れに行ったマクシミリアンですら弱っていたので、出来れば知りたくない。
最後が求婚してきたグラカード・エム・カリオス王子当人の頻繁な来訪である。途中からは一日おきのペースで顔を出していたし、あれは絶対国に帰ってないと断言できる。
一度こっそり、彼の付き人の一人を捕まえて、王子があんなんでいいのかと訊いてみたのだが、今まで浮いた噂の1つもなく、このままでは生涯独身かと懸念されていたそうで、むしろ国王含めて周囲からしっかりやってこいと尻を叩かれてきているとか。
一応、この国は常に戦争中で、一度は王都近くまで敵軍に侵入を許すとか安全とは言い難いんだが……
いや、他国の王族の家庭事情など知らない方がいい。そうに違いない。
ただ、かの王子が毎日のようにグラスティ邸に顔を出し、その度に王子とフィリーのバカップルぶりに、屋敷中の人間の仕事が中断を余儀なくされるのはさすがに困った。
結局、グラカード王子は我が屋敷には出入り禁止……には出来なかったので、フィリーを王城に連泊させることで、王子がやってこないようになった。
ちなみに、ここ数年大人しくしていたお隣のグランス皇国だが、最近、再び国境線の付近で我が国と小競り合いを起こしているらしい。情報部によると、近々大規模な軍事行動に出る可能性があるとのことなので、王子を追い払った後はかなりの時間を軍の鍛錬に費やす羽目になった。
明日はフィリーと共にカリオス公国へ向かう晩のこと。
「何を考えているのですか?」
月に一度訪れてくる女神が、俺の隣でそう訊いてきた。
事を終え、互いの肌が上気しているベッドの上でのことだ。
正直、俺の復讐の対象に、セラスティアの名前が入ったことを知られるのではないかと、かなり警戒していた。しかし、杞憂だったようだ。
いつものように俺を誘い、自らの情欲に身を任せるこの女神は何も気づいた様子はなかった。
「ちょっと明日のことを、ね」
セラスティアのブロンドの髪に手櫛を入れながら、内心の憎悪など素知らぬ顔で答えてやる。
「ああ、フィリーのことですね」
枕に顔を埋めたまま、セラスティアはそう言った。
そう言えば、フィリーのことも心配の種ではあった。隣国に嫁がせるのは、女神としてはアリなのだろうかと思っていたのだ。
実際には、何の反対もされなかった。むしろ、諸手を上げて喜ばれたくらいだ。
理由は分からない。分からないが、どうせロクでもないことを考えているに違いなかった。
もっとも、入れ替わりにすら気づいていない様子では、そのロクでもない期待は大いに裏切られるだろうが。
「やはり、大事な妹を遠くにやるのは心配なのですか?」
「言うまでもないだろう?たった一人の肉親なんだから」
「そうですね。でも、きっと大丈夫です。あの国は平和なのですから」
身体ごと俺の方に向き直り、妖艶な笑みを浮かべる女神。
「守って上げるとは言ってくれないんだね」
「残念ながら……あの国は私の力が及ばないところですから」
猿芝居を。と思わないでもないが、確かにあの国は別の神の民の国だ。本当に力が及ばないのかも知れない。
まあ、それならそれで好都合ではある。
などと考えていると、
「それよりも、貴方もそろそろ妻を捜すべき時です」
「……毎月通ってきていてよく言う」
あまりに呆れすぎて、うっかり心の中の蓋が取れそうになった。
慌てて蓋を押しつけて、ついでに何か気の利いたことでも言ってみようかと思ったが、
「そうですね。できれば、貴方には私だけを見ていて欲しいです」
ふざけたことを抜かしてくれたので、止めにした。
「ただ、私は貴方の子を産むことは出来ません。それでも……」
そう言いながら、女神は手を伸ばしてくる。
「せめて、この一時だけは貴方の物に……」
そういうことか。
セラスティアが何を求めているか知った俺は、あまり気は乗らなかったが、付き合うことにした。
いつも通り……というのは難しいが、快楽に溺れている間は、こちらがボロを出しても気づかないだろう。なら、それで時間を潰すのもありだろうからだ。
その翌朝。
俺が起きると、既に女神の姿はなかった。いつものことだが。
既に昨日のうちに、カリオス公国へ向かうための支度はほとんど全て済んでいる。
予定では、往復におよそ二週間。あちらでの滞在も二週間なので、大体一月ほどの予定になっていた。




