青年時代4
その日から、復讐のための計画を練る日々が始まった。
頭に植え付けられた何かは、主観が入り得ない明確な質問に対してのみ、答えを寄越すことが分かっていた。そして、その答えは確認できる限り、間違えていたことはない。
つまり、セラスティアとレイフェルという二柱の女神こそが、復讐すべき対象ということは十分信用できる。……今更違うと言われても、皆殺しにするだけだが。
ただ、頭の中の何かは未来予知の類だけは出来ないようだ。何度か試してみたが、全く答えを得られなかった。
これが出来れば、復讐も簡単になるのだろうが……できないことは仕方ない。
やるべき事の1つに、生贄とするドットムートの血を引く者を最低、一人は増やすことがある。つまり、俺かフィリーが子をなすまでは、復讐の準備が整うことはない。
まあ、どちらが子をなすにしても、かなりの時間がかかるため、じっくり計画を練る時間はある。
ただ、1つだけ懸念していたことがあった。毎月やってくるセラスティアである。
女神と言うからには、俺の心を読み、操ることも出来るはずだ。かといって、今更距離を置こうとすれば怪しまれるだけだ。何より普段の居場所が分からないから、迂闊に接点を減らすわけにも行かない。
だが、幸い、俺の頭の中の何かには全く気づかれることもなく、それどころか男に溺れているかのような女神は、俺が何を考えているかすら、気にしていないようだった。はっきり言って、無駄な心配をしていたわけだ。
「とりあえず、カリオス公国にフィリーをやることは出来ないな」
夜、マクシミリアンすらもいない執務室で、俺はそう呟いた。
フィリーは大事な生贄だ。手元から離すわけには行かない。
だが、そろそろ返事を貰いたいと、カリオス公国から手紙が届いている。
無論、国同士の関係に絡むことだ。今後も友好関係を保ちたければ、拒否するという選択肢はない。
「となると……セシルをフィリーとして出すしかないわけだが……」
一応、セシルからは、それとなくグラカード王子の印象を聞き出してある。
『素敵な人でした。気遣いも上手でしたし、お話も楽しくて』
と、頬をほんのり赤く染めながら話していたので、好意は持っているだろう。
つまり、セシルにカリオス公国へ嫁いでくれと言えば、本人は必ずしも嫌がるまい。
「それでも、セシルをセシルとして嫁がせるか、フィリーとして嫁がせるかで話が変わってくるな」
正直、相手は一国の王子だ。セシルとでは身分差がありすぎる。かといって、正直にあれはフィリーではなかったのだと言うのも問題だ。
我が公爵家の中だけであれば兎に角、世間一般では平民は王族と口をきくことすら許されない。事実を教えようものなら、いろいろと問題が起きるのは目に見えている。
一方で、これは好機でもある。
フィリーはれっきとした王族の血を引く公爵家令嬢なのだ。放っておけば、数年のうちにあちこちから婚姻の申し込みが舞い込んでくるのは確実だ。
だが、セシルをフィリーと偽って送り出してしまえば、後に残るのは対外的には平民の娘ただ一人。妻に迎えたいなどという酔狂な人物は現れまい。
そう考えた時点で、どうするかは決まった。
フィリーとセシルの名前と身分を入れ替え、セシルをフィリーとしてカリオス公国に嫁がせる。フィリーはセシルとして手元に残すことにする。
セシルにもフィリーにも元の名前を捨てて貰うことになるが、そこには目を瞑ることにした。
「フィリー、セシル。話があるから、執務室にまで来てくれ」
そう、二人を呼び出したのは翌日の朝食の席でのことだった。
「お兄様、お話って何でしょうか?」
机の前に立ったフィリーがそう訊いてくる。
美人にはなりつつあるが、どちらかというと可愛いという言葉の方がしっくり来るような、まだまだ子供っぽいフィリー。
隣に並んでいるセシルも似たようなもので……グラカード王子とやらは、ひょっとしなくてもロリコンか?とか、思わないでもない。
いや、そんなことを考えるために二人を呼んだのではなく。
「コホン」
自分の雑念を追い払うべく咳払いを一つしてから、用件を話し始める。
「先日、フィリーが体調を崩して代わりにセシルが舞踏会に出たことがあった。二人とも、覚えているな?」
「ああ、セシルがどこかの王子様と楽しく話して帰ってきた時ですね」
フィリーの言葉で、俯きながらもじもじと赤くなるセシル。
……これは、脈有り確定だな。
などと考えながら、俺は頷いた。
「話というのはその王子様の事だ。彼はグラカード・エム・カリオス。カリオス公国の王子だ。それも王位継承権第一のな」
その説明に、フィリーは感心したような顔になり、その隣のセシルは呆然とした顔になった。
それには構わず、話を続ける。
「実はあの後、そのグラカード王子から手紙を頂いている。内容は……」
少しセシルをいじめてみようかと思ったが、どうもショックを受けている様子だし、止めることにする。この後、いろいろショックを受けて貰うことになるのだ。ショックを受けすぎて途中で理解力を手放して貰って後から説明もう一回、というのは手間だ。
「フィリーを妻に迎えたいというものだ。どうやら、舞踏会で一緒に話をしたフィリーのことが余程気に入ったらしいな」
特に「一緒に話をした」という所を強調しながら、二人に、というより主にセシルに告げる。
「あ、いえ、その……」
見ていると真っ赤になったり、真っ青になったり、なにやら一人百面相でもしているのか、セシルの顔が大変なことになっている。
その隣のフィリーは、どういう事になっているのか気づいたらしく、セシルの様子に気づくこともなく難しい顔になっていた。
「お兄様はどうするべきだとお考えなのですか?」
しばらくして口を開いたフィリーは、俺にそう訊いてきた。
だが、その目は既に何か察した様子だ。
いや、覚悟したのかも知れない。どっちの選択肢をとっても、フィリーもセシルも、諸手を上げて喜べるようなことにはならないのだから。
俺はフィリーと、少し落ち着きを取り戻したセシルの顔を交互に見やり、
「セシルにはフィリーとして、カリオス公国に行って貰おうと思っている」
ますます難しくなるフィリーの顔。セシルの方は、一瞬何を言われたのか理解できなかったようだが、
「え……」
大声を出しかけて、フィリーがとっさにその口を塞いだ。
「つまり、私とセシルに入れ替われというわけですね?」
もがもがともがくセシルを押さえつけながら、確認するように問うてくるフィリー。
「ああ、そうだ」
動揺することもなく頷いた俺の様子に、フィリーは何か感じ取ったのだろうか。
「つまり、私は今日から一生、セシルになるのですね?」
「ああ、そうだ」
もう、俺の精神はこの程度のことでは揺るがない。揺るがさない。
例え、妹の目に何かを耐えるような色が混じっていたとしても、だ。
その妹の目を見据え、次にセシルの目を見据え、
「そして、セシル。お前は今日からフィリーだ。フィリー・フォン・グラスティだ。二度とセシルに戻ることはない」
そう、強く命じる。
もう、セシルも暴れてはいなかった。理由を訊きたがっている様子だったので、それは後からフィリーに……いや、セシルに説明して貰えと告げる。
「俺はこのまま部屋を出る。お前達は互いの服を交換してから出てくるがいい」
それだけ言い残すと、俺は執務室を出た。
そのまま、軍の訓練のために屋敷の玄関に向かおうとして、一度だけ振り向いて執務室の扉を見つめる。
フィリーとセシル、次に二人が出てくるときには、二人は服だけでなく、その名前も何もかも入れ替わっているのだ。




