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ドットムートの騎士  作者: sularis
少年時代
10/30

少年時代~5

 敵将の首を落とした後は、もう俺にやることはなかった。

 一気に総崩れになる皇国軍を、数に劣る俺の軍が一気に攻め立て、彼らが降伏するまでにさほど時間はかからなかった。

 敵軍を武装解除させながら伝令を飛ばし、王城からの指示を待つ間、思いもかけない大勝利に沸いていた部下達が俺に向ける視線は、不信感から強者に向ける敬意へと変わっていた。……多少、不信感、警戒感が残っているのは否めないが。



 王城から急遽出向いてきた元帥に後始末を任せ、屋敷に戻った俺は、服を脱ぎ捨て、身体についた返り血を洗うと、あの部屋へと戻った。

 既にその部屋からは、屋敷に帰ってすぐにマクシミリアンから聞いていたとおり、お父様の遺体も、叔父の従者共の死体も運び出され、きれいに片付けられていた。

「お母様は?」

 後ろに控えていたマクシミリアンに訊いたが、

「ご遺体は見つかっておりません」

 ……やはり、この剣がそうなのだろうか。

 迂闊にそんなものを振り回して、敵を斬るのに使ってしまったことに、今更ながら多少、後悔の念が湧く。


 その後、お父様の遺体が安置された小部屋に向かった。

「フィリーとセシルは?」

「お嬢様は寝室でお眠りになっています。セシルもご一緒しています」

 歩きながらの問いかけに、マクシミリアンはそう答えた。


 臨時の霊安室となった小部屋の前に着くと、お悔やみを言いに来ていた貴族達が、一斉に頭を下げてきた。彼らの心の中を考えると、あまりいい気はしないが、「楽にしていて下さい」とだけ告げ、霊安室へと入る。

 明かりを制限されたその部屋の中央に置かれた台。その上にお父様は静かに横たえられていた。

 ただ、2つにされた身体では、両手を胸の上で組むことも難しかったようだ。それどころか、身体が離れてしまわないように、支えすらしてある。

 服は……殺されたときのままだった。その服のみならず、台までも血まみれなのは、仕方ないのだろう。

 ただ、輪切りにされた身体から内臓がはみ出ていないだけマシだった。

 血臭漂う部屋の中、お父様の顔を見ていると、どうしてこんな事に!という思いと、絶対に許さない!という憎しみがふつふつと湧き上がってくる。今後、二度とこれらの感情から解放されることはないのだろう。そう思える。

「お父様、どうか安らかに」

 短い黙祷を捧げ、俺は部屋を出た。

 少し眠たい。食事はいいから少し眠りたかった。



 自分の寝室で目が覚めた後も、しばらくの間ぼーっとしていた。

 外は既に暗い。帰ってきたときはまだ夕方に遠かったから、少し眠るだけのつもりが、思ったより長く寝ていたということか。

 喉の渇きを覚えた俺は、軽く頭を振ってベッドから降りると、部屋の中央へと向かった。テーブルの上には水が一杯に入れられたキャッチャーが用意されており、それからグラスに水を注ぐと、一気に飲み干した。

 ベッドに腰掛け、あの部屋での出来事を思い出す。

 何故、お父様とお母様は殺されなければならなかったのか……いや、お父様は単なる巻き添えに見えた。聖剣の試し切りに使われたのだ。

 そう考えてしまい、湧き上がってくる憎悪を何とかして抑えなくてはならなくなった。

 そこで、考えを続ける。

 何故、ブルードは姉であるお母様を殺したのか。

 ……分からない。

 鍵になりそうなのは、

 ドットムート。

 聖剣。

 女神。

 女神を除けば、聞いたことも見たこともないものばかりだ。ただ、女神ですら神話の中の存在でしかなかった。

「くそっ!」

 考えても分からない苛立ちを、拳に込めて叩き付けるが、ベッドのマットではぼふっという音がするだけだった。

「知りたいですか?」

 その声が聞こえてきたのはその時だった。

 思わず飛び起きた俺の目に、テラスに続く窓際に立つその影が飛び込んできた。

 緩やかな布のような衣装を纏った女性の影。

 そしてさっきの声。

「女神……?」

 そう呟いた俺に、

「セラスティアと呼んでくれて構いませんよ」

 そう言うと、女神は窓際を離れ、俺の方へと歩み寄ってきた。

「それよりも、知りたいのでしょう?

 何故、貴方の両親が殺されたのか。

 ドットムートとは、聖剣とは何なのかを」

 テーブルの横で立ち止まった女神は、艶然と微笑んだ。

「……教えてくれるのか?」

 突如として現れ、疑問に答えてくれるというその話はあまりに都合が良かった。

 だが、俺は知りたい。

 知って納得できる話じゃない。それでも知りたい。

 そこに理由はなかった。

 そう熱望する俺の心を読んだわけでもないだろう。顔に出ていただろうから。

 だからか、女神はクスリと今度は無邪気に笑うと、

「いいでしょう。

 聖剣とは何か。ドットムートとは何か。

 全て教えて上げましょう」


 女神の話は驚きの連続だった。

 神話の通り、神々は古から今に至るまで、延々と争い続けているのだそうだ。最も、セラスティアと名乗った女神のように、終わりのない争いに膿んだ神々もいるが、一部の神々はまだ争いを続けようとしているし、神々に味方した人間達もまた、理由を忘れ争い続けている。

 それが今の戦争の原因。

 そして聖剣とは、神が神を殺すために生み出した武器なのだそうだ。ただ、聖剣がその力を発揮するためには、生贄が必要だった。それがドットムートの守人と呼ばれる一族。

 ドットムートの人間の魂と肉体を喰らい、聖剣は自らの刃と為す。それによって、神を殺すだけの力を得る、聖剣と呼ぶにはあまりにも禍々しいその性質。

 そのため、神々が直接争っていた時代にドットムートの守人は次々と生贄に捧げられ、ほとんど滅んでしまった。

 だが、僅かに残っていたのがお母様とその弟、ブルード。

 セラスティアの保護下にあったはずの二人だったが、ブルードは隣国にいるという別の神に唆され、姉を聖剣に生贄として捧げたのだという。


「そんなことのために……殺されたって言うのか!?」

 激怒し、俺は思わず女神に詰め寄っていた。

 そんな俺の様を慈愛に満ちあふれた眼差しで見つめ、女神は、

「そうです。私はそのことに気づくのが遅れ、カルデラを助けられませんでした」

 と、目を伏せた。

 さすがにバツが悪くなって、

「あ、いえ。お気になさらないでください」

 そう、女神の横に俺は立ち尽くした。

「そう言って貰えると、嬉しいです」

 再び艶然と微笑む女神。

 その笑顔の中の瞳に、一瞬何とも言えない光が浮かんだかと思うと、俺はこの場で感じるにはふさわしくない感情を感じた。

「あの、何を……?」

 俺に手を取られ、首をかしげる女神。

 その様子を目に写しながら、おかしいと俺の理性は告げている。

 この感情……いや、欲望がどういうものかは知っている。14歳にもなって、知らない方がおかしい。ここまででそれが刺激されるような要因はなかった。それどころか、憎悪と驚愕に飲まれ、他の感情などまともに機能していないはずだった。

 しかし、俺の身体は手を引いて、女神を抱き寄せる。

 左手を女神の腰に巻き付け、動揺する女神の唇を一気に奪った。

「ん……ん……ふ……ぅ……」

 唇が離れると、真っ赤に赤面した女神の息は乱れ、

「あの、何を……」

 弱々しく俺の身体を引きはがそうとする。

 だが、最早理性など欠片も残っていなかった俺はそんなことには構わず、女神をベッドへと押し倒していった。

これで少年時代編終了です。最後はまぁ……あれくらいなら大丈夫だと信じたい。

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