第2話 誕生日の決意
"コンコン"
「お父様、お母様?マレーヌです」
「うむ、入ってよいぞ」
大きなドアを開けると、部屋の中の家具も床も壁も水色。真ん中には大きなてんがいつきベッド。その周りには、湖が広がっているかのように、一面水。その水は聖なる水で、病弱なお母様の為にあるのだ。お母様は聖なる水からエネルギーをもらっているらしい。そんなことしないで、あたしの魔歌で治せたらいいのに…。なんて考えていると、
「マリアンヌ、こちらへ来なさい」
「はい、お母様」
お母様に呼ばれて、丸い石を渡ってベッドの傍に来た。
「さぁ、マリアンヌ座って」
あたしは黙って、お父様の隣に座った。どうして、お父様とお母様はあたしを急に呼び出したりしたのだろう。今までこんなこと無かったから、あたしは少し戸惑っていた。
「ごめんなさいね、マリアンヌ、マーロン。急に呼び出したりして」
とお母様は体を起こして言った。
「無理なさらないで」
「えぇ、大丈夫よ。今日は話があって呼んだの…。ゴホゴホ」
咳込むお母様の背中をあたしは優しくさすってあげた。
「ありがとう。あなた、話してくださる?」
お父様は小さく頷くと、重い口を開け、話し始めた。
「マレーヌ、君も後3日で15だ。…だから、旅に出てもらおうと思う」
その言葉の意味を理解するのに少々、時間がかかってしまった。
「えぇ!?なんで?」
あたしは時間差で驚き、立ち上がった。でも、慌てて座り落ち着いて質問した。
「一体、どういうことですか?あたしが旅に出るって…」
二人共、一時黙っていた。すると、
「マレーヌ、君は魔歌が好きなんだろう?」
とお父様に質問で返されてしまった。
「そうですけど…」
とりあえず答えてみたものの、それと旅に出ることは、何の関係があるというのだ?
「そして、魔歌で人々を助けたいと思っていると…マーロンから聞いたのだ」 お父様が続けて話し、マーロンを見た。あたしもマーロンを見た。いつの間に、そんなこと話したの!?恥ずかしいから、マーロンにしか話して無かったのに…。
当の本人は話に自分が出てくると思っていなかったらしく、目を見開いていた。困り果てたマーロンを見て、お父様は話を再開した。
「助けたいというのならば、世界の国々を渡り、その王国に納められた魔歌を学ぶのだ。
この世界に7つの王国があるのは知っているだろう」
「えぇ、お父様」
えっと…、あたしの住んでる風の王国。火を司る、火の王国。水を司る、水の王国。花を司る、花の王国。空を司る、空の王国。闇を司る、闇の王国。光を司る、光の王国。(闇と光の王国は、幻の大地にあるといわれている。だから、本当に存在するのか分かっていない)1、2、3…7つあるね。そう、あたしたちの世界は、この7つの王国で成り立ってる。見ての通り、自然の力で成り立っている、とも言える。
「7つの王国には、戦争が終わった後、マリア・ピアニコが納めた魔歌があるはずなのだ」
「本当に!?」
びっくりして、声が裏返りそうになった。マリアが世界各地を渡って、魔歌を聞かせたのは知っていた。だけど、魔歌を納めたのは知らなかった…。違う、少しだけ聞いたことあるような…?ん〜、思い出せない。
「うむ。マレーヌも魔歌が上達したようだし、もう15歳だろ。こういう経験も必要だからな…」
「そういうことだったんですね」
あたしは少し納得した。未だに旅なんて信じられないけど…。お母様は微笑みながらも、時々苦しそうな表情を浮かべていた。
「それにな、ニーナの体も良くなると思って…な」
お父様はの顔は険しかった。しかも、お母様を名前で呼ぶくらいだもん。そんなに悪くなったのかな、お母様…。
「あの、王様たちは言い伝えを知って旅に出るよう考えたマロ?」
マーロンが質問を投げ掛けた。お父様は表情を崩して、
「あぁ。マレーヌなら、言い伝えのようにできると思ったのだ。そして、アリアや人々を助けられるだろうと踏んだのだ」
言い伝え?聞こうと思って口を開けたけど、お父様に先を越された。
「この決断は3日後の生誕パーティーで発表してもらう。それまでじっくり考えるのだぞ」
お父様の言葉を聞き、あたしは部屋を後にした。ドアをゆっくり閉めたら、
「…マレーヌ、どうするマロ?」
マーロンがボソッと呟いた。「ん?」と振り返りニコッとした。
「そんなの決まってるでしょ?」
そして、ウィンクをした。
〜3日後〜
「ふぁ〜〜」
重い体を起こして、朝を向かえた。カーテンの隙間からこぼれ落ちる木漏れ日が眩しい。
今日はあたしの誕生日。そして、決断の時である。ドキドキする。こんなにドキドキするの、15年間生きて初めてかも…。小刻みに震える体を奮いたたせ、着替えを始めた。今日は白のマキシ丈ワンピースに、ド派手なピンクのタンクトップ。髪を整えているとマーロンが起きた。
マーロンの部屋はあたしの部屋の中にある。部屋というより、ポスト。しかも、郵便ポスト。
「おはようマロ。今日は早いマロね〜」
「だって、今日はあたしの誕生日よ。しかも、決断もしなくちゃならないし」
決断はしてるけど、いざとなるとドキドキして早く起きてしまった。いつもなら、朝食の15分前、リアにたたき起こされる。
「マーロン、朝食まで散歩しない?」
☆ ☆ ☆
今、あたしたちがいるのは"秘密の裏庭"。裏庭の中にある、小さな泉の縁に立っている。
何故ここが"秘密の裏庭"かというと…。5歳くらいの時、勉強が嫌で逃げ出したことがあった。城の裏側の囲いの一部が壊れていたのを見つけて、幼いあたしはそこに逃げ込んだの。そしたら、ここを見つけたって訳。今じゃ、囲いの壊れたところにあたしが入ることは出来ない。でも、マーロンのリュックにあたしが入って、"秘密の裏庭"に行く。なんと、マーロンのリュック、中は本人も分からないくらいたくさん入るの!それでも、中は栗だらけで、埋もれてしまいそうになる。
まぁ、そうやって何度も訪れている。都合の良いことにこの辺りに、めったに人が来ることはなく、今まで誰にもばれてない。
それにしても、ここはうっとりするほどきれい。木は生い茂り、何処からも見えず、すくすくと育ってる。花は生えてないけど、あたしが時々来て手入れをしているから、芝生はすっきりしている。
泉の水は底まで透き通って見える。水は泉の奥にある少女の像から出ている。肌も、着ているローブも全て真っ白な像。あたしが見つけた時から錆び付いていない。優しげな笑みを浮かべた少女の像。目を閉じて、口はほころび、胸の前に持ったツボから水が湧き出ている。水がどこからきているのかは、全然分からない。普通の水ではないはず。
木の間から漏れる光。それが泉に反射して、キラキラと輝いている。こんな風景を見ると、不思議と心が落ち着く。あたしは何かあるたび、"秘密の裏庭"に来る。悲しい時、寂しい時、失敗した時、もちろん嬉しい時にもここに来る。
「ねぇ…」
「何マロ?」
「あっ、ごめん、マーロンじゃなくてこの子」
あたしは泉の前でしゃがみ、少女の像に話しかけた。
「あたし決めたよ。この世界を旅して、マリアの魔歌を集める。それで、お母様の病気を治して、マリア・ピアニコにつづく歌姫になる」
変な話だけど、この子に話し掛けると、本当に聞いてくれてるみたいなの。
「だから、少しの間会えないからね。これ…持ってきたの」
ポケットに入れていたものを出した。
「指輪…マロか?」
「ん…、そうだよ」
水色の石がはめ込まれた、おもちゃみたいなちっちゃな指輪。昔、お母様から頂いた指輪。お母様はこの指輪をネックレスに通して使っていた。小さかったあたしは駄々をこねて、指輪を貰った。お母様が子供の頃につけていた指輪で小さめで、今のあたしも入らない。昔は毎日のようにつけていた。
「あたしのお守りみたいな物だから、あなたにあげる。あなたに似合うと思って」
指輪の石にそっと触れた。今までのお城での生活を思い出す。刺激の少ない、退屈な生活。楽しい事もあった。でも、なんだか物足りなくて…。あたしはこんな生活をずっと続けるのかと疑問に思っていた。きっと旅に出たら、色んな事が待ち受けてるんだな。不思議と顔が緩んでしまった。期待も不安もあるけど。
「マーロン、これ頭にかけてくれる?」
マーロンに指輪を渡す。彼は丁寧に持って行き、少女の頭にかけた。
「似合うマロ〜」
マーロンが戻ってきて、にこやかに言った。
「あたし頑張るからね。あたしの事応援してよ?魔歌、上手になったら聞かせてあげるから」
少女の像をまっすぐ見つめた。返事は返ってこない。来るはずもない。あたしは"秘密の裏庭"をぐるっと見渡し、その場を後にすることにした。マーロンのリュックに入ろうとした時、
「待ってるわ、マレーヌ」
そう聞こえたような気がした。
〜数時間後〜
あと1時間でパーティーが始まる。パーティーが始まるのは6時から。あたしはドレスを着て、パーティー会場の裏でいまかいまかと、待ち構えている。
ぞろぞろ入ってくるお客様達に心臓はバクバク!もぅ、どうしよう。でもでも、あたしは座って挨拶したり、プレゼントをくれる人に笑顔でお辞儀したりしてればいいってリアが言ってたもんね!?「はぁ〜」
長〜いため息をはいて入り口や会場にいる人を数える。1つのテーブルに10人くらい座るから、1、2、3…っていつもより多いよね!?座ってる人まだ少ないけど、テーブルの数、やたらあるでしょ!!今まで100〜200人くらいなのに、500人くらい、いや、もっといる?お祝いしてくれる人がいっぱいいるのは嬉しい。でもなんでこんなに多いの〜!?
「うぅ〜」
ため息の次は呻いちゃったよ…。
「マレーヌ、そんなにため息とかうめき声をあげないの。せっかくあなたの為に来て頂いてるのに」
モダンに注意された。ビシッと女性用のスーツを着て、キャリアウーマンみたい。
「そうですよ、マリ、マレーヌ様。ほらぁ、にっこり笑って〜」
リアはそう言うと、あたしの顔をグイーッと…
「痛い、痛い!」
引っ張ったの!
「はっ、すみません〜」
「いいのよ、リアちゃん。もっとこうやって〜…」
やっとリアが離してくれたのに、モダンがあたしの頬をグイーッと…、
「い゛た゛い゛ー!」
さっと後退し、つねられた両頬をこする。
「モダンは手加減ってのを知らないのよ!」
「知ってるわよ〜。手加減くらい」
「まぁまぁ、マレーヌ様〜。落ち着いて〜」
「ていうか、あんたが始めたんでしょ!?」
「あれぇ〜、そうでしたっけ?」
リアの天然ボケに、怒りも自然消滅。
「そうよ、リアよ」
呆れた感じで言った。でも、リアは呑気にアハハなんて笑うし、モダンはいつもの上品な笑いで…。なんなのよ〜。そんなこんなで会話をしていたら、
「マレーヌ、もうそろそろ席につくマロ」
タキシード姿のマーロンが現れてうながした。深呼吸をして、2人に手を振り、会場に出て玉座に座る。会場にいる人たちも席に座り始める。あたしは真ん中の玉座に、お父様は右、お母様は左の玉座に座ってる。マーロンは相変わらず、あたしの横でフワフワと宙に浮いている。
うー、緊張する。目で人をもう一度数えてみる。1、2、3、4、5…、数えきれません!こんなに沢山の人の前で「旅に出ます」なんて言わなきゃならないの?
「大丈夫マロ?顔引き攣ってて、頬っぺた真っ赤マロよ〜」
マーロンが耳元で脳天気に囁く。あたしは口に手をあてて、身を少し乗り出す。
「大丈夫じゃないわよ!こんなに大勢いるのよ、緊張するわ〜」
あえて、頬っぺたが真っ赤…ということには触れなかった。
「あら、マリアンヌどうしたの?大丈夫?」
「え?大丈夫ですよ、お母様!」
慌てて言った。今のあたしは矛盾してるね…。お母様はにっこり微笑み、隣のメイドに話し掛けた。あたしはマーロンに肩をすくめてみせた。
「まっ、なんとかなるわよ…」
そう言って前を向く。と同時に、
「皆様、お集まりのようですので、始めさせて頂きます。司会は私、モダン・S・プレッソでございます。よろしくお願い致します」
と言って(え!?)モダンが一礼する。それに合わせて、お客様は拍手をする。
「では、これからマリアンヌ・ピアニコ様生誕パーティーを始めます。開会のお言葉をウィン王」
すると、お父様が立ち上がって、前方のマイクのところまで歩み寄り、マイクに向かってこう言う。
「えぇ、本日はマリアンヌの生誕パーティーに来て頂き、誠にお礼申し上げます。マリアンヌも今年で15歳となりました。これも皆様方のおかけであります。では、本日の一夜を楽しんで下さい」
一礼して席に戻る。なんだか、圧巻。ただ一言、言うだけなのに、威厳に満ち溢れている。あたしもお父様の様にできるかな…?
「ありがとうございました。次に、記念品の贈呈を致します」
スッとあたしは立ち上がり、前に出た。お父様とお母様も前に出て、あたしと対面しきになる。2人の横にメイドがついた。その手に、長方形の小さなトレー。中にはシンプルなチョーカーが置かれていた。黒い帯に金色のプレート。真ん中にはダイヤ形のクリスタルがはめ込まれてある。クリスタルは風の王国の『証』といわれる宝石。他の王国にも、王家の『証』とも言える宝石があるらしい。
あたしが『証』を貰えるなんて…、嬉しい!いつ貰えるのか、ずっと気にかかっていた。いつあたしが風の王家として正式に認めてもらえるか。ついつい、顔がほころんでしまう。2人もあたしと同じようで…。
「今ここに、お主を風の王国の、立派な王族とする。如何なる時も風の王族ということを忘れるでないぞ。よって、この品を授けよう」
お父様がそう言って、お母様があたしの首にチョーカーをつける。
「ありがとうございます」
あたしはお客様に向かって、ドレスの裾を持ち、左足を後ろに下げ、お姫様の様な(あたしはお姫様です)礼をした。そして、大きな拍手が起こる。あたしの顔はたちまち笑顔。拍手が鳴り止んだので、席に戻ろうとした。
「マリアンヌ様、そのままお待ちください」
司会のモダンにとめられた。…な、なにかあるの!?
「引き続き、マリアンヌ様から重大発表がございます。マリアンヌ様、どうぞ」
えぇ、今!?まだ心の準備が…。どんな風に言えばいいの??スタンドマイクの前でロボット状態。えっと、まず…、
「えー、私マリアンヌ・ピアニコは…た、旅に出ます!」
ちょっと声大きすぎたかも…。みんな、引き気味だし…。
「えっと、何故旅に出るかと言いますと…、世界中の魔歌を知り、学ぶ為です!」
なんか選手宣誓してるみたい。しかも、語尾が強くなる…。
「そして、体の弱いお母様や世界各地の人々を元気にします!」
やっぱり語尾が…、でも、気にしちゃいられない!
「それから、マリア・ピアニコみたいな歌姫に…ううん、マリア・ピアニコを越える歌姫になります!見ていて下さい!!」
なんか、すっきりした…?そして、今までにない拍手が会場全体に響き渡る。時々、歓喜の声も聞こえる。もう人目気にせず、あたしはみんなにペコペコ頭を下げていた。嬉しすぎて、目頭が熱くなる。唇を噛み締めて、満面の笑みを零す。
「皆様、ありがとうございます。それでは、乾杯のお声をマリアンヌ様。皆様、お立ち下さい」
モダンが頃合いを見計らって、進行をした。あたしはメイドからジュースの入ったグラスを貰い、マイクに向かって高らかに声をあげた。
「皆さん、今日はありがとう!!かんぱ〜い!!」
【かんぱ〜い!!!】
☆ ☆ ☆
それからは食事をしたり、プレゼントを貰ったりしてパーティーは終わった。今、あたしは自分の部屋のベランダにいる。マーロンと、パーティーが終わってからずっとここで星を眺めている。
「ふぅ〜。パーティーも無事終了だね」
さっきまで帰路につく人々がいたけど、今はもういない。
「そうマロね〜。マレーヌもよくやったマロ〜」
「あはは。でも、重大発表って言われた時はびっくりして、頭真っ白になっちゃった」
「いや〜、それでも大したもんマロ〜。自信持つマロ」
「うん。…ねぇ、マーロン?」
あたしはマーロンをまっすぐ見つめて切り出した。
「どうしたマロ?」
「あのね、マーロンも一緒に旅、行ってくれる…?」
あたしの言葉にマーロンは目を見開いた。そして、顔をくしゃっとして、
「もちろんマロ?オイラはマレーヌの忠実なお供マロ!行かないなんて、ありえないマロ!」
あたしは微笑んだ。
「良かった。マーロン、頑張ろうね。あたし絶対に、みんなをあっと驚かせるような、すごい歌姫になるから…」
あたしはこの数多の星の下で1つのとてもちっぽけで、とても大きな決意をした。
さぁやっとマレーヌたちは旅に出ます!
ここまで読んで下さってありがとうございますm(^^)m
続きをお楽しみに!!