序章 『王国祭』
「ほら、起きなさい。今日は、香里ちゃんと待ち合わせているんでしょ?」
1階から母親の声が聞こえる。眠たい目をこすりながら、ゆっくりとベッドから降りる。カーテンを開け、一気に部屋に注ぐ太陽の光を全身に浴びせながら、無理やり自分を起こそうとしてみる。なかなかうまくはいかないみたいだ。クローゼットから外出用の服装を取り出し、近くにある姿見で合わせながら今日の服を決めた。僕自身、あまり派手なものが好きではないので、いつも同じような服装になってしまうが、特に気にもしていない。
着替えを終え、1階に降りると母親は目玉焼きを出してくれた。
「香里ちゃん、さっき来てたみたいだけど、先に行ってますってさ。」
「ふーん・・・。」
香里とは特別な仲というわけではないが、いつも一緒に遊んでいるせいか、母親をはじめ周りからはそういう目で見られることが多い。香里もきっとそういう風に僕を見ているとは思えない。僕は朝食を済ませ、ゆっくりと外出の用意を済ませると、香里との待ち合わせ場所に向かうべく、家を出た。
今日は、王国祭。年に一度、王国の繁栄をお祝いする祭りで、今回がちょうど、100周年に当たる。100周年という区切りのため、例年以上にもりあがりを見せるこの祭りも今日が最終日ということもあって、広場から少し離れている僕の家からでも、広場で盛り上がっている声や花火の音がかすかに聞こえる。広場までは一本道で、数分のうちに広場に着く。
「おーっと、もう挑戦者はいないのか!?」
闘技場の方から声が聞こえる。おそらく、今回の王国祭で一番のもりあがりを見せているのが、この闘技場で行われる『決闘』。腕に自信のある男たちが、公式に腕を競える唯一の場である。闘技場の様子は、広場のどこからでも見ることができる。広場にはいたるところにテレビが置かれてあり、決闘の様子を映し出しているためである。僕は立ち止り、テレビに目をやる。すると、僕と歳の離れていないような少年が闘技場のリングの真ん中に立っている。この少年が、今回のチャンピオンなのだろう。僕は香里との待ち合わせの場所に再び歩き出した。
「もう、遅いですよ~。」
待ち合わせ場所にすでに香里は着いていた。
「今日は一緒にお買いもの付き合ってくれるって言ったのは優なんですからね。」
周りが言うに、香里はちょいかわいめだとか。誰に対しても敬語で話す。そういうところがかわいいとかなんとか。
「ごめんごめん・・・って、待ち合わせ時間より、ちょっと早めに来てるじゃん。」
「あれ・・・?あ、ほんとだ。私、ずっと待ってました。」
こういうドジっぽいところもかわいいとかなんとか。待ち合わせ場所は、大きな噴水のあるところでちょうどこの広場の中心になるところである。周りには、待ち合わせしているカップルの片方だと思われる女性や男性がたくさんいる。みんな時間を気にしているようだった。
「さて、っと。実は、優を連れていきたい場所があるんです。驚かないでくださいね~。」
そういうと香里は僕の手をひっぱり、どこかへ歩きだした。しばらく歩くと、そこにはイベント小屋があった。
「ここ?」
「はい!」
その小屋には大きな看板と少し即席感のある建物と、他に特徴は見当たらない。看板には『発明家の小屋』と手書きで書かれてある。もしかして・・・と思ったが案の定、僕の予想した通りだった。
「じゃじゃ~ん!!見てください。この前言ってたロボットが完成したのですよ。」
香里は小屋の真ん中にあるロボットらしきそれを指さした。まだ起動してなくて動かないそれは、香里の持っているスイッチでウイ~ンと音を立てながら動き出した。見た目はとてもかっこいいとかそういうたぐいのものではないが、きちんと動くことにまず驚いた。最近、ずっと会っていなかったのはこのロボットを作っているからだったのである。昔からモノ作りが得意で、こういった機械を作る能力に秀でていた彼女は数日でロボットを完成させるほどまでになっていたのである。
「ピピピピ・・・カオリサン、オハヨウゴザイマス」
ロボットはゆっくりと立ち上がり、香里に向って会釈した。
「おはよう、ドンタくん。」
・・・ドンタくん?まあ、いいか。香里のネーミングセンスは少し特徴的なものがあるが、この場合、名前とロボットの見た目がマッチしているので問題ない。
「優、ドンタくんと戦ってみますか?」
突然何を言い出すかと思えば、香里は僕に木刀を差し出した。
「確か、優って剣術習ってたんですよね?ちょっとプログラムの足しにするから、一戦お願いします。」
僕は少々戸惑いながらも、渡された木刀をドンタくんに向かってかまえた。
「セントウプログラム、ジッコウ・・・ピピピ」
ドンタくんは手から木刀を出し、それを僕に向けた。
「それでは参ります。レディ・・・ファイトです!!」
所詮、数日で作られたロボット、人間の動きについていけるわけないだろう・・・なんて言う考えが甘かった。その見た目からは想像できないほど俊敏に木刀を振りかざし、僕を襲ってきた。バシ!!っと乾いた音と同時に、僕は一歩下がってドンタくんの攻撃をかわした。
「あらら、なんか思ったよりも、よく出来てるね。」
しゃべっている間も、ドンタくんは木刀を器用に使い、僕に打撃を浴びせてくる。それらをすべて紙一重でかわすことができるとは言え、この狭い小屋ではあっという間に壁に追い込まれてしまった。
「モラッタ。」
ドンタくんは木刀を横にし一刀両断のごとく思いっきり振ってきた。
ドカッ!!
木刀が機械に当たった時に出る音で決闘は終わった。あまり得意な方ではなかったが、僕の木刀はドンタくんの一瞬の隙をつき、カウンターを脇腹に決めた。
「流石ですね~、優。よしよし、このプログラムをドンタくんに・・・」
香里の顔色が変わった。
「どうした?」
「ん~、ドンタくんちょっと壊れちゃったみたいです・・・優の攻撃が強かったのも・・・。」
香里は泣きそうな顔でこっちを見る。僕はこういう時どうすればいいかわからなかった。
「え、あ、ごめん・・・。」
「いえ、いいですよ。よくあることですし。私ならちゃちゃっと治せます。」
と、涙を浮かべながらドンタくんの脇腹のあたりのねじを開け、いろいろといじりだした。外に出ててと言われたので、僕は小屋の外に出ることにした。
小屋のそばにもテレビがあり、先ほどの少年を映し出していた。結局、この少年が今年のチャンプになったらしい。名前は・・・声援にかき消され、よく聞きとることができなかった。去年の決闘に参加したが、くじ運が悪く一回戦で師匠とあたってしまい、一回戦敗退してから今年は絶対に参加しないと僕は決めていた。師匠も今年の大会には出ないと言っていたので、その姿はなかったが、どちらが強いとかそんなのにはたいして興味がわかなかった。
「入っていいですよ~。」
中から香里の声がする。僕は小屋の中に戻った。
「んっと、部品が一つ完全に壊れてました・・・これ、隣町にしか売ってない貴重な部品だったんですよ。」
暗に買いに行ってくださいと僕に伝わった気がした。だから、僕はこう答えた。
「うん、買ってくるよ。」