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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
9/13

乱戦

   乱戦



 回廊の途中にあった脇の扉のまえに、魔王が立った。部屋から扉越しに笑い声が聞こえる。魔王は太い脚をあげて、巨大な足で蹴破った。中に入る。

 私たちは入り口から中をのぞき見た。衛兵のような、六、七人の人狼クトルブが飯を食っていた。みんな灰色の毛むくじゃらだ。狼よりは犬に似ている。かんたんな上着を着ていた。

 テーブルの皿の上には虫だ。とびきりデカイ奴。足がわしゃわしゃ生えているダンゴ虫。あぶり焼きにされていた。

 すみの人狼クトルブが、虫の脚をむしって口にくわえている。ダンゴ虫はいくつかに分解されて、中身のどろどろをすすられている。人間を食えないときのごちそうらしい。

「うえ」

 どさり。

 戦士イスハパンが妙な声を上げると、気を失って倒れた。どうやら、苦手な物を見てしまったようだ。ライデンがあわてて駆け寄る。鞄に手を入れて薬草を探した。

 魔王の太い声が部屋の外まで響いた。

「魔王イブリーズは復活した。味方せよ」

 ほんの少し間をおいてから、人狼クトルブの魔物たちがいっせいに立ち上がった。


 一人 「やっちまえ」

 残り 「魔王様に忠誠を誓います」

 一人 きょろきょろと周りを見比べてから「わおぉーーーん」

   

 一人だけ意見のちがった魔物は、ええっ、という顔になった。魔王がそいつを殴る。はずみでテーブルに乗っかって、そのままもんどりうって部屋の壁に叩きつけられる。崩れ落ちたところを、残りの魔物に噛みつかれて、ばらばらにされた。

 そのすきに、魔法使いライデンの気付け薬とレンミッキの水筒の水で、戦士イスハパンは気を取りもどした。

「だいじょぶ? 元気になった?」

「……はい……」

 蒼い顔をした戦士が横たわったまま魔法使いに答えた。言いながら魔法使いの小さな白い手を、大きくて毛深い手で握っていた。二人で見つめあっていた。

 その麗しいやり取りに気を取られていたら、牙の魔物が逃げた。通路の奥の暗闇に消えた。牙の魔物の叫びが木霊する。

「イブリーズが復活したぞぉ。知恵者の魔王デン・シャイターン様に味方しろぉぉー!」

 部屋からは、ぞろぞろと人狼クトルブが出てきた。私たちを見ている。取り囲まれた。いやな予感がした。

 すぐ、私は戦士に手を貸して立たせた。

 人狼クトルブは戦士の巨大な体に見下ろされて、足の間で尻尾を巻いた。実に分かりやすい。自分に尻尾がないことを感謝した。

 魔王イブリーズが、のっそりと出てきた。

「おい。客人に手をだすな。魔王イブリーズが復活したことを告げて回れ」

 人狼クトルブは四足で四方に走っていった。叫びが通路のなかを木霊する。

「古き魔王、イブリーズ様が復活したぞぉー。みな味方せよ! 偽物デン・シャイターンをやっつけろぉー!」

 禿頭の魔王イブリーズは私に向かって、片目をつぶった。二度の冒険で、こいつとはやったりやられたりだったが、意外とひょうきんな性格かも……

 地理学者は部屋のなかに入って、顔色も変えないで虫を見ていた。呼び返す。

 ふたたび、そろって歩きはじめた。通路は緩やかな上り坂になっていた。迷宮の中が騒がしくなってきた。ときどき人狼の遠吠えが聞こえた。

 魔王の後を付いていくと、通路に岩の裂け目があった。腕一本が入るほど隙間だ。横目で暗い間隙を見て、通り過ぎた。

 しばらく行くと、足音が少なくなったことに気づいた。振りかえると、最後尾の地理学者が、岩の割れ目を見ていた。腕を入れる。

良くやるぜ。何がいるか分からないのに。

私はランプをもって駆けもどった。

「ぐずぐずするな」

「手を入れてみろ。湿っている」

 笑っている地理学者の言葉を疑いながら、入れてみた。確かに岩の中はわずかに湿っていた。

「虫がいるのをおかしいと思わなかったか? 砂漠の真ん中だぞ」

「……」

「この奥、岩のひび割れを伝って水がしみ込んでいる。下へ下へ滲んでいって、やがては一滴の水になって滴り落ちる。城塞の地下には池があるかもな」

「……」

「もしかしたら、それが君の言っていた財宝だったりして」

 地理学者レンミッキの笑いは皮肉の色が濃くなった。

 何か洒落たきり返しをしてやろうと、考えていたら前のほうから蹄の音がした。

「よけろ、壁に着け」

 魔王の大声が響いた。言われたとおり岩にへばりついていると、目の前を白い塊がすごい速さで通り抜けた。通路の奥に消えていった。

「そいつは一角獣だ。勇者よ、まかせた」

 また、魔王の大声が聞こえた。

 え? まかせるって、おいっ! 

 いったん、通路の奥に消えた蹄の音が、高鳴ったかと思うと近づいてきた。獰猛な一角獣の弱点は……

 私は、壁に付いて背中を向けていたレンミッキの脇の下に手をいれて、体を付けた。そのまま持ち上げて、通路の真ん中に出る。地理学者の声が上ずった。

「な、な、ななななに……するるるる。ははは、はなせっせっせ」

 蹄の音が激しくなった。これで止まらなければ、レンミッキを抱いたまま、横っ飛びで逃げるしかない。私は呼びかけた。

「おい、乙女だぞ」

 一角獣の蹄の音が、緩くなった。ゆっくりと近づいてきた。見た目はおとなしそうな子馬だが、額から生えている角は長くて鋭い。

 地理学者を見て、頑丈そうな前歯をむき出しにして笑った。

「あうぅぅ……男っぽい女の子。僕の好み、撫でて、撫でてっ!」

 私は後から抱いているレンミッキの耳に口をよせてささやいた。

「行け」

 レンミッキは恐る恐る一角獣に寄っていき、その首筋からたてがみを撫でた。魔物は震えた。

「あぅん、感じちゃうぅぅぅ」

「おい、一角獣、気持ちよくなっていないで、君は魔王イブリーズとデン・シャイターン、どっちに味方する?」

 私は鼻の下を伸ばしている魔物に聞いた。

「僕、この人」

 一角獣は無造作にうなづいた。あぶねー。長い角を振り回しやがって。危うく刺されるところだぜ。

 私は学者先生に合図した。すぐ了解してくれた。

「一角獣君、僕たちのために魔王イブリーズが復活した。味方しろ、と触れ回ってくれないか?」

 そう言って奴の長い鼻面を撫でた。奴は前足で床を叩いて、喜んだ。

「はい。我が愛しき人のためなら、どのようなご命令でも我が命に懸けて。……また会ってね!」

 鼻息を荒くして早口に答えると、そのまま全力で走り去っていった。遠くから奴の雄たけびが聞こえた。

「魔王イブリーズ様が復活したぁーー。みな味方しろぉーーーー」

 馬面の珍客がいなくなった後、みんなの無事を確かめた。イスハパンも元気を取りもどしたようだ。まえには、魔王がいる。戦士、魔法使い、レンミッキ、私の順に変えた。

 通路を歩いていく。魔王の奴はわき道に目もくれない。

 階段の通路を昇っていく。最初の冒険で見覚えのある場所に出た。

 広間だ。明かりがついていた。飲んだり食ったり、サイコロを転がしていたり、数え切れない魔物がいて、歩いてきた赤黒い魔王イブリーズを見て、みんな固まった。

 静まり返る。

 魔王が中央に進み出で、両手を広げて吼えた。

「魔王イブリーズは復活した。味方せよ」

 広間にいた魔物たちが立ち騒いだ。

 いろいろなところで、言い争いがはじまって、それは殴り合いになっていった。

 怪しい雰囲気を感じたのか、悪魔っ子が魔王の頭から飛びたった。

 乱戦になった。

 

 見境のなくなった魔物が私たちにもかかってきた。

 右から、人の形になった巨大なジンが現れた。魔法使いに向かっていく。戦士が立ちふさがる。良い相手を見つけた、と言いたげに巨人が両手を広げて上げた。戦士イスハパンも同じ動作。両手を組み合わせて、戦士と巨人の力比べになった。

 加勢しようと思ったとき、左から灰色の肌をした食人鬼グールが四匹来た。目のすみで黒いコウモリが槍を振っているのが見えた。悪魔っ子にそそのかされたのかもしれない。私と地理学者で、魔法使いを守るように位置をとって迎え撃つ。

 遠くで、魔王イブリーズが、半身半獣のキンタウラスを殴っているのが見えた。

「魔王イブリーズは復活した。偽物デン・シャイターンをやっつけろ!」

 短剣を抜いた私が呼びかけると、食人鬼グールの一匹がとなりに噛みついて、仲間割れをはじめた。残りは二匹。

「学者、奴らの弱点は腹だ。一度だけ斬れ。二度斬ると生き返る」

 レンミッキは、腰を沈めた。

 私の正面に、グールが立った。私の後ろで、戦士の歯軋りが聞こえた。魔法使いが呪文らしいつぶやきを唱えていた。

 私は帽子を振ってヤクの毛をなびかせてから、正面のグールに話しかけた。

「おまえの『命の泉』は……右手の親指の爪の裏」

 だめ、はずれ。グールは平気で手を伸ばしてきた。襟首を狙っている。かわした。

「じゃあ、背中の黒子のどれか」

 だめ、また、はずれた。優れた魔法使いなら、すぐ『命の泉』のある場所を指摘できるのだが……

 そのとき、あの小柄な牢番が横から来て、グールの膝の裏を蹴った。牢番に気をとられてグールに隙ができた。私は右足を軸にして、一回転して、魔物の目を眩ませてから、飛び込んで、相手の首に手をまわして腹に一刺し。魔物は崩れ落ちた。

 仲間を見た。

 レンミッキは、まだ剣の柄を握ったまま、グールと睨み合っていた。

 イスハパンは劣勢だ。背の高い巨人に力負けしそうになっていた。

 私は短剣を鞘に収めて、牢番の腰から棒を奪った。

「ほらよ」

 レンミッキのまえのグールに下から頭へ向けて投げた。魔物はとっさに手を上げて防いだ。その瞬間、レンミッキの剣がきらめいて、魔物の肘から先を切り飛ばした。そのまま手首を返して、剣を上から下へ。魔物の残った手も手首から先が斜めに切り落とされた。

 なんで、腹をやらない!

 私は、短剣を抜きながら、右足で床を蹴って体を回転させて、頭から魔物の懐に飛び込んだ。腹へ一刺し。

 ひゅん!

 レンミッキの剣先が、私の耳を掠めた。そのまま転がってかわした。

 立ち上がった。まわりに目を走らせる。とりあえず、むかってくる敵はいない。

 魔法使いが呪文を唱え終わった。優勢だった巨人が、恐怖の目で魔法使いを見た。

「おまえなんか、死んじゃえ!」

 魔法使いは両手を突き出した。左手の金色の鎖が光った。巨人はひるんだ。

 そんな気がした。

 攻撃魔法は効いたようだ。イスハパンが盛り返してきて、対等になった。そのまま押していく。力比べに勝った戦士は両手を広げたまま、上から巨人を押さえ込んだ。

 巨人が膝をついた。戦士はその胸に膝蹴りを加えた。倒れる巨人。

 戦士は馬乗りになって、魔物の顔を殴る。殴る。殴る。殴る。両手で殴った。

 私は魔法使いに背後から近づいて聞いた。

「あいつの『命の泉』が見えるか」

「……わかりません」

 戦士は殴るのを止めた。照れくさそうな笑顔を浮かべて私たちと向きあった。立ち上がった。巨人は動かなくなっていた。

 レンミッキはしょんぼりしていた。

「すまない。腹は練習していなかった。あやうく君を」

「私が急に飛びこんだからだ」

 私は学者先生の肩を叩いた。剣先は鋭いが、あの剣は護身用、自分の身を守るためのもので、人殺しの剣ではない。良く分かった。

 広間の壁際によって並んで観戦した。ここなら安全だ。

「なあ……」

 助けてくれた牢番が、そばに寄って話しかけてきた。

「つづきが気になって……味方したから聞かせてくれよ。まさか、あれだけじゃないだろ? もっと特別なやつが聞きたいんだ。俺が話したとき、みんなの期待に応えてやらないと……」

「うん。でも人前だとな。それに自分で作ったほうがおもしろい」

「そ、そうだな」

 牢番は納得したようだ。


 乱戦は続いていた。なんとなく優勢だ。

 魔王は、広間の真ん中で殴りつづけていた。殴り倒された魔物は、味方にまわった魔物に、袋叩きにされている。

 魔物が一匹、足元に転がってきた。人型のジンかジャーンのようだ。でも、獅子の顔をしていた。たてがみが波打っていた。立たせてやってから質問する。

「おい、君は魔王イブリーズに味方するか?」

 首を振ったので、戦士が魔物の肩をつかんで向きを変えて、背中を足で押した。奴は広間の中央に押し出されて、殴られた。テーブルごとひっくり返る。

 片すみでは、体が縦に半分になったナスナースが右半分と左半分で戦っている。

 部屋のすみで変な魔物を見つけた。赤い鰐だ。食べ残した西瓜の皮みたいな色をしていた。砂漠の城塞に鰐? 念の為に声をかけてみた。

「おい、君は魔王イブリーズに味方するのか?」

 知らん振りして、這っていこうとした。棘だらけの尻尾を踏んでやった。鰐の魔物は、振り返った。

「あうぅ。シャイターンのほう」

 戦士が尻尾を握って、引きずってくる。

「敵だ。悪く思うなよ」

「あああ、待って、待って、待って。あたし、悪運ドラゴンなの。誤解、誤解よ」

「ドラゴン? 鰐だろ」

「味方よ、味方」

 戦士が手を離すと、勢いをつけて鰐の魔物は立ち上がった。太い足と尻尾で体を支えていた。手は小さい。ライデンの半分くらいの背の高さだ。

「だからーー、あたし、悪運ドラゴンだってば。あたしがついたほうに、悪運が一杯起きるってこと。あたしがシャイターンについたら、魔王イブリーズ様のお味方ってわけよ。わかる?」

 私は疑いの目で鰐をにらんだ。

「証拠を見せろ」

 鰐は、広間の乱戦のほうを見た。

「あの人」

 半身半獣のキンタウラスを指差した。

 とたんに、魔王を後から襲おうとしていたキンタウラスが、後ろ足を滑らせて転んだ。倒れながらテーブルの隅で頭を打つ。見ていた二人の魔物が駆け寄ってキンタウラスを蹴った。それでも、また跳び起きた。なかなか体力のあるやつだったが、どこかから飛んできた大きな壷が頭に当たった。陶器の壷は砕け散った。また倒れた。今度は動かなくなった。

 私は正直に感想を言った。

「やるな」

「ねっ、いいでしょ。でも、あたし、これのせいで友達ができなくてね。それが悩みの種なの」

 鰐は私ににじり寄ってきた。突き出た細長い口を開いた。

「ねえ、あなた良い人みたいだし、お友達になりません?」

 うーむ。友達になると、サイコロを二つ振って十二の目が十二回つづきそうだ。

「うん、考えておく」

 広間の入り口に異様な気配が立った。六匹のドヴァルパーがならんでいた。

 上半身は普通の人間だが、両足は平たい皮ひもになって、後に引きずっていた。旅人に皮ひもを巻きつけて取って食う魔物だ。

 その後に、濃い青い服を着た魔物が立っていた。人猫みたいだ。

「デン・シャイターンよ。自分でかってに名づけた自称だけどね」

 鰐がささやいた。

 殴りあって、取っ組み合いをしていた魔物たちの目が集まった。広間が静かになった。

 新しい魔王の瞳は金色に輝いている。頭には、黒い猫の耳が突き出ていた。育ちの悪い、でも太った親玉猫を思い出させる容貌だ。

「奴につけ」

「わかったわ」

 鰐の背中を押して合図した。

 ドヴァルパーが、皮ひもの足を魔王に振りまわした。魔王はすばやく首をひっこめてかわした。空振りした皮ひもは、はずみでひとまわりして、うしろにいたシャイターンの耳を打った。

「んにゃ!」

 声にならない悲鳴をあげて、シャイターンは逃げた。悪運ドラゴンのせいだろうか、途中で転んで、広間の奥に消えていく。魔王イブリーズが追いかけようとしたが、皮ひもの魔物ドヴァルパーが行く手を阻んだ。鞭の足を魔王にたたきつけた。魔王は腕で避けたが、皮ひもが巻きついた。

 残りの三匹も同じようにした。

 魔王の両腕と両足に、四匹のドヴァルパーの皮ひもが巻きついた。残りの二匹が、魔王を狙うように位置を変えていく。

 他の魔物はドヴァルパーを恐れているのか、手をだしてこない。

 私は声をかけた。

「こっちにもいるぞ」

 レンミッキをはさんで、戦士とともに前に出る。短剣を抜く。

「魔法使い。攻撃の準備を」

 うしろから、呪文が聞こえはじめた。二匹が向かってきた。

 左右同時に皮ひもが飛んできた。

 左は私の腕に、右は戦士の腕に絡みついた。戦士は皮ひもをたぐり寄せた。私のほうは引っ張り合いになった。

 レンミッキの剣が下から上へ。力を入れて引っ張っていた皮ひもの足を切られた魔物は、反動で後に倒れた。戦士がたぐり寄せた魔物は、殴られたあと足をつかんで振り回されて、壁に叩きつけられた。

 私が相手をしているドヴァルパーが起きた。足を振るってきた。背中を打たれた。ひるんだすきにもう一度、今度はレンミッキの剣に巻きついた。地理学者の剣は手を離れて宙を飛んだ。

「おまえなんか、死んじゃえーー!」

 魔法使いの攻撃に、皮ひもの足をした魔物は恐怖に目を開いた。ひるんだ隙に戦士は倒したもう一方の魔物を、両手で担ぎ上げると、その顔にぶつけた。

「ライデン、奴の『命の泉』は?」

「左目の奥!」

 どうやら、見えたようだ。私は短剣を握って、倒れている魔物の左目に突き刺して、えぐった。

 ぎゃーーー

 魔物の絶叫が響いた。

 『命の泉』を絶った。もう、こいつは復活できない。旅人を誑かしてきた報いだ。思い知れ。

「こっちは?」

 もう一匹の倒れて動かなくなっている魔物を指す。

「……わかりません……」

 レンミッキは巻きついていた皮ひもを解いて、剣を取りもどした。

 魔王イブリーズを見た。

 まだ、力比べをしていた。

 勝負は長引きそうだ。ドヴァルパーのうしろに回って、四匹の余っている足の皮ひもを結んで戦士に引っ張らせたら、と考えていたら、蹄の音がした。

「たららららったったーたー」

 掛け声といっしょに走ってきた白い塊が、魔王を取り巻いている魔物ドヴァルパーの一匹を角で突き刺して、そのまま壁に突進した。

 白い馬の尻を見てわかった。一角獣だ

 ずーーーーん

 魔物は、一角獣の長い角で壁に串刺しにされた。皮ひもの足が千切れていた。

「愛しの我が君よ、麗しき白馬が助けに来たぞ」

 一角獣が叫んだ。

 力の均衡が破れた魔王は、ドヴァルパーの一匹を引き寄せると、頭突きを見舞った。崩れ落ちる。

「魔王イブリーズに味方せよ」

 魔王の呼びかけに、残りの二匹は皮ひもを解いて忠誠を誓った。魔王は、ちらりと一角獣を見てから、広間の奥に進んでいった。他の魔物たちもぞろぞろと続く。

「ねっ、これ、どうにかして……」

 広間の壁に角を突きたてた一角獣が呼んだ。深く突き刺さって、自分では抜けなくなっている。

「行こう」

 私は仲間たちに声をかけた。鰐もついてきた。

「おお、やるせなきこの世に咲いた汚れなき一輪の花。愛しの我が君よ、我が見果てぬ夢を果たすため、今生の思い出を我に与えたまえ。……おねがい、撫でてっ!」

 一角獣が壁に向かったまま言った。

 地理学者はたてがみから、背中まで手を這わせた。

「また後で、お会いしましょう」

 レンミッキの言葉に、一角獣は後ろ足を蹴り上げて喜んだ。


 広間の次は、玉座の間になっている。

 奥は十段位の階段で高くなっていて、その上に魔王の大椅子が鎮座していた。新しい魔王デン・シャイターンは、その玉座の横に立っていた。椅子の上には、何かのガラクタが積んであった。

 玉座の間の両側には、広間の乱闘から逃れてきたのだろうか、魔物たちが大勢立ち並んでいた。

 古い魔王イブリーズが入っていくと、待ち構えていた魔物たちが威嚇する声がまきおこった。

「知識の泉。新しき改革の魔王、デン・シャイターン様、ばんざい」

 イブリーズに味方していた魔物たちが、その声に押されたように固まった。

 新しい魔王は、その声に元気付けられた。ガラクタから何か取り出すと

「イブリーズよ、これが何か分かるか?」

 渋い声で問いかけてきた。

 シャイターンが差し出したものは、金属製の大きな円盤だった。中心に細い棒が立っていた。古い魔王は答えない。

 新しい魔王は得意げに、古い魔王に言った。

「これはな、日時計だ。時間が計れる」

 両側に並んでいた魔物たちの間から、感嘆の息が上がった。デン・シャイターンがつづけた。

「見ろ。古い魔王は頭も古い。人間が使う道具も知らない。このままでは、我ら魔物は衰えるばかりだ。人間をやっつけて、魔物の世界を取りもどせ!」

 盛大な拍手が起こった。

 イブリーズが振り向いた。斜め後ろにいた私たちを見た。私は大声で説明してやった。

「それは、太陽の下で影を計るものだ。城塞の中では使えない」

 両側の魔物たちが、いっせいに疑わしそうな目で私を見た。

 赤黒い元魔王は、落ち着いた太い声で言った。

「魔王デン・シャイターンよ。魔物には魔物の行きかたがある。人間の真似をしてどうなる? 人間の下に立って自滅の道を歩むのか? おまえのやり方には賛成できん」

「魔王イブリーズ様、ばんざい」

 玉座の間の中央にいた魔物たちが、声をそろえた。

 古い魔王と新しい魔王の勢力は、半々ぐらいだろうか。

「じゃじゃじゃ、これを見ろ。アンティキラの歯車だ」

 魔王デン・シャイターンは、木の板に取り付けられた、青銅のぴかぴか光る機械をみんなに示した。毛むくじゃらの指で、つまみをつかんで動かして見せた。いくつも組み合わされた大きい歯車と小さい歯車が音も立てないで回った。

「どうだ。参ったか?」

 何人かの魔物は、イブリーズのそばを離れて、シャイターンの側に加わった。

 レンミッキが進み出た。玉座の間に良く通る声で説明した。

「それは、日食と月食、惑星の動きを計算するためのものだ。地面が動くことを仮定して作られている。信じるか信じないかは使い方しだいだ」

 機械に見とれていた魔物たちがいっせいに振り返って拍手した。一部の魔物たちが、感心して、イブリーズ側に付いた。

 なに? この違いは? 私が言ったときは疑わしそうにしていたのに……地理学者の説明は信用するのかよ。まったく、人を見た目で判断しやがって。

「じゃじゃじゃ、これを見ろ。水晶で作られた髑髏だ。魔力抜群だぞ」

 おおおお!

 魔物たちの驚嘆の声があふれた。

「そ、それなら、お、俺も」

 大男、戦士イスハパンは胸元から、首に紐で下げていた赤い小石を取り出して見せた。小柄なジンの魔物の一人が駆け寄って叫んだ。

「本当だ! そっくりだぞ。しかも血のように赤い!」

 うぉぉ!

 いっせいに尊敬の眼差しが、戦士に注がれた。

 ……いや……あれはどこかで見たような……私は記憶を探ったが魔王の声に妨げられた。

「じゃじゃじゃ、これを見ろ。電池だ」

 劣勢になった魔王デン・シャイターンは素焼きの壷を取り出した。もったいをつけて、ゆっくりと説明した。

「これがあれば、好きなときに、火花を飛ばせる」

 広間は水を打ったように静まりかえった。

「やってみろ」

 イブリーズがそっけなく言った。

「えーと。どうやったっけ……」

 魔王デン・シャイターンは、戸惑っていた。

 ライデンが進み出た。やはり、良く通る声で

「それは、電池ではありません。建物を安全に保つために、柱の下に埋められた護符の壷です」

 魔物たちがいっせいに賛嘆の声を上げた。指笛を吹く魔物までいた。いっきにイブリーズ側に立つ魔物が増えた。

「デン・シャイターン! 男なら持ち物の見せっこではなく、ここで勝負だ」

 後から見ていたが、イブリーズは身構えて、額を叩いているようだった。

「やれ!」

 魔物たちが叫んだ。

「やれ! やれ! やれ! やれ!」

 声を合わせた魔物たちは、手拍子をはじめた。

 私は鰐の尻尾を軽く踏んだ。驚いて見上げる鰐に言ってやった。

「おい、新しい魔王……じゃなかった。古い魔王に、いや、えーと……」

 悪運ドラゴンを使って魔王どもの共倒れを狙った私の声は、魔物たちの歓声にかき消された。

 鰐も手拍子をはじめた。

 イブリーズが玉座への階段をゆっくりと上がっていった。新しい魔王は追い詰められた。逃げ場はない。やる気になったようだ。

 イブリーズが後二段で玉座にたどり着くというところで、デン・シャイターンは相手の頭をつかんで頭突きをした。身長と高低差を利用した奇襲だった。狭い額を武器に使った。

 古い魔王は、まったく動じなかった。玉座の傍らにたどり着いた。

 四発めまでは、シャイターンの勢いが強かった。イブリーズよりも頭一つ背が高い。その分、有利だった。

 五発めからイブリーズは飛び上がって、頭突きを当てた。九発めか十発めぐらいで、新しい魔王デン・シャイターンの足元がふらついてきた。

「やれ! やれ! やっちまえ!」

 イブリーズは、デン・シャイターンの襟首をつかんで階段のほうへ押して、背の高さの不利を補った。

 十二発め。奴はゆっくり背を反らせると、まわりの魔物たちに見せつけるように間を作った。

「やっちまえ! やれっ!」

 魔物たちの興奮は、最高潮だった。みんな腕を突き出して叫んでいた。

 がつん!

 新しい魔王デン・シャイターンは倒れた。階段を転がり落ちる。

 イブリーズは玉座の上のガラクタを放り投げると、そこにすわった。

「魔王イブリーズ様、ばんざい」

 魔物たちの歓呼が玉座の間に響きわたった。何度も何度も。

 地理学者レンミッキは、倒れたシャイターンをじっと見ていた。



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