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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
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イブリーズの鎖

   イブリーズの鎖



 奥の階段は狭く、暗かった。松明の明かりを頼りにして、慎重に進んだ。踊り場に出た。

 私は、これからの取引を心の中で整理した。


 一 財宝をいただく

 二 魔王を倒す

 三 仲間の安全を確保する


 勇気をふるって降りていく。

 さらに下に。また下へ。

 明かりが漏れたきた。

 広い部屋に着いた。片すみの岩のくぼみで灯心が燃えていた。階段の明かりの源はこれだった。

 部屋の真ん中に、鉄の太い柱に鎖で縛られて、背中を向けている魔物がいた。魔王だ。上半身は裸だ。腰布だけは身に着けているようだ。

 魔王イブリーズの体は赤黒い。病気になった蠍を茹ですぎたような肌の色だ。全体は戦士イスハパンを上から潰した体。つまり、背の高さと横幅があまり変わらない。がちがちの筋肉質だった。そして、その盛り上がった肩の上には、見覚えのある黒いものが……

 悪魔っ子だ。

 ひとりで砂漠を渡ってきたようだ。こっちを見る。

「いよう! どぐされ勇者、来るのが遅いね」

 耳障りで舌足らずな声がした。気のせいだろうか、うれしそうな響きが混じっている。

 飛んできた。私の周りを飛びまわる。松明の火で、おしゃべりな悪魔っ子を焼いてやろうかと思ったけれど、今は余裕がない。

「へへへ、勇者ちゃん。あたい、夜も寝ないで飛んで来たね。ほめて欲しいぞ」

 松明をふって、悪魔っ子を追い払ってから、部屋を調べる。

 部屋の床には、魔王のまわりを中心にして丸や四角や六芒星が、黄白色の線で幾重にも重なり合って描かれていた。魔王を閉じ込める結界らしい。

 この結界を乱さないように部屋の隅をまわって魔王の正面に立った。悪魔っ子の翼の音が不愉快だ。

「やあ、魔王……もと魔王か……元気そうで、なによりだ」

 奴は鼻を鳴らした。

「また、おまえか。哀れみはいらん。古いものは飽きられた。それだけだ」

 魔王イブリーズの目はでかい。鼻は横に潰れている。唇は口の大きさ似合って、ものすごく厚い。突き出た額があって、その上は禿頭だ。太い毛が三本生えていた。

 魔王はさっそく取引の条件を出してきた。

「結界を解いてくれたら、おまえの望みを叶えてやる」

 悪魔っ子が上から付け足す。

「魔王様には、あたいから良くお話しておいたから、安心して任せるね」

 魔王の言った条件を良く考える。

 おまえの望みを叶えてやる――たとえば、腹がへっているのに、水筒を渡されて、おまえは水を飲みたかっただろ? 望みは叶えてやった――だめ。

 私は頬を掻いて、条件を催促してやった。

「もう少し、具体的に言ってもらえないか?」

「しつこい勇者だな。誇りをかけた、男と男の約束だ」

「私は男より財宝のほうが好きなのだ。だいたいだな、ここで結界を解いたあとに、これをして欲しい、あれも欲しい、といったら、君は聞くか?」

「聞かないだろうな」

 そして、魔王は、目を閉じて考えはじめた。苛立つくらい長い沈黙の後

「俺を縛っている結界を、おまえが解く。それをしてくれたら、城塞の財宝はおまえにくれてやる。新しい魔王は俺が倒す。その代わり、おまえは俺の『命の泉』には手を出さない。どうだ?」

 奴の言った意味を吟味した。財宝がいただけるなら、悪くはない。目の前の魔王イブリーズを〆られないのは残念だが、これ以上、相手に譲らせるのも難しそうだ。

 それならば

「私たちの安全を保証してもらいたい」

「俺の手下には、手を出させない」

 私はまた考えた。――俺の手下――つまり魔王自身は含まれない。危ない。ひっかかるところだったぜ。

「君と君の部下は私たちに危害を加えない、だろ?」

「おまえ……本当に疑り深い奴だな……あたりまえだろう」

 魔王は呆れたようだった。そして

「俺と俺の手下は、おまえたちに危害をくわえない」

 よし。

「君を固めている結界を解くには?」

 縛られている魔王が説明してくれた。その手順どおりに進めていった。

 まず、床の紋様の一部を足で消していく。横幅の広い魔王が通り抜けられるように、奴のための通路を作ってやった。線を蹴散らかしていく。太い声がした。

「おい、ていねいにやれ。硫黄の粉だ。火の気は禁物だ」

「硫黄! 地獄の炎ね」

 叫びながら悪魔っ子は、部屋の入り口まで飛んで逃げていった。天井ちかくで羽ばたきしている。

 つぎは、魔王を縛っている鎖にかけられている魔法を解かなければならない。

私は魔王イブリーズの脇に立った。吊るしていた短剣を抜く。この魔王を解き放つと、もう後へはもどれない。悪魔っ子は、何を話したのだろう? 取引に間違いはなかったか確かめた。

 私はライデンによって魔法をかけられた短剣を高く振りかざした。これから起きる困難に立ち向かえますように、と、願わずにはいられない。

 ありったけの勇気を掻きたてて、魔王を縛っている魔法の鎖に短剣を打ちつけた。


 かきーーん!


「うおぉぉぉ!」

 雄たけびといっしょに、魔王は全身に力をいれた。ふくれ上がる筋肉。鎖がわずかに伸びたと思うと、はじけ飛んで下に落ちた。自由になったイブリーズは私と向き合った。私を下から見上げて、大きな唇でにやりと笑う。邪悪そのものの笑いだった。魔王は拳を握りしめると、私に突き出して……

 親指を立てた。

 喜んでいるのだろう、たぶん。

 結界の中心から外へ魔王は歩きはじめた。部屋を抜け出して、階段を昇っていく。悪魔っ子が魔王の耳元に寄って何か話してから、私のところに来た。

「あたい、魔王様にほめられちゃった」

 そうだろう。そうだろう。そうだろう。そうだろう。

「悪魔っ子よ、新しい魔王は?」

「デン・シャイターン。元は門番ね。あの顔は、あたいの好みじゃない」

 ふたたび、牢のある階に着いた。

 魔王は牢のなかの仲間を、ちらりと見たが手は出さなかった。まっすぐ、牢番のもとに歩いていく。

 気を付けの姿勢で待っていた小柄な牢番の横っ面を、魔王は思いきり殴った。魔物は奥の階段に、叩きつけられた。それから魔王は、手を貸して立ち上がらせた。

「新しい魔王につくか、俺につくか、どっちだ?」

「魔王イブリーズ様です!」

 復活した魔王は、階段の上にあった牢の間への扉に体当たりをはじめた。

 その隙に、牢の錠を解いて仲間を助け出した。みんな、ほっとした様子だった。

 悪魔っ子が飛んできて、ライデンに槍の穂先をむけた。

「この子、魔法使いの子供ねっ! 勇者、聞いて、聞いて! こいつの親はひどい。死んだ振りしてたあたいを大きな魚のお腹に入れてね、縫って、ビブリオ川の鰐に食べさしたんだよ。鰐のお腹の中は臭いし、出ようとしても鰐の牙が怖くて、出られなかったね。鰐さん大あくびしたとき、やっと出れたの」

 私は笑って言ってやった。

「それは良いことを聞いた」

 そして、笑いをひっこめた。私と悪魔っ子、顔を見合わせた。お互いに黙っていたほうが良いことをうっかり言ってしまったようだ。

「でもね、カロイドが攻めてくるから、魔法使いの家、焼かれる、いい気味ね」

 私はコウモリの化け物に目を走らせた。魔法使いも戦士も見た。

 私は聞いた。

「おい、ビブリオの街は?」

「みんな戦さの準備してる」

「魔物は?」

「……知らーーないね」

 しゃべり過ぎたことを気づかれたようだ。悪魔っ子は、魔王のもとに飛んでいった。地理学者が聞いてきた。

「おい、あれは何だ」

「砂漠の蜃気楼ね」

 私はとぼけて答えた。レンミッキが真顔になった。あわてて、なだめた。

「地獄からの使者、君とは関係ないから、あまり気にしないほうが良い」

 何度目かの体当たりで行く手を塞いでいた扉が魔王の力で吹っ飛んだ。さすがだ。牢の扉なら魔法がかかっているはずだが、奴は力で打ち破った。

 みんなで踏み込んだ。

 牢番の控え室だった。壁は滑らかに削られて、机と椅子が置かれていたが、誰もいない。

 机の上に、地理学者レンミッキの剣が置いてあった。ふたたび、取り返す。

 物音を聞きつけたのか、あの牙の牢番が左の扉を開けてはいってきた。魔王に気づくと、驚いたようだが、すぐ胸に手を当てて、腰を曲げた。

「イブリーズ様、ご復活おめでとうございます」

 さわやかな声で祝いを述べた。

 かなり調子のいい奴だ。だから出世して偉そうにしているのだろう。

 魔王は疑わしそうに見てから、鷹揚にうなづいた。

 かわって、レンミッキの鋭い声。

「おい、貴様。夕食は焼いたのと煮たのと蒸したの、どれが良い?」

 剣の柄に手をかけて、腰を沈めていた。やる気だ。冷たい殺気が漂った。

「……あっ……わ、わたくしは……や、野菜が好きでして……」

 うわずった声で魔物は答えると、作り笑いを浮かべた。

 ついでだから、私も加わった。

「君、良い短剣を持っているな」

「えっ? あ、そう、そうですか? あっと、いま、あなたに、差し上げようと思っていたところで……どうぞ」

 牙の牢番は、腰からはずした短剣を差し出した。

「そう? なんか高そうな物を悪いね。それに相手が違う」

 魔物はあわてて、ひっかけの大きらいな地理学者に短剣を両手で捧げた。

「いらん」

 レンミッキの不機嫌そうな答えが返ってきた。

「じゃ、私がもらっておこう」

 手を伸ばして、短剣をひったくった。肩から提げている鞄に収めた。やりとりを見ていた魔王が、牙の魔物に命令した。

「これから、新しい魔王に会いに行く。邪魔する奴は叩きのめす。おまえ、先頭に立て」

「わ、わたくしは、武器を持っていませんが……」

「手があるだろう、足もある。充分だ」

 魔王イブリーズは、ぶっきらぼうに言った。

 牙の魔物、魔王、牢番の順に部屋を出た。私、魔法使い、戦士、地理学者で続いた。

 階段を昇り、回廊を伝っていく。

 悪魔っ子は魔王の頭に乗って、愉快そうに後を見ていた。

 小柄な牢番が、途中で振り返って私に聞いてきた。

「なーなーなー、さっきの話だけど、あれで終わり? つづきは」

「つづきか。つづきは、嫌がる姫の後から前から……肩を揉んであげたのさ」

 魔物は、前を向いて肩をすくめた。

 回廊は奥へつづいている。


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