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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
7/13

城塞へ侵入

   城塞へ侵入



 夜が明けると、さっそく城塞の警備兵に見つけられた。駱駝を止めて寄って来るのを待っていると、城塞の岩を背景にして、長槍を持った人型のジンが六匹走ってきた。

 ひき付けてから砂漠で拾ってきた砂金を手のひらに乗せて、朝日を受けるように奴らに見せびらかす。黄金の輝きに魅せられた魔物たちは足を止めた。

 用意していた砂を入れた皮袋に、手の平の砂金を落とす。皮ひもで口を縛って、戦士に投げた。魔物の目は袋を追っていく。

「思いきり、遠くへ」

 城塞と反対方向、すこし右に外れるように親指で示した。

 怪力イスハパンが駱駝の上から、力いっぱい投げた。空高く飛んでいった皮袋は、砂漠の真ん中に落ちた。

 魔物たちと向き合い、微笑んでやった。

「朝の挨拶がわりだ。みんなにあげるよ。早いもの勝ちだぜ」

 魔物たちはいっせいに、皮袋を目指して走り出した。その隙に、城塞の岩山のふもとにたどり着く。黒い岩のかけらがいっぱい砂の上に落ちていた。駱駝から、水筒、装備と砂漠の記念品を入れた肩掛け鞄をはずして、身につける。戦士はたいまつを背中にくくりつけ、片手にランプを持った。

 駱駝の首を撫でて別れを告げてから、城塞の岩にそって歩いていった。岩の裂け目があった。城塞にいくつかある入り口の一つだ。

「や、奴ら戻ってきます」

 魔物を見ていた戦士が、ささやいた。

 戦士、魔法使い、地理学者に目で合図して、入り口に飛び込んだ。

 洞窟の入り口には、白い衣装の女が待ち受けていた。

「あら、お客様? 待っていたわよ。これでも食らいなさいっ!」

 なかなか目鼻立ちの整っている女だ。胸も大きいし、腰もくびれている。でも、白すぎる。若い女は透きとおった声で歌いはじめた。洞窟の奥を塞いでいる何本もの鉄棒の柵がかすかに見えた……

 魔物の歌が耳に響く。この甘い歌声はセイレーンの誘惑。

 ああ、だめ……骨抜きにされてしまう……足が動いて……引き寄せられて……気が遠くなっていった……

 ……………………

 私が夢から醒めると、セイレーンは額を押さえて、うずくまっていた。泣いている。

「……ひどい……顔にぶつけるなんて……」

 セイレーンの足元には、布といっしょに茶色い砂漠の薔薇がころがっていた。ライデンが興奮した顔でつぶやいた。

「生意気よ」

 手を伸ばして、まだ夢見心地のイスハパンの頬をひっぱたいてやる。戦士も目覚めたようだ。

 セイレーンは呻いた。

「うう、三人やれるはずだったのに……」

 僕女のレンミッキが腰をかがめた。落ちていた砂漠の薔薇を拾うと、もう一度投げつけた。

 かわいそうな魔物は洞窟の外へ逃げていった。

砂を入れた袋を拾った魔物たちがもどってくるのが見えた。

 奥に向かう。太い鉄棒が何本も天井から床まで通されていて、行く手を塞いでいた。ライデンが

「魔法がかかっています」

 私は鞘から魔法の短剣を抜いた。鉄棒を軽く叩くと、金属の音がした。

「魔法は消した。イスハパン、やってくれ」

 戦士は進み出て、鉄棒を握る。両腕に力を込めた。曲がった。ライデン、レンミッキ、イスハパン、私の順に潜り抜けた。また、戦士に頼んで鉄棒を元通りにさせ、ライデンが魔法をかけた。

 ジンの魔物たちが洞窟の入り口に着いた。逆光のなかでうごめいている。私たちは奥に走った。薄暗い。

「よくもだましたな。中身は砂じゃねーか!」

 鉄棒の柵までたどり着いた魔物の一匹が叫んだ。体が大きくて肩までしか通れない。

 私は洞窟の先の曲がり角から、頭だけ出して答えてやった。

「失礼だな。君らが勝手に誤解しただけだ。金とは言っていないぞ」

 ジンの魔物の一匹が、長槍を投げてきた。私は頭を引っ込めて、奥に逃げこむ。長槍が壁に当たる間抜けな音が木魂した。

 イスハパンがランプに灯をつけた。火打石と火口をしまって前進する。ランプを下げた私、ライデン、前を行く魔法使いを守る戦士、地理学者の順にした。最後のレンミッキには、後ろから来るものは斬れ、と命令した。

 右に曲がって、左に折れた。昇って下った。いくつかの分かれ道がある。魔法使いの直感を頼りに選んでいった。地理学者は地図を書くことを主張したが、私は無視した。時間が無い。水も限られている。

 通路の壁は荒削りの岩だった。動くランプの光が進むにつれて、両側の岩肌を照らしていく。

 通路が少し広くなったと思ったら、行き止まりになっていた。先は一枚岩が塞いでいた。通路の両側には岩を刻んだくぼみの中に、三個ずつ、左は壷、右にはランプが置かれていた。

 良く調べる。

 行く手を阻んでいる一枚岩は、人の手ではどうしようもないが、何かのからくりで動きそうだ。天井は高くて、ランプをかざして上を向いても暗がりのなかに確かめられない。

 左に並んでいる壷は首が細くて長い。青銅製で栓がしてある。右の古めかしいランプも青銅製だ。いずれも、赤と青の細かい紋様で細かく飾られている。取っ手には、それぞれ小さな木の札が付いていて、古い言葉で何か書かれていた。

 手前から読んでいくと


 細い壷一 左はうそつき。壷の栓を抜くな

 細い壷二 君の夢のために栓を抜いて魔人を呼び出そう

 細い壷三 壷の二は当たり。お気の召すままに

 ランプ一. 右はしが良いと思うよ、通りたいならね。つまり僕。

 ランプ二. ランプが当りです。真ん中を選んでちょうだい。

 ランプ三. はずれは帰りの近道よ。正しい魔人を呼んでね。


となっている。どうやら、壷の栓を抜くか、ランプをこすって、魔人を呼び出し、岩を動かす仕組みのようだ。当りは六つに一つか……みんなの意見を聞いてみた。

 ライデン

「直感は……細い壷三です」

 レンミッキ

「壷とランプのなかで目に付くのは入ってすぐ、右側で手前のランプ一だ。したがって、当りは反対側の細い壷三と思わせて、裏をかいて反対側のランプ三。という予想をしたから、その裏をかいて、最初のランプ一、という可能性が高いが、何かのなぞなぞ、あるいは暗号かも。ゆっくり検討するべきだ」

 イスハパン

「お、俺には、わかりません」

 私の考え。

「細い壷三だけが、他の壷のことが書いてある。そして、はずれのことを言っているのはランプ三……ランプ一だけは一人称を使っている。……と見せかけておいて」

 そこまで言って、思いついた。やってみて損はないだろう。

 水を飲んで渇きを癒す。 

 それから、私は人差し指を唇に当てて、みんなに口止めした。イスハパンにゆっくりと大声で言う。

「ここは行き止まりだ。引き返すぞ。ついてはだ、こんな仕掛けは不愉快でおもしろくない。腹いせに壷とランプは全部ぶっ壊してやる。次に誰か来たときに迷わないように、かけらのかけらまで徹底的にぶち壊す。戦士。準備してくれ」

 程なく小さな音がした。細い壷二が、ことり、と音を立てた。しばらくして、また音がした。

 なるほど、細い壷二が正解で、しかも中の魔人は臆病者だ。答えを知っていて、出られる機会が来たのに、壷ごとつぶされるのは耐えられなかったのだろう。

 私は、当りの壷を選んで、左手で壷の首をつかんだ。蜜蝋で封をされていた栓を抜いた。 

 壷の口から青い煙が沸き出てきた。上から下に漂って目の前で渦を巻いていたが、そのうちはっきりして、人の形に固まる。

 私は慎重に栓を閉じた。

 出てきて魔人は腕組みして、闘士の体格をしていた。首筋は太い。顎は大きく、顔も悪くない。筋肉がはっきり見える砂漠の魔人風の服を着て、自分の肉体を見せていた。なで肩なのは、首のうしろの幅広い筋肉のせいだろう。

 魔人が太い声で吼えた。

「壷を開けたのは貴様か! 責任をとって、我が願いを三つ叶えろ!」

 ふん。

 私はせせら笑った。

 体の割りに望みの小さい奴だ。私なら百は望みを並べ立てる。

 見た目より小物の魔人に冷たく答えてやる。

「たった三つで良いのか?」

「えっ! 叶えてくれるの?」

「どうせ、水と女と食い物だろ」

 魔人は細かく何度もうなづいた。

「長い間、壷の中にいたんだから、そのへんだろ。わかるぜーーその気持ち。私も長いこと放置されてた。願いを叶えてやるから、そのあと、あの岩を動かして私たちが先へ通れるようにしろ」

「かしこまりました」

 私が一枚岩を指で示すと、魔人は胸に手を当てて頭を下げた。やけにしおらしい。

 私は、水筒から、手のひらに水を一滴こぼした。次にレンミッキの肩を押した。それから、干し肉のかけらを取り出した。

「さ、道を開けろ」

「えっ! 何で……」

「水は見せた。女も見せた。食い物も見せた。君の願いは叶えてやった。道を開けろ」

「えー、だって、見せてくれただけじゃん……それに……こっちの女の子のほうが俺の好みだし」

 壷の魔人はライデンを指差した。

「誰が水をいっぱい飲ませると約束した? 誰が女を渡して、食べ物をあげると。君は見たかったのだ。君の言葉を聞いて私はそう判断した。見たいという、君の望みはかなえてやった。不満なら、最初に条件を決めなかった君の責任だな」

「いや、でも……」

「約束を破るのか、これでも?」

 右手に握っていた壷を壁の岩にぶつけた。金属の響く音がした。魔人の悲鳴と混じった。

「やめてください! それ、私の家なんです」

 思わず笑みがこぼれた。

「ふっふっふ……それは良いことを聞いた。家を壊されたくなかったら、はやくしろ」

 もう一度、壷をぶつける振りをしてやると、魔人は太い首をすくめて秘密の言葉を漏らした。

「岩の前で、開けゴマと言えば」

 私は魔人を見た。ずいぶん平凡な合言葉だ。それにこいつは見た目よりも臆病者……怪しい。奴の横顔からは、嵌め手の香りが匂っている。

「じゃあ、君がお手本をやってくれ」

 魔人は目を泳がせた。

 私は手にしていた壷で、思い切り壁を叩いて催促した。もっと、打ちつけようとすると、

「あうぅ……開けチューリップ……」

 私は壷をイスハパンに投げて、岩戸の前に立った。合言葉を言おうとしたとき、レンミッキが止めた。右手を上げていた。

「待て。この魔人は『開けゴマと言えば』までしか言っていなかった。チューリップも怪しい。最後まできちんと呪文を確かめるべきだ」

 僕女のくせに、なかなか良いことを言う。私はイスハパンに目で合図した。

 戦士の手の中で小さな壷が握り締められた。筋肉が盛り上がった。太い指の間で、そのまま潰れそう。

「ああ、ごめんなさいっ! 岩のまえで呪文、ワクワクの花は夜開く、と唱えれば通れます。……だから壷を返して……」

 私が岩の前で正しい呪文を唱えると、行く手を塞いでいた岩が左に動いて、道が開けた。ランプで先を照らす。異常はなさそうだ。数歩進んでから、振り返って仲間を呼んだ。

 魔人が一人、後ろに残された。悔しそうに拳を握りしめている。

 レンミッキが、背の高い戦士の手から壷をもぎ取って岩戸へ転がした。魔人は、あわてて駆け寄った。大事そうに拾いあげて、栓を開けようとしている。

 地理学者は冷たい声をかけた。

「おい、失礼な魔人。侵入者を罠にかける呪文は?」

 壷に気を取られていた魔人は手もとを見ながら

「えっ? ……開けゴマと……あっ!」


 ずーん。


 天井から大岩が落ちてきて、地響きを上げながら、魔人を押しつぶした。間抜けな音を響かせて、魔人の持っていた壷が私たちの足元に転がってきた。

 その壷をつま先で蹴ったレンミッキが、私たちを見わたした。

「僕はひっかけが大きらいな地理学者なのだ」

「まあ……そうだな……うん、奴も壷さえあれば復活できるだろうし。うん、たぶん正しい選択だ」

 私は同意してから、戦士に壷の栓をしっかりと閉めさせた。奥に進んだ。


 分かれ道。左の通路を選んで進んでいく。少し幅が広くなって、床、壁も滑らかになってきた。

 少し進むと床は石板を敷き詰めたものに変わり、上には玉石が撒き散らされていた。ランプを上にかかげて照らしてみた。光は遠くまで届かない。しばらくは真っ直ぐな道が続いているが、小石はだんだん多くなっているようだ。

 床に散らされた小石を動かさないように慎重に歩いていく。

 かちーん。

 回廊の後ろで音がした

「止まれ」

 その音は、耳と同時に心臓を締め上げた。誰かが仕掛けを踏んだ。みんな立ち止まった。

 私はふりかえった。

「何か仕掛けがあった。動くなよ、いま行くから」

「えっ?」

 レンミッキが驚く。

 かちっ。

 また不気味な音がした。えっ? 私の下だ。

 つまり、踏んだのは私?

 音も無く床が二つに割れて開いた。

 落とし穴!

 ばさっ、とか、どさっという感じで、底に落ちた。落とし穴の底には網が張られていた。四人で一塊になった。手にしていたランプは落ちた衝撃で、離してしまった。

「四名様、ご到着ーーーーごとおちゃくぅぅぅ」

 鉄格子の外で、人型をしたジニーの魔物が大声を上げた。


 私の胸の上にあったライデンの足をどかして、イスハパンの腋の下から、まわりの様子を見る。

 普通の地下牢だ。天井が落とし穴とつながっている。地下牢の床まで人の背丈よりもわずかに高い。いま居るのは天井からつるされた網の中だ。落とし穴の入り口は閉まっていた。

 私は短剣を抜いて、網を斬り破った。

 牢の床に飛び降りた。仲間も降りてきた。まわりを良く見る。石造りの牢だ。薄暗いが明かりはついていた。

 鉄格子から外をみる。通路を挟んで左右に三つずつ同じ牢があった。さっきの牢番は通路の右端の階段に座っていた。薄汚れた灰色の布地に鉄鋲を打った簡易な鎧を着て、短い棒を帯にはさんでいた。腰には鉄の輪をつけていて、そこに下がっているのは十本くらいの鍵だった。

 縦横にしっかり組まれた鉄格子はイスハパンでも無理だろう。錠も大きく頑丈そうだ。

 レンミッキがめがねを直しながら、文句を言った。

「君が先頭を歩いていた。一番ひっかかりやすいのに、なぜ動いた?」

「すまん、音が後ろからして、うっかり」

 侵入者の注意を小石にひきつけて置いて、音は後ろで響かせて引き返させる仕掛けだ。

 いまさら分かってみてもしょうがない。

 仲間で怪我をした者がいないか確かめた。みんな無事だった。私は脱げてしまった帽子を拾って被りなおした。

 いつのまにか新しいジニーの魔物が、さっきの牢番を連れて鉄格子のまえに立っていた。到着の声を聞いて出てきたのだろう。一見、人間のようだが足元が霞んでいて怪しい。

 それでも、こざっぱりした青くて長い服は折り目がきちんと通っていた。帯には、宝石がきらめく短剣を挟んでいた。短剣の柄からは青い飾り紐を垂らしている。

 なかなかおしゃれな魔物だった。中肉中背、冷酷な感じに目が鋭い。

「武器を渡してもらおう」

 魔物の命令で、私は短剣を、地理学者は腰にさしていた剣を、鉄格子の下に置いた。手で追い払われて牢の奥に下がった。魔物は私の短剣を見て言った。

「安物だな」

 ひろいあげて牢番に渡した。

「おまえにやる」

 つぎに地理学者の剣を取り上げて、満足そうな笑みをみせた。牢番が両手で捧げて扉の向こうに運んでいった。

 そのあと、良く通る声で私たちに優しく聞いてきた。

「ようこそ。居心地はどうかね。足りないものがあれば、あの者に持ってこさせるが」

 顎で、扉の向こうを示した。

「そうだな、冷たい水と暖かいお茶と新鮮な野菜とお粥と牢の鍵と城塞の地図と魔王の場所と柔らかい寝台と毛布と、それから駱駝と……」

「ふむ、そうか。では、食事は焼いたのと、煮たのと、どちらが好みかな?」

「……煮てから焼いて、また焼いて煮て煮て……」

 偉そうにしている魔物は私の答えを無視して、ライデンと向き直った。

「こちらのお嬢さんは?」

「……焼いたものです」

 と魔法使いが答えた。順番に聞いていく。

「蒸したもの」

「ど、どちらでも」

 地理学者と戦士が答えた。新しいジニーの魔物が、にっこりと微笑んだ。牙がむき出しになった。

「よろしい。では、明日の朝、望みどおりに君たちを料理して進ぜよう。楽しみに待っているよ」

 調子のいい奴だと思っていたら、こっちが食材かよ。

 牙の魔物は立ち去って、最初の牢番が入ってきて残った。さて、どうしよう。鉄格子を破るのは不可能だし、脱出は難しそうだ。

 魔法使いにささやく。

「ライデン。奴の腰に下がっているのは、鍵だ。魔法でとって来れないか?」

 魔法使いは首を振った。

「距離がありすぎます」

 魔物の牢番は階段の一番下に腰掛けて、何か汚れた巻物を読んでいた。

「地理学者、何か良い知恵はないか?」

 少しばかり首を傾げたレンミッキとひそひそ話し。うーむ……ありふれた手だが……仮病を使って、魔物を呼び寄せ鍵を奪い取って、か……

 みんなと打ち合わせをしてから、イスハパンを床に寝かせて、病気のように苦しそうなうなり声を上げさせた。私は両手で鉄格子をつかんで呼んだ。

「おいっ! 牢番、仲間が病気だ。ちょっと来てくれ」

 魔物の牢番が来た。疑わしそうにこっちを見ている。奴は腰の帯にはさんでいた棒を抜いて、私たちを威嚇した。

「下がれ、離れろっ! 誰がその手にのるか」

 近寄ってきたところを、襟首をつかんで鉄格子に叩きつけて鍵を奪うつもりだったが、見破られた。この牢番、背が低く、丸い目をしていた。

「どうせ仮病だろ。うるさいから止めさせろ。俺の読書の邪魔をするな」

 読書? あの薄汚れた巻物が……まあ、こんな場所で働いていれば魔物でも退屈だろう。

 閃いた。

「なあ、牢番君。……この城塞から北へ三千歩、西へ五千歩、南に二千歩行ったところを掘ると、何が出ると思う?」

 魔物は疑わしそうな目で

「財宝か? 埋めてきたのか?」

「汗が出る」

 奴は馬鹿にしたように手を振った。かまわずにしゃべった。

「雄のカエルはゲロゲーロと鳴く、雌のカエルはケロケーロと色っぽく鳴く、二人で愛を確かめるためだ。では、愛の結晶の子供は何と鳴く?」

 奴は首をひねった。しばらく考えてから

「ケロッコケロッコだ」

「残念、蛙の子はおたまじゃくしだ。鳴・か・な・い」

 牢番の目が生き返ってきた。

「じゃ、じゃ。……ちょっと待ってろ。俺だって、俺だってな……そうだ……朝の駱駝は四本足で歩くけど、昼間の人間は二本足で歩いて、夕方みたいに三本足じゃない。なーーんでだ?」

 さすがは魔物、ちょろい問題を出してきた。答えは分かっているが、知らないふりをしてやる。

「うーーむ、さて? おい、地理学者……知ってるか? ……おっと、紹介が遅れたな。この人は若いけど、すごい物知りの学者先生だ。きっと解いてくれるだろう」

 そう言って、レンミッキの肩を押した。

「すまない。僕にもわからない」

 地理学者も、うまく調子を合わせてくれた。

 牢番は得意げに言った。

「手だけじゃ歩けないから」

 私は大笑いしてやったけれど、地理学者は笑わない。

「あれ? 面白くなかった? じゃあね、えーーとね、えーとね、いま考えるから待ってて……」

 魔物は必死に頭をひねって、おもしろいネタを思い出そうとしていた。

 私は先手を打った。

「牢番君、面白い話と言えば、こんなのはどうだ。むかしむかしあるところにお姫様がいました。それはそれは美しい姫じゃったそうな。肌は薄く削った象牙の白さ、目は黒曜石のように輝き、唇は熟した石榴みたいに赤い。腰はくびれて乳はでかく、尻は桃に似てつるりと形良く、足は長く、手の指は細い。砂の上に足跡もつけないで軽やかに歩く姫君だったそうだ」

 牢番が耳をすまして聞き入ってきた。

「でも、その国には悪い王様がいて、美しい姫を見つけると、無理やり王宮の奥深く連れこんで、透き通るような薄い服を付けさせると、絹や更紗で飾って異国の香を炊き込めた、それはそれは豪華な寝室のなかで、千夜と一夜の長きに渡って美しい姫を手もとに置いて、後から前から、そしてとうとう横からも。嫌がる姫の硬くなった場所に手を這わせると……」

 私は牢の中を歩き回りながら語った。そして、鉄格子のすぐそばに立った。

「どう? つづきを聞きたい?」

「聞きたいっ!」

 牢番は、両手で鉄格子にかじりついた。

 すかさず奴の両手首を握って引っ張った。鉄格子に押さえつけられて、手を動かせなくなった牢番の腰の帯から、ライデンが鍵束を奪った。

「あっ!」

「声を出すな! 牢番が鍵を奪われた、では、ただではすまないぞ。さっきの上役が戻ってきて……」

 奴にささやいてやった。押さえる役をイスハパンに替わってもらった。

 まず、私の短剣を取りもどした。それから鍵を確かめていく。四本目が合った。乾いた音を立てて、牢の錠が開いた。

 さて……このまま抜け出だして、迷路を進んでいっても時間がかかる……

「おい、牢番君。私は古い魔王に会いたいのだが、どこにいる?」

「し、知らない。知らない。お、俺は知らない」

 鉄格子に押しつけられている魔物は激しく首を振った。その額には、知っています、と大きく書かれていた。

「そうか。じゃあ、君のような役立たずは、この牢に残して私たちは先へ進む。後はよろしく」

「そんなぁ……」

 私は牢を出て牢番の後ろにまわった。

「さあ、しゃべれよ。困っているなら、私が良い手を教えてやるから」

 魔物はあきらめた。

「この通路の奥、階段を三つ下りてください。古い魔王に会えます」

 私は右手を見た。なるほど、通路は下へ続いているようだ。

 戦士に合図して、牢番を放させた。奴は戦士にきつく握られた手首を押さえた。

 四本目の鍵を抜き取って、残りの鍵束を魔物に返してやった。

 牢番に言い含めた。

「もし、誰かが来て、私のいないことに気づいたら、しらばっくれておいて、後からガツンといけ。私の仲間も協力するはずだ。落ち着いてうまくやれよ」

 それから、残る戦士、魔法使い、地理学者に伝えた。

「ちょっと魔王と話してくる。君たちは、ここで待っていてくれ」

「僕も行く」

 レンミッキが言ったが、無視して三人の入っている牢の鍵をかけた。

 戦士が背負っていた松明をもらって壁の明かりから灯を移した。

 さて、いよいよ魔王と対面か……


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