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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
6/13

砂漠を越えて夕日のもとへ

   砂漠を越えて夕日のもとへ



 さて、魔王の棲家、城塞への旅がはじまった。

 城塞へは、ここから砂漠の深部へ進まなくてはならない。

 東のオアシスから、西のオアシスへ。そこから、赤黒白の大地を越えて、岩塔の盆地を潜り抜け、静寂の砂漠の奥深く、世界の西の果てへ。

 夕日の沈むところに城塞の岩山がある。

 行き方は簡単だ。ともかく西に進めば良い。砂漠の寂しさに耐えられる頑丈な心と、水がある限りはだいじょうぶ。だが、途中で尽きたら、それで終わり。


 一日目は、準備のためにイスハパンと私でオアシスの井戸の水をくみ上げる。ライデンとレンミッキは、それを水袋と水箱に満たしていった。駱駝の背に乗せる。重い荷を駱駝は嫌がった。気の強い駱駝は唾を飛ばして、暴れようとした。

 イスハパンと私で四十頭の駱駝をまとめていく。

 歩きはじめたときは、午後になっていた。長く、困難で、気が重くなるような旅だ。

 とくに、浮かない顔をして、しょぼくれている戦士イスハパンの姿を見ると……

 ライデンも心配したのか、先頭を歩いている私の駱駝に寄って来て、相談してきた。

 本当のことは言えない。

「心配するな。腹でもこわしているんだろう」

「でも……」

「それより、ライデン君……誕生日に何かもらわなかったか?」

 ライデンの孫娘は駱駝に揺られながら、何も知らないように、にっこりと笑った。

「母から、やっつけちゃえブレスレットをもらいました」

 左の袖を捲り上げて、細い腕をだした。金色の鎖でできた腕輪を示した。

「あと、祖母から、いいことあるわよペンダントも」

 胸元をかきわける。おっと、あと少しで横乳が見える、と思ったら、細い紐につながっている赤い石を見せてくれた。

「ああ……良い贈り物だ。さすがは魔法一家……私のプレゼントは砂漠の中にある。楽しみに待っていてくれ」

 つまり、イスハパンよ、失敗したな。私は振りかえって、後ろの大男を見た。まあいい。ゆっくり効いてくる薬もある。

 僕女のレンミッキは駱駝の上から、旅人に踏まれて埃っぽくなった道と潅木の茂み、ちょっと痩せこけた草むらを物珍しそうに見ていた。地理学者というのは、本当かもしれない。


――――三日目

 レンミッキが、だいぶへたばってきたようだ。カロイドは馬の国だから、駱駝に慣れていないのだろう。私は笑いをこらえながら、僕女に寄っていく。

「やあ、学者先生。ご機嫌うるわしく。今日も楽しい旅だ」

「……」

 朝のあいさつをすると、憂鬱そうな目をこちらに向けてきた。顔色が悪い。激しく揺られて駱駝酔いにかかっていた。今のうちに、気になっていることを確かめないと。

「財宝がないってのは嘘だろ?」

「嘘ではない……古文献には……千金に値すると、難以交換……うっ……それを君らがかってに誤解して……古語の解釈を間違えている」

「そうか。で、君の役目は新しい魔王への使者か?」

 ずばりと切り込むと、こちらに一瞥を加えて、前を向いてしまった。

「そのつもりなら、背中に気をつけろ」

「ぼ、僕は……地理学者として……」

「じゃ、密偵か?」

「……」

 あまり、いじめると意固地になる。適当なところで切り上げてやった。

 一日の旅が終わり、夕食は、疲れ果てているレンミッキに頼んだ。

 この辺で音を上げて帰ってくれれば、しめたものだが、意外と我慢強い。イスハパンと一緒になって焚き火をおこして、野菜をきざんでいった。

 見ていると、塩の入れ方も檸檬汁の入れ方も大ざっぱだ。

 地理学者レンミッキは食欲がないようだった。自分の量を減らして、イスハパンの分を増やすと、みんなに皿をまわした。食べてみると、香芹を散らした煮込み汁料理はうまかった。

 やはり、要領は良いのかもしれない。

 見くびると、こちらの寝首をかかれそうだ。

 夕食後、駱駝に積んである水箱のなかで、水漏れを見つけた三つに、解かした瀝青を塗って修理した。戦士の太い指が器用に動いてくれた。


――――四日目

 西のオアシスに着いた。小さくて東のオアシスに見劣りする。木陰も少ない。

 このオアシスの水は苦い。でも、人間が飲める最後の水だ。空きができた水筒、水袋、水箱、と入れられるものはすべて水で満杯にした。イスハパンと二人で四十四頭の駱駝にも、順番で水を腹いっぱい飲ませた。

 思いきり水を使える料理もここまでだ。あとは、乾燥させた種無しパンと干し肉、乾燥果実が主体になる。

 この日の夕食は、ライデンに頼んだ。

 小麦粉の団子と干し肉とニンジンと玉ねぎの煮込みだった。ライデンが香りつけに使った大蒜が食欲をくすぐった。

 ただ、盛り方がおかしい。

 私とライデンとレンミッキは同じくらいだが、イスハパンは皿からあふれるくらい多い。しかも、ちらりと見ると、肉も多い。いや、べつに食事の量や質でどうこう言うつもりはないが、なんだ、これは? 

 魔法使いが戦士に元気をつけようとしているのか? それとも、ライデン対レンミッキで女の戦争が勃発か? 面倒なことになりそうだと思いながらも、何かわくわくしてくるぜ。

 翌日、イスハパンは駱駝の列を前、後ろに飛びまわって急に張り切りはじめた。

「ダワイ!」

 列から遅れて怠けようとする駱駝に、イスハパンが気合をかけていた。若いのに駱駝を扱う腕は良い。安心して任せられる。ただ、私と二人で四十頭は、さすがに忙しい。

 ライデンは日よけ用のベールを使いはじめた。顔を薄い布で覆い、手にも白い手袋をはめた。

 なんてこった。かえって魅力的だ。確かに祖母の血を引いている。


――――六日目

 背の低い、いじけたような樹木も尽きた。ここから先は草と石ころと砂だけになる。

 砂の上におもしろいものを見つけた。角材の薪が転がっていた。

 元気になったイスハパンを呼んで見せてやった。

「君の爺さんと来たときの焚き火の跡だ」

 奴は立ち止まって、じっと見ていた。

「うまい飯が食えるように、いっしょうけんめい、薪を運んでくれた。祖父君は働き者だったよ」

 戦士は何か言いたそうにしていたが、黙ったままだった。

「どうした?」

「爺さんは……逃げたんですよね?」

 イスハパンはぽつりと言った。

「ああ、虫がいたからな」

「む、虫?」

 戦士は驚いたようだ。

「爺さんから聞いていないのか?」

「さ、砂漠の、ぼ、冒険の話はガキのころから聞かされましたけど、虫は……魔物のことばっかりで」

「虫だ、とびきりデカイ奴。魔物のごちそうなんだが……猫くらいの大きさのコオロギとか、長ーくて足がわしゃわしゃ生えているダンゴ虫とか……魔物がそいつを食っているところに踏み込んだら、祖父さん苦手みたいだったな、一目散に逃げた。背後の守りが無くなった私は後頭をガツンとやられて……」

「虫ですか……」

 イスハパンは肩の力が抜けたようにつぶやいた。

「君は大丈夫か?」

 戦士は太い親指を立てた握り拳を見せた。


――――七日目

 砂漠は、うねりを見せはじめた。砂丘が現れた。いや、この先でまた平らになるんだけどね。

 人を拒む砂漠は表情を変えてきた。

 大きな砂丘は風上側の安定した斜面をまわって、小さな砂丘は乗り越えていく。

 砂丘の間には白っぽい平らな場所がある。砂漠の霊気が固まっていた。

 僕女のレンミッキが駱駝になれてしまったようだ。ときどき駱駝を急がせて砂丘の頂上まで登って、駆け降りてくる。

 うろちょろと目障りだ。

 駱駝に揺られながら、ライデンの日よけ用のベールをあきれたように見ていた。


――――九日目

 駱駝が水を飲める最後の塩水の池に着いた。別名を苦味のオアシスまたは後悔の池だ。

 なんで、こんなところまで来てしまったんだ、と旅人が嘆いたのが名前のもとになっている。

 ここから先は、水が溜まっていても、苦くて塩辛くて使えない。砂漠の霊気が旅人に警告を与えているのだ。嫉妬かも知れない。

 駱駝たちに池から水を飲ませた。駱駝用の水箱にも補充した。

 あたりには向こう側が透けて見えるみすぼらしい草むらがところどころに生えていた。

 ここで一休みしてから、手分けして魔物の足跡を探した。

 ない。

 サイクロプスが気づいて城塞へ知らせを送った形跡はない。とりあえずは安心した。私たちが先行している。

 目の前にはめったに人の入らない砂漠が広がっていた。

 イスハパンが持ってきた薪と草で、火をおこし、お茶を飲んだ。寝るころには月も沈み、満天の星空だ。私たちを脅すように、きらめきもなくただ光っていた。


――――十一日目

 砂丘はなくなり、草も尽きた。

 ここはもう、口数の多い下手くそな吟遊詩人でも、二行しか語れない単調な世界だ。


 下には黄色い砂。

 上には青い空。

 そして、太陽と地平線。

 

 ……おっと三行か……

 砂漠の詩人としては、もう少しひねりを効かせないと。私は詩想を練った。


 砂色の砂に影色の影。

 旅人をあざ笑う青い空と駱駝を避ける白い雲。

 そして、たまらない太陽と近づかない地平線。

 間抜けが一匹、歩いていく。


 みんなが集まった夕食のとき、私が練り上げた詩を詠んでやると、僕女のレンミッキが嘲りの笑いを浮かべた。

 イスハパンの用意したランプが、ぼんやりと私たちを照らしていた。学者は、私に対抗して、夕食後に書いていた記録の一部を読み上げた。


 ……西に至りて眼前に寂漠じゃくばくたる景色あり。深き砂漠なり。黄褐色なる塵埃じんあいの波頭は万丈ばんじょうを埋め、果て無く広がり往く手をはばまんとす。樹木、草莽そうもう無く動く物絶えて無し。高くして行人こうにん酷熱こくねつ飢渇きかつに到らしめどもじゃくとして避けるあたわず。りょうとして蒼空そうくうには数片の白雲が浮かべど地平の彼方かなたにあれば引き寄せるすべなし。

 前途ぜんとの人跡は皆無かいむなり画然かくぜんたる印象一片も無くみな茫々(ぼうぼう)

 振り返りて我が駱駝の健勝けんしょうたるを確認す。

 行旅こうりょは砂漠にその痕跡を須臾しゅゆあいだとどめたれども、後途こうとの地平まで至るべき嫋嫋じょうじょうたる一線は虚空の陽炎ようえんに消え人の眼を持って補綴ほてつするをあたわず。

 駱駝はこれ砂漠の命にして旅人の歩脚なり。この閑寂たる砂漠に立ち入らんと欲する奇矯ききょうの旅人はの良たるを選別し最良たらんを心掛けるべし。

 きて後、日没また美しきかな寡黙かもくなる景観一時にして燃ゆ。然れども宵闇よいやみ速やかに訪れ、孤月こげつ陰影を移す。暗夜の星影また颯爽さっそうたり。

 暮れたる後はりょうとして夜半寒気強し。薪炭しんたん是無く僅少きんしょうなる夕餉ゆうげ欝寥うつりょうを呼び覚まさん。かつえまたはなはだしく……


 砂漠を知らない学者が、なに気取ってやがる。砂の上を良く見れば、虫もトカゲもいる。それに、夏はもっとひどいんだ。

 記録を読み終えたレンミッキは、分厚い日記帳を閉じて胸にかかえた。黄色いランプの光が柔らかい陰をつくっていた。砂漠の地理学者も夜は変わる。

 駱駝たちは離れた場所で膝を折ってすわり、砂の上で私たちを笑っていた。


――――十四日目

 ライデンが駱駝から落ちた。あまりの単調さに、駱駝の上で気づかないうちに眠ってしまう。駱駝の周りを歩いていた私が見つけた。怪我をしなかったのが幸いだった。

 おしゃべりでもしてれば良いのだが、話が途切れたときに却って砂漠の静寂に飲み込まれる。

 みな心の中で自分と語り合っていた。

 砂漠の広大さと寂しさは、人の心を押し縮め、肌の下から出られないようにする。思いは、家にも行かず海にも行かない。体の中を響き渡り、絶えることなしにむなしく木魂した。

 みんな寡黙になった。

 午後から砂の間に石が混じるようになってきた。

 その夜、満月の下で眠った。


――――十六日目……らしい

 イスハパンが日付を間違えた。単調な風景と野営がつづくので、日付をナイフで板に刻む記録がごっちゃになってしまった。

 レンミッキの記録にも、十三日が二日あった。

 でも、午後には、旅の中間点、赤黒白の大地の東側に着いた。

 ここは赤と黒と白の玉砂利が混じって、動かない川のように目の前に横たわっていた。赤黒い石の帯と砂の筋が北から南に幅広く入り乱れていた。歩くには厄介な土地だが、ここを東から西へ横切っていかなければならない。

 レンミッキを呼んだ。

「ここから先に行くと、引き返せない。まだ間に合うが、どうする?」

「行く」

 手短で迷いのない声が返ってきた。少し見直した。この旅の秘密を話してやった。

「帰りは移動の魔法を使う。君も魔法使いを守ってくれ」

 一休みしてから、イスハパンと私で減ってきた駱駝の荷物をまとめた。水運びの役目が終わった十五頭を自由にしてやる。一列に並べてから、命令した。

「駱駝諸君、ちゃんとビブリオの街に帰れよ。商人たちがうるさいからな」

 そして、魔法使いに頼んだ。

「通訳してくれ」

「えっ?」

 魔法使いは、迷っていたが、右手で東の方を指して

「あっち。みんな元気でね」

 と駱駝に話しかけ、手を振った。それだけで、頑固な駱駝たちもおとなしく、言いつけに従って東に帰りだした。

 見ていたレンミッキが顔色を変えた。魔法使いのまえに立った。ならんで立つと、二人は姉妹のようにも見える。

「君、すごい魔法を知っているな」

「いいえ……ただ、なんとなく」

 ライデンはさりげなく否定した。

 駱駝たちは、列を作って地平線のむこうを目指して遠ざかっていった。湧き上がる蜃気楼のなかに消えていく。

 ああ、そうか……私には、わかった……放したのは全部、雄の駱駝だった。

 男を魅了するライデン一族の血脈、まことに恐るべし。

 魔物との古い契約では、ここから西は魔物の領分になる。人も魔物もどちらも守っていない約束だが。


――――十八日目……だと思う

 赤黒白の大地を渡って、白っぽい砂漠に入った。

 日が傾いてきたとき、早めに足を止めて、野営の準備にかかった。

 砂の上にすわって、三人に教えてやった。

「この辺はな……」

 白っぽい砂をかき回した。あった。今回はツイていた。あるところにはあるのだが、ないところには、まったくない。……あたりまえか

「これだ」

 砂の中から朝顔の種くらいの金の粒を拾いあげて、三人に見せてやる。

 イスハパンとライデンも砂を掘り返しはじめた。でも、すぐに飽きた。遊びでやるなら、おもしろいのだが、たくさん集めようとすると仕事になる。たとえ金でも、砂漠の上を這いずり回るのは、あまり楽しい作業ではない。レンミッキは熱心で、かなり遠くまで一人で行った。

 それでも、みんなで集まって見せ合うと、それぞれ手の平のくぼみが隠れるくらいは集まった。一番大きいのは、ライデンのものだった。小指の先ほどもある。

 日暮れには、お茶もないわびしい夕食をとった。

 ランプを囲んで寝る前のひと時を過ごした。

「でも……」

 ライデンが口を切った。そのとなりには大男のイスハパンが座っていた。

「赤黒白の大地って、ふしぎですね。石が空から降ったみたいに、たくさん」

 どうやら、祖母と母から冒険の話を聞いて、想像していたらしい。イスハパンが隣で、黙ったまま、何度もうなづいていた。この男も祖父から聞いていたのか。

 レンミッキは膝をかかえていた。そのまま顔を伏せて言った。

「あれは川の流れた跡だ」

「へーー。砂漠の真ん中に川ねえ……」

 ライデンの母と来たときも、そんなことを言っていた。そのとき、私は笑い飛ばしてやったが、学者先生もかよ。

「あの石の色は、ビブリオ川の支流との関係があるかもしれない」

 レンミッキは、そのまま

「ビブリオ川の源は、まだ分かっていない。支流は下から、白エボラ、赤エボラ、黒エボラ……」

「学者先生は口がうまいな」

 私は笑ってから、感心してやった

「赤エボラ川は、水が赤くないのに赤エボラです」

 意外なことにライデンが、地理学者に付いた。今夜の魔法使いは、母親のしゃべり方にそっくりだ。まるで、乗り移られたようだ。

「そりゃ……、あそこはアカガエルがたくさん取れるからだ」

「砂金は川で取れます。母が言っていました」

「鉱物学の常識だ」

 ライデンの声に、僕女が味方した。なんか形勢が悪い。女たち二人が一気に攻めてきた。 私は科学に弱い勇者なのだ。

「そして、山師の常識だろ」

 嫌味を言ってやった。

「君の母上は、物知りで優等生で堅物だからな。私も屁理屈でやり込められたことがある。あれはひとつの才能だな。誰かに似て、ちょっと偏っているけど」

 ライデンがにっこり笑った。イスハパンは黙ったまま、また何度もうなづいていた。

 地理学者は顔を上げて、私をじっと見た。その深く黒い瞳は、やはりトビネズミを思い出させる。

 私はゆっくりと三人を見渡した。

「さあ、寝よう。明日からもっと厳しくなる」


――――十九日目……かもしれない。

 再び小さな砂丘が現れた。みんな唇は乾いて、顎の線が鋭くなってきた。


――――二十日目……だろうな

 人の背丈の二倍ほどの岩の塔の間を、縫って進んだ。やっかいな岩塔の盆地だ。下には岩くずが貯まっていた。駱駝の足を傷付けやすい。一頭が動かなくなった。しかたない。荷物を移して、この場に残していく。

 残された駱駝は、悲しそうな目をしていた。生きて帰ってくれ。

 岩の迷路をたどっていくと、突然、行き止まりになっていたりする。迂回して、通過するのだが、わき道にそれたりして方向の維持が難しい。

 イスハパンも駱駝をまとめるのに苦労していた。

 日没で確かめると、少し北に偏ったようだ。

 夜は岩陰で眠る。

 周りを囲われていると、やはり安心できる。久しぶりにみんなゆっくりと寝た。


――――二十一日目……だったかな

 岩塔の盆地の真ん中あたりで、腰までの深さの溝に出会った。浅いのだが切り立っていて通れない。戦士と駱駝を降りて、周りをさぐった。一ヶ所、崩れている場所を見つけた。ここを越えるとき、駱駝の一頭が岩角に水袋を当てて破いてしまった。

 ついていない。駱駝への水の割り当てを減らした。


――――二十三日目……おそらく

 岩塔の盆地を抜けて、岩の狭間を通り抜けると静寂の砂漠に入った。正確には、岩漠と土漠だ。平らな岩盤の上にうっすらと、土がのっている。ところどころ明るい茶色の岩の床がむき出しになっている。

 風も吹かないし、砂漠の砂がこすれる音もしない。耳が痛くなるような静けさが満ちていた。

 私もレンミッキの記録をまねしたくなった。

 おそらく

 ……年月に掘削くっさくされし奇岩きがん林立りんりつして天空を指しの奇観また得がたし。あたかも行路をはばむ迷路のごとし。さらに旅程を伸延せば一層静寂たる世界に至る。岩床がんしょう上に土在りて足音無くまた風も無し。眼前がんぜん茫々《ぼうぼう》無音むおん寂々(じゃくじゃく)旅人恐々(きょうきょう)しかれど避ける不能あたわず。余人を知らず駱駝上に在りて沈思ちんし黙考もっこうせば夢想むそうたちまち無我に至りて魂魄こんぱく酔酩すいめい彷徨ほうこう三昧ざんまいを覚ず……

 こんな感じか、少し慣れてきたぞ。でも癖になりそう。そして、どうせあいつには詩人の心がない。

 夜は岩の上で毛布にくるまった。服が土で汚れるのは、楽しくない。純白の帽子は、駱駝に背負わせた。土がつくと汚れが目立つから。

 私は埃っぽく見栄っ張りな勇者なのだ。


――――二十五日目……かな

 役目を終えた駱駝十五頭を放す。

 次からは、静寂の砂漠の名前を変えよう。ライデンとレンミッキが仲良くなって、しゃべっていた。砂漠の静寂を脅かす女たちの噂話……うらやましいような、腹の立つような気になった。


――――二十七日目……のはず

 静寂の砂漠を抜けた。抜けた。抜けた……

 周りの景色は、砂と岩の大地になった。

 やっぱり、今回の旅はついている。

 砂漠の一部が低くなっているので、行ってみると、いかにもありそうだった。駱駝から降りて手探りで熱い砂の中を確かめていった。手ごたえあり。

 駱駝に止まれ、を命令した他の三人も寄ってきた。

「見ろよ、砂漠の薔薇だ」

 砂から取り出して、息を吹きつけてきれいにした。砂漠の霊気が固まって、まるで石でできた花のようになっていた。これは砂漠のお土産として人気が高い。

 私のまねをして、みんなで探した。私が二個、ライデンは小さいのを一個、イスハパンは三個で、レンミッキはなし。

 口うるさい地理学者は砂漠の霊にも見捨てられやがったぜ。大笑いしてやった。

 イスハパンが最後にみつけた薔薇は、大きさが子供の握り拳くらいで、色はとても珍しい青。花弁の数も多いし、めったに見られない美品だった。ライデンのは親指の爪くらいの大きさで色は白、花弁は細かく、これもなかなかの物を拾ってきた。あとは茶色の平凡な薔薇だった。

 私の見つけた分は、ライデンとレンミッキに一個ずつあげた。

 私が駱駝にもどろうとしたときには、背後の戦士が魔法使いに声をかけたのが聞こえた。戦士が思いきりどもっている。

「こ、これ、あああ、あげ、あげるる」

「でも」

「お、俺、きょ、きょう、興味ないからから」

「そう? でも戦士が見つけたんでしょ」

「……やる」

 夕食のまえ、ライデンはイスハパンの見つけた砂漠の青い薔薇を、大事そうに布に包んで、見ていた。

 がんばったじゃないか。


――――二十八日目……もうどうでもいいや 

 岩が尽きて、砂だけになった。

 日暮れ。

 地平線に変化があった。夕日の左下にぽつりと黒い点が見えた。旅の目的地、魔物の棲家で魔王のいる場所、城塞が姿を現した。夕日の沈むところ世界の果てに魔界が見えた。

 四人とも駱駝を降りた。今晩はここで野営する。

「魔法使い、地理学者」

 二人を呼んだ。

「あの岩山のてっぺんに、見張り番長という魔物がいる。侵入者を見つけるためにな。地平線の鳥を見分ける奴だ。顔の半分が目玉になっている魔物と聞いた」

 魔法使いは真剣なまなざしで城塞を見た。

「こっちを見ている。投げキッスしてやれ。ま、軽い挨拶だ」

 ライデンは顔のベールをとると、唇に両手を当てた。城塞に向けて三度の投げキッス。

「学者も」

 城塞に向けて三度の投げキッス。

 その間に、戦士を手招きした。

「戦士も」

 イスハパンは魔法使いの横に立って、二度。

 ライデンとレンミッキに見とれていた見張り番長め、ざまーみろ。今夜はイスハパンの唇でうなされろ。

 私はレンミッキの袖を引いて離れた場所に連れて行った。

「城塞では魔物との戦いが待っている。君に無理強いはできない。どうする?」

 地理学者は下げていた剣を手で叩いた。

「物好きだな」

「学者として、これほど楽しい旅はなかった。本に書かせてもらうよ。ありがとう」

「……! ……砂金のことは黙っていろ」

 奴は下から私を見て、曖昧な返事をした。

「ほのめかす程度に留めておく。約束する」

 私は学者の袖を引いて戦士と魔法使いから、さらに離れた。誰にも聞かれたくない。

「君は、ダロヮから魔王への使者だろ?」

 地理学者は黙ったまま、否定しない。うすく笑った。袖を握っていた私の手を払うと、自分の駱駝へ歩いていった。

 ふりかえると、魔法使いと戦士が、赤い夕日の中に黒いひまわりとたんぽぽみたいに立っていた。

 ふたり並んで、赤い光が消えるまで城塞を見ていた。


――――二十九日目……だよな

 夜明けとともに起きて、口からあふれるほど水を飲んだ。久しぶりに満足した。私とイスハパンはついでに髭を剃った。

 魔法使いと地理学者は、湿らせた布で顔と手足をぬぐった。

 ここから必要なものは、騎乗用の駱駝と三日分の食料と水。ランプとたいまつ三本。そして、それぞれの身の回り品。

 最後の突撃に欠かせないものだけだ。

 余った少ない水は、すべて駱駝たちに飲ませた。荷物を整理して、積み替える。

「元気でね」

 水を運び終えていらなくなった駱駝たちは、魔法使いの言葉にうなづいたが、帰らない。黒い目で私たちを見て立ち尽くす。置いていくことにした。

 イスハパンから、小さな皮袋をもらって砂漠の砂を詰め込んだ。

「何だ、それ?」

「用心袋さ」

 地理学者に教えてやる。

 準備を確かめたあと、服装を整えた。

「行こう」

 三人に言って出発した。

 見張り番長に見られている。駱駝たちも彼方から見ていた。

 ゆっくりと西の城塞をめざした。私たちが来たことは、すでに魔王も知っているだろう。

 日没後、短い眠りをとって、星明りを頼りに進んだ。


――――三十日目……砂漠の旅が終わる日

 城塞から出発しているだろう迎撃隊をかわすため、進む方向を南に変えた。余計な戦闘はさけたい。どうせ城塞の入り口で魔物が待っているのだから。

 午後からは南東に進む。逆光の中に黒くなった城塞の壁面が右手に見える。駱駝を早足にした。大きく南から回りこんで、城塞に迫る。

 日没とともに駱駝を急速歩にして、速度をあげた。イスハパンも駱駝に乗った。人の足では追いつけない。

 駆けつづけていると、戦士の大きな体を乗せた駱駝は、遅れぎみになった。イスハパンを先頭に立たせた。四頭の駱駝が、イスハパン、ライデン、レンミッキ、私を乗せて、乾いた星空の下を一列になってひた走る。いずれも足がはやい。良い駱駝だ。

 でも、ひでー揺れだ。

「ダワイ」

 まえから、駱駝を励ます戦士の声がかすかに聞こえた。私は駱駝に鞭をくれて、走り続ける先頭に駆け寄った。彼方に浮かぶ赤い星を示して進路を北東に変える。あとは城塞の裏口まで真っ直ぐだ。

 夜半、走りつづけた人も駱駝も疲れが濃くなった。見張りを立てて、一眠りした。

 見張りの順は、ライデンとレンミッキ、イスハパンと私にした。まず、ライデン組が見張りに立った。二人は南と北に分かれる。

 イスハパンと二人になると、小声で語りかけてきた。砂漠の静けさも、明日への不安を鎮められないようだ。

「じ、祖父さん、すごく反省してました。ゆ、勇者様に迷惑をかけたって……」

「気にするな」

 戦士は砂の上に横になって、夜空を見たまま言った。巨体が黒く固まっていた。

「それで、親父は俺のこと、いろいろ、き、鍛えてくれました。俺は絶対、逃げません」

「いや、逃げても良い。一言、言ってくれればな。君たちは命が一つしかないし、私は……どうにでもなる」

「そうですか?」

 イスハパンは、強い口調で返事をした。

「そうさ。もう帰る手段はライデンの移動の魔法しかない」

「お、俺たちは……魔法使いと学者さんだけでも……」

「そうするよ」

 戦士は力強くうなづいた。

 私は眠れないままに、横になって星の動きを見ていた。交代のときが来た。私は暗い星明りを頼りに歩いていき、膝を折っている駱駝とライデンの傍に立った。

 聞いてみる。

「君は、母上とうまく行っていないのか?」

「えっ?」

 少しのあいだ考えてから

「わたしの魔法の腕、どうですか?」

「中の上、でも才能はある」

 思ったままを答えた。

「……お婆さまみたいな魔法使いになりたいのに、母は薬草とか錬金術とか地理とか歴史とか……あと行儀作法とか、つまらないことばかり」

「好きなようにしな。でも、これからの時代は、薬草とか勉強しておいて損はない。ビブリオでの使い方は見事だった。そっちの方の才能が強いかもな。……ところで、踊りはどうだ?」

「母よりは上手だと思います」

 暗くて、ライデンの表情は分からない。交代を告げると、魔法使いは寝場所にもどった。

 すわって耳を澄ました。暗闇では、魔物のほうが目が効く。足音だけが頼りだ。でも、駱駝の息遣いがうるさい。

 眠さをこらえて闇のなかで見張りをつづけた。星空は動き、ぼんやりと二つ並んだ白い星くずの塊が地平線の上に見えた。

 頭の上で、星がひとつ流れた。

 時は来た。

「集まれ」

 小声でみんなに声をかけた。夜明けまでの隊形を説明する。私と戦士が先行して、魔法使いと地理学者は後ろから来る。暗闇のなかでひときわ濃い影の仲間を見渡した。

「乗れ」

 駱駝を早足にして進む。予定通り、夜明けとともに城塞に着くだろう。

 城塞は星空のなかに、台形の黒々とした影になって、私たちのまえに立ちはだかっていた。


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