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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
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ライデンの(小さくなった)夜香蘭と千日紅の魔法ブティックよん

   ライデンの(小さくなった)夜香蘭と千日紅の魔法ブティックよん



 街から魔物を追い出した。奴らは浜辺で遊んでいた。どうやら海は初めてらしい。浅瀬に入って、飽きずに水のかけっこをしていた。スライムは砂の上でねっとりして、隊長のサイクロプスは膝をかかえ、しょぼくれていた。

 街には市長と槍を持った五、六十人の若者が来た。手紙の返信だ。

 私は助言した。城門の守りを固めて、魔物たちには、命令だといって外から城壁の修理をさせておけば良い。ときどき、魚料理でたぶらかせと。そして、一つ目に思い出させないため、アル王からとは決して言わないように口止めした。

 あとはまかせた。

 三人でビブリオの西門から出て、ライデンの家に向かった。半日の行程だ。昼前についた。

 魔法使いの家はビブリオ川の支流、白エボラ川のほとりだった。このあたりまで来ると、猫柳の木が茂り、糸杉の街路樹に小鳥の飛び交う姿も見られる。丘陵地にまばらに立っている田舎風の邸宅では、猫でも飼っているのだろう。ときどき茶色の縞猫が垣根の下から、伸びた草をかき分けて私たちを見上げていた。

 着いた場所はライデンの祖母の別宅ではないか。見た目はちょっと痛んで傾いた普通の家だが、夾竹桃の生垣には

 『ライデンの(小さくなった)夜香蘭と千日紅の魔法ブティックよん』と書かれた横長の木の札が掛けられていた。真新しい看板は百日草の花で飾られていた。

 ライデンの祖母と母も、軒から下がっているダチュラの大きな花の陰から入り口まで、迎えに来てくれた。

 魔法を自分のために使っているのだろうか、二人とも相変わらず若い。性格そのままに、祖母は黒い服、母は白い服を着ていた。

「ようこそ、勇者、復活おめでとう」

「ようこそ、戦士。娘を守ってくれましたね。すばらしいわ」

「やあ、ひさしぶり」

 ライデンの祖母と母に久方の挨拶をした。

 家の中で冷たく冷やしたお茶で、一休みした。

 孫娘のとなりにすわったイスハパンは背中に鉄棒でも入っているかのように緊張していた。たしかに奴がちょっとでも動くと、椅子は壊れそうに軋んだ。

 ライデンの母に月の動きを予想してもらった。

 部屋の奥から持ってきた分厚い書物の頁を繰りながら、母は算木を使って計算してくれた。

 次の新月は三十三日後とわかった。

「では、従者よ。三十五日分の食料と水、野営用具と駱駝を準備して、三日後に戻ってきてくれ」

「かしこまりました」

 戦士にして従者、イスハパンとは、ここでいったん別れた。奴は親父の仮小屋にいって、冒険の手はずを整えてくるだろう。ライデンの祖母に、もう一杯のお茶をお願いしてから、私は驚いて見せた。

「あっ!」

「どうしました」

「イスハパンに言い忘れた。伝えてくる、すぐもどるから」

 そう言い残して、駱駝に飛びのって追いかけた。分かれ道の先で、口笛をふきながら駱駝を引いて歩いているイスハパンに追いついた。

「おい、戦士。もどってくるときは、白い花束を忘れるな」

「えっ? ……ぼ、冒険に必要でしたっけ?」

「君のための装備だ」

 イスハパンは目をぱちくりさせた。

「ライデンの孫娘の誕生日を忘れたのか?」

「で、でも」

 奴の日焼けした顔がさらに黒くなった。面の皮を一皮むけば赤くなっているのだろう。

「なあ、魔法使いに手を出さないつもりか? あれは競争率がめちゃくちゃ高いぞ。今のうちに立候補しておかないで、どうする。細身で長身でさわやかで口がうまくて、髪がさらりとした長髪で思わず蹴飛ばしたくなるような男に口説かれたら、いちころだぞ。そうなったら、おまえは一生、後悔する。夜も昼も寝ている間も夢の中で自分を責める。なぜあの時、思いきって言わなかったのだ、と。今しかない。白い一輪の野の花でも良い。持っていってやれ」

「で、でも、お、お、お、俺みたいなのとじゃ、じゃ……ふ、ふ、不釣合い……」

 私は駱駝のうえで両手を腰にあてて、胸を張った。

「戦士よ。男の価値は勇気で決まるのだ」

 言い残して、ライデンの家にもどった。


 その日の夕食は豪華だった。

 うなぎの燻製を前菜にして、赤エボラ川のカエル骨髄スープ、川鱒と旬の薬草付け合わせ、めったに手に入らない食用チューリップの甘い球根サラダ、締めくくりは、子羊の腿肉あぶり焼きビブリオ風と続いた。うまい。ライデンの母親が、借りてきた馬を飛ばして市場から食材を買い集め、祖母、母、娘の三人がかりで作ったようだ。ライデン一族の料理の腕は一流と呼ぶのにふさわしい。孫娘がこまめに皿を運んできた。

 デザートは生の石榴が出た。しかも一人に一個ついた。こんな辺鄙な場所で、占いと魔法ブティックの小間物を扱っていて、決して儲かるとは思えないのだが、どうしてこんな贅沢ができるの? と思った。

 まあ金に関しては、女は見た目よりしっかりしているから……

 テーブルの燭台に灯をともして、食後の濃いお茶を飲みながら、四人で語り合った。

 私は、愛しいライデンの祖母に尋ねた。

「街の外に魔物を置いたままでは、まずい。すぐ城塞に出かけて、新しい元締めの魔王を〆てくる。そこでだ、規定の年齢に達して、移動の技が使える活きの良い魔法使いを紹介してもらえないか?」

 正面にすわっていたライデンの祖母が、少し眉をひそめて言った。

「財宝も奪ってくるのでしょう? うちの子では駄目? 移動の秘儀も教えてあるし……」

「だって、まだ十六だろ」

「あら、いやだ。最近の子は発育が早わよ、無理に十八にこだわらなくても」

 そうだっ!

 私は興奮して、両手の握りこぶしでテーブルを叩いた。はずみで燭台が踊って踊って踊って、倒れそうになったとき、立ち上がった母が手で押さえた。

 相変わらず美しい気品をたたえているライデンがそう言うのだ。私を魔王の『命の泉』へ後一歩のところまで導いてくれた、あの空前にして、おそらく絶後の美しい魔法使いが断言したのだ。間違いはない。なぜ、私は年齢にこだわっていたのだ?

 移動の魔法さえ使えれば、それで用は足りる。帰り道が確保できれば良い。

「どうだね、孫娘君。来るか?」

 尋ねると、こっくりとうなづいた。迷いはない。

 彼女は薄い茶色の普段着に着替えていた。清楚な中にも、そこはかとない美しさを匂わせていた。

 その決意にあふれた横顔は、私と冒険にでかけた、あのときの祖母にそっくりだ。潔く、気高い。がめつく財宝の分け前を要求しなければ、祖母だって、もっと高貴になれていたのに残念だ。

 いざ、出かけむっ! でも、そのまえに

「預かってもらっていた短剣なのだが、いつのまにか安っぽくなっていた。魔法の効き目が切れたようだ。もう一度、強力なのやってもらえないか」

 魔物は体のどこかに『命の泉』を隠している。それを絶てば消滅する。『命の泉』を残しておくと、何度でも復活した。魔法の短剣だけが、魔物の命を絶つことができる。

 正面にすわっていた祖母が、孫娘に目をむけた。若い魔法使いは立ち上がった。

 いま、その実力が見られる。

 魔法使いは、左手の薬指を伸ばして、空中に大きな何かの記号を描いた。そのまま、口の中で呪文を唱えながら、今度は白いテーブルクロスの上に、指先で七芒星を二重に描いた。魔法をかけるための結界ができた。

「ここへ」

 若い魔法使いは静かに告げた。

 私も立ち上がり、帯から短剣をはずして、見えない結界の中心にそっと置いた。

 孫娘は指先で剣の位置をわずかにずらしてから、両手を上げると祈りはじめた。

「短剣よ。地獄で暴れて叱られて、死神に名を呼ばれず、暦にも見捨てられた勇者を守れ。魔物たちの命の泉を枯れさせる短剣よ。ふたたび、よみがえれ。私が精霊に捧げる言葉とともに」

 そして、詠唱にとりかかった。

「……山のかなたの空遠く、光り輝く鉄の精、来たりませってば、我が家に。絶対来てね、今すぐに。遠い道のり越えてきて、願いをかなえてくれたなら、いついつまでも、いつまでも、鉄を鍛えるものたちに、命じてくれよう、やさしくと。ウーツの鋼は美しく、光り輝くそなたにも、心あるなら伝えてよ、ためらうことなき切れ味の、ためらい傷は痛いけど、刃に付きたる赤い錆、それは苦いかしょっぱいか……」

 そのとき、母親が指を鳴らした。

 孫娘の集中力がとぎれたようだ。

「ああ、だめ……失敗……お母様ったら」

 若い魔法使いは恨めしそうな目をむけた。

「ふふ、まだまだね」

 美しい母は椅子の上で半身をひねり、小ばかにしたように娘を見た。

「詠唱のなかで、光り輝く鉄と言って、そのあとすぐ、光り輝くそなた、になっています。長たらしい反復で修飾しているけど、それは、かえって良くないの。いつも教えているでしょう。もっと論理的に魔法を組み立てなさい」

 母親は、娘をすわらせてから、ゆっくり立ち上がると、左手の中指を伸ばして、空中に大きく複雑な記号を三度、描いた。そのまま口の中で呪文を唱えて精霊を呼び寄せた。

「勇者、鞘から剣を抜き、ここへ」

 今度は白いテーブルクロスの一点を示した。言われたとおりに置いた。彼女は剣の向きを変えてから、指先でまわりに、十三の花弁を持った花丸を描いていった。魔法をかけるための結界ができた。

 母親は、抜き身の短剣の上に両手をかざした。手のひらを上へ下へ、指先は柔らかく動かしている。まるで、剣に触らずに動かすつもりのようだ。

 いや、動いた! 

 魔法使いの指先から蜘蛛の糸よりも透明な霊気が伸びて、冷たい鋼鉄を震える針のようにかすかに動かした。

 ……ような気がする。

 長い集中の後、魔法使いの母親は、手の動きを止めた。つぎに、短剣に顔を近づけて、呪文をささやいた。

「短剣ちゃん、もっと切れるようにならないと、お仕置きしちゃうぞー」

 うおおおおおおっ! 

 熟達した魔法使いのすばらしい技に、短剣は細かく身震いしたかと思うと、鈍かった刃が燭台の明かりを受けて、急に凄みのある冷気を放ちはじめ、虚空の暗闇から姿を現し、人の行いを無にする魔物たちの尽きない命の泉を断ち切る、その役目にふさわしく星の欠片を全身にまとったようにきらめくと、剣の根元から鋭い切っ先にまで輝きの脈動がつづいていき、やがて最後のうねりとともに光の一滴が剣先からこぼれ落ちた。

 ……そんなふうに見えた。

 一つの魔法をやり遂げた母親は、満足げな笑みを浮かべ、私に向き直った。

「勇者よ、朝日とともに出かけて黒エボラ川の河原へ行き、適当な石を一日かけて探しなさい。日没のとき、左足か右足に当たる石があったなら、それは砥石として使えるかも知れません。熱心に探せばきっと見つかります。それで月の夜に短剣を研ぎなさい。完璧に仕上げれば、よりいっそう鋭くなります」

「ありがとうございます」

 私は貴重な助言に篤く礼を述べた。

 ……でも……黒エボラ川は遠い上流にある支流だぜ。今回は間に合わない。それより、もっと大事なことがある。ある意味、贅沢な要求だから私は出来るだけ、ていねいに頼んだ。

「あと、まことに失礼なお願いだと思うのですが、あの、剣の鞘と、それに、握りのここ……」

 鞘にもどした短剣。付いている宝石を三人の魔法使いに示した。

「本当は金剛石と赤と青の鋼玉なのに、ガラス玉みたいに偽物っぽくなってて、これも、その……もとの本物っぽい輝きにできませんでしょうか?」

 魔法使いの母と祖母は、困ったように互いの顔を見交わしていた。どうやら、かなり難しい魔法を要求してしまったらしい。あわてて、付け加えた。

「無理でしたら遠慮しておきます」

「では、わたくしが」

 テーブルの正面にいた魔法使いの祖母が、魔法使いらしく音もなく、ゆらりと魔法使いの如く立ち上がった。魔法使いっぽい神秘的な黒い服を着て、魔法使いみたいな赤く細かい襟飾りがついていた。そのまま、魔法使いのゆったりした足取りで歩いてくる。そして、いかにも魔法使いのように私のそばに立つと、

 しずかに魔法の声で

「あなたの短剣を握りなさい」

 言われたとおりにした。

 我が愛しきライデンは、腰をかがめると私の顔に唇を寄せた。熱い吐息で、ふっと耳の穴をくすぐってから、耳元に触れるくらいの近くで、物憂げに呪文をつぶやいた。

「本物よ」

 そうだっ!

 私の心は一瞬で晴れ上がった――もしかしたら、預けていた私の高価な短剣を、二人が金のために売りはらい、安物と交換したのではないかという卑劣な考えを、かすかにでも抱いていた自分を恥じた――

 幼馴染で、不世出の美少女にして、唯一無二にして、比べるもののない孤高の魔法使いライデンが断言したのだ。他人にはガラス玉みたいに見えても、私の目はごまかせない。

 これは本物の宝石にちがいない。

 なぜなら熟達した魔法使いが言い切ってくれたからだ。我が愛しのライデンの言葉は、ただの石ころも、光り輝く宝石に変える。

 私は心の底から納得して、磨きぬかれた技に賞賛を贈った。


 その夜、私は久しぶりに柔らかい寝台で寝た。

 毛布をあごまで引き上げながら考えた。まったく、ライデンの一族は若くて可愛い。魔法は精神に力を与え、歳をとらないのだろうか? それにしては結婚した夫たちは不運が続いている。

それでも、女だけで三人の暮らしは楽しそうだ。

そんなことを考えていたら眠気が襲ってきた。清潔なシーツと毛布にはさまれて、私は復活してから初めて、不安なしに眠りを貪った。夜中過ぎに誰かが来て、護符といっしょにまじないをかけてくれたようだが、よく覚えていない。

 

 イスハパンが帰ってくるまで、そのまま食って寝て、作戦を考えた。課題は三つある。

 

 一つ、砂漠の奥深く、魔物の棲家、城塞へたどり着く。

 二つ、城塞の魔王を倒して、財宝をいただく。

 三つ、財宝を持ってもどってくる。


 問題は水だ。駱駝の背に載せた水が尽きるまえに、三つを片付けなければならない。

 一つめ、長く困難な旅だが、砂嵐が起きなければ予定通りいけるはずだ。ただし、中間点の赤黒白の大地を越えたら、引き返すことはできない。水が尽きる。

 二つめ、新しい魔王の弱点がわからない。ここはやはり、古い魔王を助け出して、新しい魔王を倒させてから、古い魔王を私の短剣で〆る。古い魔王の弱点は、最初の冒険で、ライデンの祖母が探り出していた。魔王の三本の髪の毛だ。

 一つめと二つめがうまく行ったら、あとはライデンの孫娘君の腕を信じる。ふつうは十八になって、魔力がたまるのを待たないと移動の技は使えないのだが、ライデンの祖母が保証してくれた。

 移動の魔法は、魔法使いが生涯に一度だけ使える大技だ。孫娘君はきっとやってくれるだろう。

 信じるだけ、信じよう。ライデンの祖母が確かに言ってくれたのだ。信じれば、信じられる。ライデンが言ったのだから、信じるられるときは信じたいと、信じなければならないと、私は信じている。なぜなら、かけがえのない愛しきライデンの言葉だからだ。


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