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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
3/13

ふるさとの街

   ふるさとの街



 朝早く、東のオアシスを出発した。斜めからの太陽に、ナツメヤシの木が長い影を引いていた。

 のんびり行っても陽が高いうちにビブリオの街に着くだろう。

 駱駝の上で揺られながら、途中でイスハパン、我が従者に聞いた。従者は歩いて駱駝を引いていた。それでも目線の高さはあまり変わらない。

「なんで、歳のいかない魔法使いが、来てるのだ?」

「えっ、それは……」

 口ごもる大男を、しつこく誘導してやると、吐き出した。つまり、

 ――ビブリオの街は魔物に脅迫された。傭兵隊に引き上げられた街の人は、魔物を恐れて街を明け渡した。そこへ隣国カロイドのアル王が条件をつけて、市長に街を取りもどすことを提案してきた。

 その条件とは、魔法使いとして有名なライデン家の孫――私の後ろを駱駝で追ってきている娘――を差し出すこと。これが、普通の結婚ならお祝いだが、第十四夫人では、ライデン家の誇りが許さない。丁重にお断りしたが、今でも街の人たちは、結婚と街の奪回を望んでいる――

 市長はライデン一族をかばってくれたが、板ばさみになって困りはてたライデンの祖母と母は、残っている魔力を振り絞り砂漠のなかに捨てられた私の位置を探りあてて、戦士と孫に復活させた、と言うわけだ。

 これは謀略だ。直感した。もう、絵は描かれている。そいつを裏から破らないと。

 先に行け、と言い残して、駱駝の歩みを遅くする。ライデン家の孫娘が追いつくのを待った。

 来た。

 駱駝を並べて歩ませる。うすい緑の布で髪を覆っていた若い魔法使いに声をかける。

「君、魔法は使えるのか?」

「はい、少しなら」

「少しではわからない」

 口調を強くして、冷たく突き放してやった。

「……癒しと回復、障壁の魔法、でも、ときどき失敗します。攻撃魔法は苦手です。あと、薬草のことでしたら母から」

「薬草を知っているのか。とても良い。これから役に立つ。期待しているぞ」

 悪くない。

 冷たくしても拗ねないで、きちんと自分の実力を答えたのは良い兆候だ。そして、あの母から薬草の知識を授かっているなら、期待できる。

 途中の林の木陰で昼飯を食った。そのあと、ゆっくりお茶を飲みながら作戦を立てた。が、情報がない。戦士が説明してくれた。

 街を出て、郊外に移り住んだ人たちが、何度か偵察隊を出したが、城壁の門を固めた魔物に食い止められて、中の様子が分からない。

 腕を組んで考えた。

 それでは、こんなのはどうだ? 郊外の一軒家を借りて街を探る。その後、海側から小船で暗い夜に乗りこんで魔物たちを一匹ずつ……だめだ。戦士と魔法使いの経験値が足りない。

 いろいろな手を頭の中で試していたら、悪魔っ子が生き返って追いついてきた。干しイチジクを一個、見せびらかしながら質問する。

「悪魔っ子よ、街の魔物どもの隊長は?」

 奴は空中で首をひねりながら不機嫌になる。昨夜、ちょっと強くやりすぎたかも知れない。手のひらで干しイチジクを転がす。こらえきれなくなったようだ。

「サイクロプスの一つ目野郎ね。力はあるけど、おつむは足りない」

「奴の弱点は?」

「知らーーないね」

「魔物の狙いは?」

 答えがないので、イチジクの実を大きいのととりかえて、手の上にのせた。

 不倫の槍で、魔法使いを示した。

 私の直感は大当たり。

 ライデンの孫娘は驚いたように悪魔っ子を見つめていた。

 悪魔っ子に干しイチジクを投げてやる。空中で受け止めると、重みで少し落ちてから、そのまま、どこかに飛んで消えた。

 敷物の上に座っていた戦士に聞いた。

「イスハパンよ、君は武器をもっていないようだな。剣士とか凶暴戦士には、なれないのか?」

「あっ、お、お、俺はこれです」

 拳を突きだした。

「なるほど、期待しているぞ」

 二人を順に見る。私は魔法使いを指差した。

「これからビブリオを奪回する。君は、魔法使いであることを絶対に話してはいけない。治療師だ。薬草は使えるな」

 魔法使いはうなづいた。

「戦士。君はしゃべるな。腕を組んで立っているだけで良い」

 戦士はうなづいた。

「そして、もし何かまずい事が起きたら、私にかまわず、魔法使いを連れて海へ逃げろ。街の裏道は知っているだろう。路地から路地を通って、魔物をふりきって波止場へ出ろ。船で逃げるんだ」

 戦士は唾を飲み込むと、さっそく腕組みした。

 椀のお茶を一息で飲みこんで、出発。

 しばらく進むと、戦士が寄ってきた。

「ゆ、勇者様……」

「なんだ」

 イスハパンは後ろを振りかえった。

「魔法使い様……十六になるまでに返事をしないと……あと七日しかありません。親父さんがいれば断れたのに」

 こいつ、妙に詳しい。ということはそういうことか。

「私たちは仲間だ。様はやめろ。魔法使いもだ。私も勇者だ。三人で協力しないとな、心配するな。あっというまに片がつく」

 駱駝に揺られながら、考えた。

 自由都市ビブリオに雇われて、街を守るはずの傭兵隊が裏切って引き上げたのはおかしい。これは買収された、と見るべきだ。誰に? 隣国カロイドのアル王しかいない。奴の狙いは豊かな自由都市ビブリオ。魔物たちに街を奪わせて、その後から取引で撤退させる。取引の材料は、結婚に見せかけて手に入れた魔法使い……アル王は街を奪い、魔物は魔法使いを生贄にする。

 と、なれば解決しなければならないことは


 一つ、我々は街の中に入る。

 二つ、隊長のサイクロプスをだまして、味方につける。

 三つ、魔物を街から追い出す。

 四つ、魔法使いは渡さない。


 作戦を練りながら、予定どおり午後遅くビブリオの街に着いた。勇者の帽子と短剣を箱にもどして戦士にもたせた。荷物の中にあった手ごろな布で頭を覆った。

 三人で南の門に立った。

 さっそく警備のゴブリンが集まってきた。門番のゴブリンは持っていた槍を交差させて、通せんぼした。

 六人というか、六ゴブリン、集まった。取り囲まれた。みんな粗末な服を着て、長槍を持っていた。

「ここは、人間の来るところじゃねえ」

「この、デカぶつ、食いでがありそうよ」

「こっちの女は柔らかそうだぜ」

 と、わざとらしく話していたが、私を見て

「こいつは肉が渋そうだ。灰汁が強くて煮ても焼いても食えない。おまえから血祭りに上げるか」

 私は揉み手して、愛想笑いを浮かべた。

 必要なら、私は卑屈にもなれる勇者なのだ。

「わたくしたちは、こちらの治療師様とお付の者です。隊長のサイクロプス様の目が赤く腫れたとの事でカロイド国よりお伺いいたしました」

「……そんな話、聞いてねぇ……」

 のど元に槍を突きつけられた。私は両手を上げた。

「おおお、これはこれは。カロイドからの急使で隊長のサイクロプス様の元へ行けといわれましたが……別に帰ってもいいんですけど、手荒に扱ったりしたら上の者から怒られるでしょうなあ。口から溶岩を流し込まれたり、串刺しにされて一年ほど硫黄の炎で焼かれたり、ああ、最近の流行だと、壜の中に臭いスズランと一緒に閉じ込める、てのもありましたっけ……いや、苦しむのは貴方ですから、私はかまいませんけどね。ただ、一刻を争うような事態でして。なにしろ隊長様は一つ目ですから、さぞ、お困りかと思いまして」

 ゴブリンは躊躇った。

 騒ぎを聞きつけたのか、七人目のゴブリンが顔を見せた。他の奴らより体格がよい。

 明らかに嫌そうな表情になった。足音を忍ばせて、離れようとする。

「ちょっとそこのゴブリン様」

 私は手を上げて呼びかけた。

「揉め事がいやなら通して下さいな。三人ぐらい入ってもサイクロプス様は怒りませんよ。なにしろ強いお方ですから」

 門番のゴブリンたちは通してくれた。

 久しぶりに街へ入ると静まり返っていた。大通りには人影がない。三人で進んでいくと、にぎやかだった南市場に巨人のジャーンが手持ち無沙汰に二人たっていた。意外と警備はうすい。でもジャーンはこちらに気づいたらしい。まずい。路地に入って、小さな店の入り口から裏口に抜けた。

 このあたりは、子供のころ、よく市場の屋台から西瓜の切れ端をかっぱらって逃げた場所だ。裏道ならまかせろ。

 狭い路地を伝って、ジャーンを撒いてから街を二つに分けるビブリオ川の橋に出た。

 さすがに四ゴブリンが橋の入り口で、がんばっていた。

 いったん路地の影に引き返して、戦士のもっていた箱から帽子と短剣を出した。身につける。三人で橋に近づいていく。

 また、槍で通せんぼ。

「カロイド国よりの急使だ。隊長のサイクロプス殿の元へ」

 私は頭をふって、帽子の毛をなびかせた。迷っているゴブリンどもを怒鳴りつけた。

「ええーいっ! 控えおろう! この帽子と短剣が目に入らぬか!」

 それから魔物の責任論を、もう一度しゃべくってやると、通してくれた。

「して、サイクロプス殿はいずこに?」

「し、市長室に……」

 答えたゴブリンを鼻で笑ってやった。近くじゃないか。

 橋を渡る。なつかしい。私の書いた落書きが、欄干に残っていた。何を書いたかは秘密だ。

 貿易商組合の高くて大きな建物を横目に見て通りすぎる。

 橋の近くの市庁舎の入り口、雄鶏の紋章が掲げられている下で同じ事を繰り返すと、街の守備隊長、サイクロプスの部屋の前に案内された。三階の市長室だ。ドアのまえにはオークの衛兵が両側に腕組みをして立っている。

 ここはかっこ良く、ドアを蹴破って入る。

 どがん!

 びくともしない。反動をつけて、もう一度。だめだ。樫の木でできたドアは頑丈だ。復活したばかりで、蹴る力が足りないのか?

 戦士に体当たりさせようかと思っていたら、魔法使いが

「あの、勇者、これは手前に引くドアでは?」

 なるほど、良くみると、そのとおりだ。笑って開けた。

 勝手に変えるな! 二人のまえでよけいな恥をかいたじゃないか!

 中には、サイクロプスが愛想笑いを浮かべていた。おそらく愛想笑いだろう、揉み手もしていたから。

 かわいそうな一つ目野郎。頭の真ん中に毛を残して、少し充血した目で私たちを見た。

「お待ちしておりました」

 間延びした声で、挨拶した。奴の示した長椅子、落とし穴や天井に仕掛けがないか、良く確かめてから腰を下ろした。うん、砂の上よりずっとましな座り心地だ。サイクロプスは正面の椅子に陣取った。

 帽子は脱いだ。勇者でも礼儀は守らないといけない。

 従者と魔法使いは、長椅子の後ろに立たせておく。 

 一つ目の魔物と話す。まず、ほめてやった。

「良い街だ」

「は、はい? ありがとうございます……あの、アル王からの御使者と……」

「城壁を高くすると、もっと守りが堅くなる」

 サイクロプスは疑わしそうに、上目づかいになった。

「……はい……」

「下水溝のドブさらいをすると、もっときれいな街になる」

 奴は無言で、何度もうなづいていた。

「ついでに港も広げて、新しい埠頭を作る。外国の船がもっと立ち寄るようになって、この街も貿易で栄える。自由都市としての名が上がる。そうだろう?」

 語尾を下げて、無理やり同意を求めてやった。

「は、はい、おっしゃるとおりで……それが……何か?」

「うん。明日から始めてくれ」

 サイクロプスは押し黙った。しばらくすると、一つ目を瞬きしてから、意味が分かったのか、やっとのように

「……それは……」

 奴の言葉をさえぎる。

「サイクロプス君、これは上からの命令だ。すなわち魔王からの命令でもある。君も今、同意しただろう? ぐだぐた言うようなら。私から魔王に進言して、君を魔法をかけた鎖で縛りあげ、錘をつけて溶岩の中に沈めようかなーーー? と思いはじめている。で、話は変わるが、まず街の清掃から手がけるのはどうだ? 簡単にできるだろ。どうする?」

 こんどは語尾を上げて、無理やり同意を求めてやった。

「は、その……いえ、しかし……私が命令された、ましたのは、ま、ま、街の守備で……新しい魔王様から、そのようなことは聞いていません」

 新しい魔王? 

 しまった、初耳だ。魔王はイブリーズじゃないのか……

 逃げるべきか?

 いや。

 ここは、押しの一手だ。

「この街の守りが堅くなって、きれいになれば、兵士の士気も上がる。街が栄えれば、軍資金も豊富になる。それなら新しい魔王も喜ぶだろう。なぜできないっ! 守備隊長がそんな消極的でどうするっ!」

「で、ですから……立場がありまして……あの、私にも……」

 サイクロプスは口ごもった。

「君にできないなら、私が手伝ってやる。外の衛兵を呼んで、責任者を集めたまえ。私がやってあげよう」


 その日の夕方から、サイクロプスを人質にして街の清掃を指示した。

 翌日から、三人と一匹で街の見回りをはじめた。サイクロプスの耳元で囁いて、下水溝の掃除を命令したのに怠けているスライムは蹴っ飛ばさせ、裏通りでほうきを持って油を売っているゴブリンは、槍で尻をつついてやる。手持ちぶさたにしているジンの悪霊にはゴミ拾いを命令させる。

 魔物どもが汚した跡を徹底的に水とブラシで洗わせた。

 見回りのついでに人気のない薬種問屋から、薬草を補充した。

 傷ついたり、病気の魔物はその場で従者に捕まえさせた。おとなしくさせてから、魔法使いが薬草を使って、ていねいに治療していく。傷には膏薬を貼って、腹下しには薬草を与えた。必要ならば、ゴブリンの疣だらけの額に手を当てて熱をはかり、薬草を調合していった。見た目は祖母に似ているが、性格は母親似らしい。

 治療が終わった魔物たちは照れながら礼をして、仕事にもどっていった。

 すぐに魔物たちの間で噂になった。治療師ライデンの笑顔を見たくて、仮病を使う魔物まで現れた。そういう奴は、戦士イスハパンが耳をつかんで追い払った。

 ときどき、引きつった笑いを浮かべている魔物がいた。私たちを知っている奴だ。耳元でささやいてやる。

「上の方ではいろいろあるのだ。つまらない事は見なかった振りをしろ。いい子にしてたら、治療師に会わせてやる」

 雑魚の魔物は魔法使いの魅力で取り込んでいき、サイクロプスは孤立した。

 街は、母なる流れビブリオ川で南北二つに分かれている。二日で南半分、三日で北半分がきれいになった。

 清掃が終わった。

 このころになると、門番も甘くなったようだ。昔の住人が一人、二人と様子を覗いにくるようになった。そいつらの一人を捕まえて、市長への手紙を託した。

 次の手を出す。

 サイクロプスを市長の椅子に座らせて、その後ろにイスハパンを立たせた。

 私は魔物の正面に立ち、机に手をついて話し合う。私の両側にはライデンの薬草に魅入られたオークを従えている。

「やあ、これから城壁を高くして、港を広げるには、人間の手を借りなければならん。そこで相談なのだが……諸君は、いったん街の外へ出てもらえないか? ひとつの街で、人間と魔物がいっしょに暮らして、揉め事が起こると面倒だからな。それに無駄に兵を失えば、君もつらいだろう。私も面子がたたない。最良の手段だと思うが……当然、君も同意してもらえるな」

 魔物の隊長は、驚いて立ち上がろうとした。戦士が後ろから肩を押さえて、座らせた。怪力のサイクロプスを押さえ込んだ。イスハパンのでかい図体は伊達ではなかった。

 サイクロプスは背中を丸めた。ぶつぶつと口の中で文句を言っている。

 まあ、さすがにここまでやれば、やり過ぎというのは、どんな鈍感な奴でもわかるだろう。でも、ここで、一つ目野郎が本気になるとまずい。慰めてやった。

「心配するな。街はいままでどおり君のものだ。そのことに揺るぎはない。ただ、諸君は少し離れた場所、街の外に移るだけだ。何も変わらない」

 サイクロプスは、震えはじめた。魔王を恐れている。安心させてやった。

「新しい魔王が文句を言ってきたら、私がとりなしてやる」

「ほ、本当に?」

 あきらめた一つ目は、すがるように顔を上げた。守備隊長になったことを後悔しているだろう。新しい希望を与えてやらないと。

「もちろん、君には意外と見所がある。部下を掌握する能力には私も舌を巻き上げさせてもらった。これからも隊長として長く働いてもらう。だから……」

 私は、いったん区切った。あとは一気に

「新しい魔王はどんな奴か、詳しく聞かせてもらいたいな。なに、ただ参考にするだけだ。君から聞いたとは、口が裂けてもいわないからさ。もう、俺たち友達だろう? いっしょに街の清掃という困難な仕事をやりとげた親友だよな。いっしょに働かないか。褒美は金貨でざっくざく。食って飲んで唄って踊って夜明かししてぶっ倒れるまで、楽しくやろうぜ。どうだ魚料理は好きか? なに? 首を横に振ったりして、まだ食っていない? じゃ俺が奢ってやる。採れたての活きの良い奴にオリーブ油をつけてじっくり焼いた奴だ。ああ、そうだ魚の目玉はまた格別の味だな。君にぴったりだ。目に良いからな。カロイド風の味付けがいいだろ。もう見ただけで、口の中に唾が湧いてくるって、なにしろ君は友達だからな、特別扱いだ。料理の皿をもってくるのは可愛い女の子だ、君の好みはどうだ、白い肌、褐色、緑も異国っぽくて良さそうだな……髪はどんな色で長さは? 肩まで、腰まで? さあ、さあ、気楽に話を聞かせてくれ」

 サイクロプスは重い口でしゃべりはじめた。

 新しい魔王は、科学技術に凝っているという。新奇な道具を見せられた魔物たちも支持しているようだ。前の魔王は魔物たちの支持を失い、城塞のどこかに閉じ込められている。サイクロプスにしつこく聞いても、いることは確かだか、どこにいるかはわからない、と言う。

 ちなみに奴の好みは、赤い瞳に青い髪、桃色の肌で耳のとがっている大人の女ということだ。そしてパッチリした目が寝不足で赤くなっていると萌えるというが……さて、どうしよう。


 幸いなことに悪魔っ子は、サイクロプスに知恵をつけたりする邪魔はしなかった。何を考えている? と、思っていたら、アル王からの本物の使者が来た。

 まずい。ばれるぜ。

 サイクロプスを市長室から追い出して、戦士と魔法使いの耳を集めた。

 とりあえず、会ってみよう。

 いざとなったら、使者は窓から放り投げることを戦士に言い含めた。市長室は三階だから、落ちてもすり傷ですむ……それ以上は落ちた男の運だ。

 イスハパンは力強く胸を叩いて答えてくれた。ここ数日で自信をつけたようだ。

 私は市長の椅子に座って使者を迎えた。

 入ってきたのは、小柄な奴だった。頭巾をかぶったまま、あいさつもしないで、一通の封書を懐から取り出した。机の上に置くと、そのまま後ずさって行った。封書には宛名がない。人には知られたくない密書だ。

 と、いうことは、こいつも偽の使者……

 開いた。

 使者と見比べながら、読み進めた。つぎに魔法使いに渡して読ませた。魔法使いは戦士にも読ませた。

 魔法使いに目で合図して確かめた。

 ライデンは返事を耳元でささやいてくれた。その甘い息。祖母を思い出すぜっ!

 どうやら内容は確からしい。

 隣国カロイドの内情は複雑だ。正式に即位したのはデル王なのに、その弟アルが軍隊の実権を握って、王位を横取りした。アルは軽装騎兵と弓兵の使い方に長けていた。

 そして、デル王は幽閉されて、その側近たちは姫君を連れてビブリオに亡命した。王位復活を狙っているのが、姫君と老軍師のダロヮになる。

 目の前にいるのはダロヮからの使者だ。

 読み終わった私と目が会うと、頭巾をはずした。

 着古した服を目立たなく着ていた。小柄で腰には細身の剣を下げている。その剣に余計な飾りはなく、短くて反りが強いのは、すばやく抜くためだ。おそらく、鞘から抜きざまに一瞬で、下から切り上げるのを得意技にしている。

 黒い髪は短く切りそろえていた。小さな金縁のめがねを鼻に乗せていた。まるで少女のようだが、とても気障だ。姫君の好みなのだろう。

「どうやって入ってきた?」

「君と同じ方法で」

「さすがは軍師の息子だな」

 気軽に答えたのに、使者は剣の柄を握り締めた。

 おっと、危ない。でも奴との間には、市長の大きい机がある。腰を沈めていないし、いきなり斬られることはない……えっ? 

 手紙には血のつながるものと書いてあったが、こいつ、女? ダロヮの娘か。

 よく見れば、妙に肩はうすいし、首は頼りなく細い。肌の下は筋肉ではなく、つるりとして透き通る白い肉だ。でも、瞳は濃い褐色。切れ長の目の中で落ち着いている。細くてしっかりしたあごは、意志の強さの現われだ。跳躍への準備を整えて、うずくまった砂漠のトビネズミ。そんなふうにも見えた。

 これは、申し訳ないことをした。謝ろうかなと思っていら、その気を読まれた。

「どうだ。アルを滅ぼすために手を組もう。とりあえず、街の守備に弓兵と長槍兵を十名ずつ加勢できる」

 使者は、一歩近寄った。私は鼻で笑ってやった。

「ごめんだ。自分の街は自分で守る。お引き取り願おう。……ああ、帰り道は危険だ。ジャーンの護衛でもお付けいたしましょうか?」

 使者はかなり傷ついたように見えた。身を翻すと帰った。

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