勇者の誇り
勇者の誇り
と、いうわけで
私は勇者だ。
本人が言うのだから、間違いない。胸を張って言える。
では、なぜこんな場所で干からびているのかって?
それは、あいつとあいつと悪魔っ子とちょっとしたヘマとちっぽけな自尊心と無慈悲に水分を吸い取る砂漠のせいだ。
見栄を張ったことを、ちょっとばかり後悔している。
砂漠はあいかわらず、陽射しが強い。干からびるまえに、あたりの様子を見た感じでは、東部砂漠の浅いところだ。地平線に草とか砂丘が見える。遠くには木もあるようだ。魔物たちは、そんなに遠くまでは動いていないはず。意表をついて前回と同じ東のオアシスの近くで木と草の少ない場所を選んだか? あの魔王ならやるかもな。蜃気楼が沸き立ったとき地平線の向こうに、オアシスが見えたような気もした。
まあ、いい。イスハパンかライデンか地理学者か、その子かその孫かその曾孫が見つけてくれるだろう。雨が降っても良いんだし……
もう、干からびてしまったから動けない。砂漠はいつもどおり晴れている。
退屈だ。
さて、店の名前でも考えて気を紛らわそう。どのようなときでも、詩人の心を失ってはいけない。冒険の師匠が言っていた。本人はへたくそだったけど。
そもそも、ライデンとイスハパンの店は、二人でうまくやっていけるのか、気になる。
私が新しい店の名前を考えてやろう。まともなお祝いができなかったから、また復活したときに贈ってあげれば良い。きっと、喜ばれるだろう。
酒場と魔法の小間物屋がいっしょになった店……どんな名前にしようか?
ライデンの伝来の店
椅子は半、分の店……意味がわからん
椅子は汎ライデンの店……同じく
意外と難しいな。発想を変えて、かわいく行ってみるか。
らいでん酒場
ヒマワリとタンポポの愉快なお店なの
小さなライデンと怪力イスハパンの複合式の新しいお店でね、砂漠の青い薔薇とかいろいろ面白い掘り出し物もあるからってば男の子も女の子も気楽に来てね食堂
……長すぎる。ボツ。
だいたい、酒場と魔法の小間物屋は、取り合わせがまずい。酒場は男のためにあって、魔法と魔法小物は女の子のためのものである。……いや、そうでもないか……唄って踊って酒好きな女もいるし、こだわりちゃらちゃらペンダントを胸に下げた男もいる。商売で悩むときもあるしな。
いっそ、戦士の食堂兼酒場を、荒くれ者が腹を満たして、一杯の酒に癒しを求める場所から、大人な雰囲気の社交場に変える、ってのはどうだ。
昼は、女の子が気軽に入っておしゃべりできるように、お茶と甘いものを取り揃えておく。奥には、恋の魔法処方箋とかわいい小物の店がある。
夜には、紫と黄色と赤のランプできらきらにして、妖しい中にも高級店の雰囲気をかもし出す。これなら、夜も昼もお客を呼べるだろう。大繁盛するのはまちがいない。
とすれば、店の名は……気分を変えて、レンミッキ風にいってみるか。
魔法酒場新伝来亭
酒場甘味合体式魔法処方兼お食事所
冒険添加します砂漠に一滴甘味処
いいな。ビブリオ中に流行ったりして。でも、学者先生に似て、ちょっと堅すぎるか。
まだ、詩人のひらめきが冴えてこないようだ。このまえは、長めの名が多かったから、もっと、単純で、こう……魔物の心も撃ち抜くように決めないと……
少し妖しい雰囲気にして、来た人をその気にさせないとな。
まじめな人も夜はため息砂漠の蜜蜂亭
ライデンの夜なら変身しちゃうよ甘味処
心の砂漠を癒して夜の妖しいひととき本舗
うん、甘味処がいいな。砂漠も響きが良い。乾いた風と砂。ぎらつく太陽と砂丘。夜には満天の星。茫々たる塵埃の波頭を照らす青い月の光は、胸の奥で眠りについていた人恋しさを呼び覚ますだろう。
砂漠はいつでも人の心をかきたて、冒険に走らせる。となると……
砂漠の夜は変わる甘味処
砂漠の地理学者も夜は気だるく亭
魔法で涙も乾いて砂漠茶屋
いまいちひねりが足りないか?
まあいい。時間はたっぷりある。
ああ、それと言い忘れたことがあった。
愚痴になるけど聞いてくれ。
悪魔っ子の持っている槍は、不倫の槍といって、厄介なものだ。まず、女の体のどこかを刺して、それから男の同じ場所を刺す。するとその二人は道ならぬ恋に走ってしまうという仕掛けだ。
死神が自分の成績を上げるために、悪魔っ子を人間界に遣わしたのだが、奴はへたくそだったらしい。不倫をめざしている女と男を相手にしても、刺す場所を間違えたり、しくじりばかり仕出かすので、仕事を取り上げられ、代わりに私の見張り役を命じられた、と聞いた。
ふだんは木になっているイチジクの実を盗み食いしている。なわばり争いで蜂と喧嘩して、刺された顔を腫らしていたこともあった。
もし、日暮れ時、君が果樹園を歩いていて、熟れたイチジクに黒いコウモリが頭を下にして止まっているのを見つけたら注意してくれ。悪魔っ子かも知れないから……
そのコウモリが右手に細い不倫の槍を持っていたら――――そして、君が急いでいなくて、少しばかり立ち止まる時間があったなら――――石でも投げておいてくれるとありがたい。
槍の穂先が夕日を受けて、きらりと光るからわかるはずだ。
当たることを祈っている。
おわり