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砂漠の夜は変わる甘味処  作者: ハヤセ
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カカドウ川の戦い

   カカドウ川の戦い



 翌日、イスハパンを護衛につけて、ライデンを家まで送らせた。できれば、祖母と母もビブリオに呼んでくるように伝言を持たせた。

 私はレンミッキを連れて、市庁舎に乗りこんだ。レンミッキの父ダロヮが軍師として来ていると聞いたからだ。

 勇者が来たと伝えると、市長室に通された。

 家具も椅子も部屋から廊下に放り出されて、中では市長と長老たちが床にすわったまま、あーでもない、こーでもないと言い合っていた。入っていくと、ひとり、白いあごひげの男が顔を引きつらせた。

 鋭い目と厳しい眉が鋭角の、学者のような風貌を作っていた。長老たちを押しのけて、よろめくように私に近づいてきた。体は小さい。

 レンミッキと私の間で目を動かしていたが、腰の剣をはずすと、私に両手で渡してくれた。剣は短く、反りは強かった。余計な飾りは一切ない。

「ウーツの鋼で作られた剣だ。受けとってくれ」

 その言葉を聞いて、私は長老たちの前にも拘わらず、剣を抜いた。

 おおぉ……

 部屋のなかにどよめきが起きた。剣には刃紋はなく、幼女の髪の毛と呼ばれる微細な縞模様が全体に走っている。錆びず、折れず、すばらしい切れ味と噂されていた伝説の剣だ。

 買ったら、いくらするだろう? 胸がどきどきした。これを売りに出せば、絶対に家三軒より高いぜ……

 レンミッキがダロヮに抱きついた。ダロヮは娘の頭を撫でた。

 市長と長老たちをまえにして、私は撃って出ることを進言した。部屋は騒然となった。

 カロイドの兵力は一万二千、ビブリオはダロヮの手勢と浪人衆を集めても三千に満たない。特に傭兵隊を失ったいまは、弓兵で千対五十、圧倒的に不利だった。長老たちは当然のように反対した。

 追い出されそうになったとき、ダロヮが立ち上がり、私を支持してくれた。

「諸君は何のために戦うのか。勝つためだ。城壁を守るだけでは勝てない。諸君は城壁の泥と石に命を懸けるのかね? 戦争は兵力ではない。勇気の量で決まるのだ」

 黄色い帯をしめた男が私を見た。市長だ。目も口も小さい。頭は半分禿げ上がって、風采の上がらない、頼りなさそうな男だった。迷っていたようだったが、私と目が会うと賛成してくれた。そして、いったん決めると粘り強く皆の説得にまわった。

 半日かけて、議論はまとまった。

 市長と長老二人、軍師ダロヮと私に作戦は一任された。


 まず、カロイドの軍に第一の使者を送った。

 ――ごめんなさい。ごめんなさい。ビブリオは反省してます。もうカロイドの皆様には逆らいません、いままで、ごめんね――

 手短に言えば、こんな書状を送った。降伏の条件はまったく書いていない。

 次に、第二の使者、志願した長老と私で行った。もちろん、悪運のドラゴンを貢物として連れて行った。鰐には、いろいろと言い含めておいた。

「なんかおもしろそう、期待してるわ」

「アルは悪運の強い奴だ。きっと君を歓迎してくれるよ」

 カロイドのアル王の本陣は、国境の大河カカドウ川を超えて、ビブリオの領域に置かれていた。川の両岸は緩やかな起伏の丘陵がつづいている。短い草の生えた丘に、いくつもの幕舎が張られて、上半分が白、下半分が紫のアルの旗が風を受けてゆれていた。ビブリオを包囲して攻城戦をやるために、補給路を確保するには絶好の陣取りだった。

 私たちは使者として丁重に扱われ、アル王のもとに伺候した。

「貴国カロイド、ますますご清栄の段、祝着至極にござりますれば万感到りまする」

「ふむ」

 長老のご機嫌伺いに、アル王は満足げに応えた。

 野戦用の幕舎の中は涼しく、瀟洒な敷物と簡素な香炉や杯が置かれていた。

 幕僚と将軍たちを従えたアルはなかなか良い男だった。細いが切れ長の目と薄い唇、鼻筋が通っていた。ただ、肌の下には疲れが浮いているようだった。そして、目じりには謀略のかほりが……そして肩だけを覆う鎖帷子の軽装だった。

「ビブリオの城壁を守護する秘密の鰐を献上いたしますれば、此度の戦さ、お控え下さいますよう、伏してお願い申し上げます」

 長老の言葉にしたがって、私は檻に入れた赤い鰐、悪運のドラゴンを運び込んだ。鰐の貢物にカロイドの奴らは戸惑っていたようだ。

 私は檻をあけて、鰐を自由にしてやった。悪運のドラゴンは立ち上がって

「かわいがってね! お友達になりましょう」

 その場にいた皆が驚嘆の声を上げた。

 再び、鰐はささやく。

「アルカロイド、好き」

 アルが手を叩いて喜んだ。追従の拍手が巻き起こった。鰐も手をふっていた。

「良いものをもらった。礼を言うぞ。……それで、条件は?」

「はっ?」

 長老は気づかないふりをした。アルは目を細めてにらんだ。

「降伏の条件だ。賠償金として黄金百タラント。以後税金として交易金の二割。市長は余が任命する。そう伝えろ」

「か、かしこまりまして……お、おてやわらかに」

 黄金百タラントって、人間百人と同じ重さの金かよ。ふっかけてきたなと思った。払い終わるまで二十年はかかりそうだ。

 私たちは恐れ入ったふりをして引き下がった。

 まもなく、カロイド軍に下痢と麻痺の奇病が流行りだした。

 カロイドの指揮官たちは兵に井戸を掘りなおさせて、カカドウ川の貝と魚を取ることを禁止した。兵糧を補っていた獲物を失ったカロイド軍の兵士の士気が落ちた。

 いっぽうで、アル王の提示した降伏の条件は、ビブリオの住民たちの眉をひそめさせた。とても受け入れられない。開戦で街の意見は固まった。

 次に、時間稼ぎに第三の使者を送った。長老の一人が志願した。

 ――わかったわ。でも、もっと優しくして。お願い――

 上品に長々と書かれていたが、無駄なことばかりで意味のあることは、それしか読めないようにしておく。

 カロイドの軍に倦怠の空気があらわれはじめた。ビブリオは降伏するとの噂が広り、兵の集結の速度がにぶった。

 そのすきに、ビブリオの町内ごとに参加人員の名簿を作り、武器をわりあて、十人長、百人長を選び、軍を編成した。戦傷と戦死したときの補償金の規定も作った。気が遠くなるほどの書類の山を、私たちは処理していった。


 ビブリオとカロイドを分けるカカドウ川には、下流から下、中、上の三つの舟橋が架かっていた。アルは軍を三つに分けて渡河させていた。ビブリオから見て、左翼に軽装騎兵、海岸近くのしっかりした道のある右翼には攻城兵器を多く、その間に本陣のある中軍と配置していた。ここは歩兵と弓兵が多い。

 ビブリオの城内では、二千五百の槍兵、三百五十の駱駝襲撃隊、五十の弓兵が秘密のうちに出発の準備を整えるため、忙殺されていた。

 夜襲は月が十二夜のときに決まった。

 ここで、第四の使者を送った。一番年寄りの長老がひき受けてくれた。危険な役目だった。

 軍師ダロヮが、カロイドの右翼の陣取っている親友だった将軍に手紙を書いた。その男は軽装騎兵を率いる右翼の指揮官だった。

 長老はこの手紙を、あて先を間違えたふりをして、アルのもとに届ける。

 ――やあ友よ。苦労しているな。束縛を逃れてビブリオに来た。奇しくも君とは敵味方に分かれた。ましてや君は武人である。もれなく配備された兵力は無事か? 例年ならば、そろそろ暑くなる季節だね。あなたとも決着をつけることになるかも知れない。留守にしている領地に心配はないか? をっと口が過ぎてしまったか。やっと我々の約束の時は来た。礼を忘れぬ武人として君の無事を祈るから。云々――

 内容は自然のものだった。でも、疑いの心を持つものは疑う。

 準備は整った。


 編成されたビブリオ軍は、街の外に集まった。戦えるものは皆、志願した。

 見送りの老人たちは自慢の声を響かせて歌い、持ち寄った楽器の弦を弾き、激しく太鼓を叩いて笛を吹いた。毛糸の帽子をかぶった子供たちが、それにあわせて戦勝を願い、列を作り、とびはねて踊った。

 女たちは両手に花と料理を盛ってきた。

 あちこちの人だかりで歓声と涙、そして別れと祈りが交わされていた。

 レンミッキも来た。白いゆったりとした女の服を着ていた。髪を布で覆い、後ろに長く垂らしていた。僕女のくせに、やたらと大人びて見えた。めがねをかけていなかったら、見間違えたかもしれない。

 ライデン一家は……三人とも店にこもって、勝利の魔法をかけているようだ。姿は見えなかった。準備に忙殺されて、まだ会っていなかった私はある意味、ほっとした。我が愛しきライデンと顔を会わせていたら、きっと魔王との約束を破り、逃げ出していただろう。

 長槍を担いだ私に、駱駝を引いた戦士イスハパンが駆け寄ってきた。首に花輪をかけていた。思いきったように私に告げた。

「お、俺、これに勝ったら、ま、魔法使いに、こ、婚約を申しこみます」

 私は、戦士の胸を叩いた。この男もすぐ、ライデンの尻に敷かれるだろうけれど、

「がんばれよ」

 どこかから、悪魔っ子が降りて来た。ほんとうに、こいつは地獄耳だ。

「聞いたぞぉーー。戦士は結婚! 不倫! あたいの出番ね」

 奴は空中で槍を突くまねをした。

 私は腰をひねった。となりに立っていたレンミッキは、私が吊るしていたウーツの剣に手を伸ばすと、

 ひゅん!

 抜きざまに悪魔っ子を両断した。

 黒いコウモリの化け物は、上と下、二つに分かれて地面に落ちた。しまったっ! という表情が顔に貼りついていた。

「ああ、学者先生。やっぱりこの剣はやるよ。私には使いこなせない」

 私は剣の鞘を地理学者に返した。肩にかけていた鞄から、愛用の短剣を取り出して吊った。やはり、これが無いと勇者とはいえない。

 私はこだわりのある勇者なのだ。

「こいつは何者だ」

 切り捨てられた黒い悪魔っ子をつま先で押しながら、レンミッキが聞いた。

「だから、砂漠の蜃気楼。何をやっても生き返る」

「鰐に食わせる。半分ずつ、別々の鰐に」

「良い案かもしれない。でも、こいつはなぁ、以前、壷に入れて、蜜蝋で蓋をしたけど出てきたからね。まあ、期待しないでいるよ」

 別れ際、彼女は私の首に抱きついた。私の胸に涙がこぼれた。

 両手に悪魔っ子をぶら下げ、腰に剣をさして私を見送っていた地理学者のおかしな姿は、今でも思い出すことができる。


 ビブリオ軍の隊列は四日間の行軍のあと、カロイドの陣が見える場所に着いた。

 そのまま、日没の直前に攻撃を開始した。満月に少し欠けた月が、草原を照らして明るい。

 ビブリオ本隊、二千五百の槍兵が突進に移った。先鋒は私が指揮する四百の槍兵が先導する。中軍は市長が率いている。弓兵もここにいた。うすい脇備えと後備えは傭兵上がりの浪人が指揮している。早足で歩く隊列で夜目にも大きな土煙が上がった。

 カロイド軍の右翼騎兵隊と中軍の間隙を目指して動いた。

 夜の攻撃に、カロイド軍は混乱したようだ。

 中軍の陣形が動揺をはじめた。おそらく、ただちに出撃を唱えるもの、陣形を変えることを主張するもので、混乱して、命令が二転三転したらしい。

 私たちに向けて矢が飛んできたが、風に流されて、当たらなかった。

 ビブリオ本隊二千五百は、カロイド軍の間隙を突きぬけると中の舟橋のたもとで、攻城槌と投石器を襲った。守備していたカロイドの工作兵は戦わずに逃げた。

 反転して横隊を組んだ。弓兵は遠射をつづけた。少しずつ前進する。

 これに対抗するため、カロイドの軍は陣地を半回転させて、陣形の組みかえに動いた。

 そして、中軍の後方ががら空きになり、そこへダロヮの指揮する駱駝襲撃隊が、丘の影からアル王を目指して突撃に移る。

 恐怖と驚愕の声が夜の草原をわたって、こちらの耳にまで届いた。カロイドの陣形は一気に乱れた。

 連絡の不運と陣地取りの不運が重なって、アル王は駱駝襲撃隊に生け捕りにされた。両足を蠍に刺されて、馬にも乗れない状態になっていた。

 あっけなく捕まった。

 右翼の騎兵は連絡の不備だろうか、アルの猜疑心か、最後まで動かなかった。

 アル王の紫と白の旗が倒された。

 鰐も取りもどして戦闘は終わった。駱駝襲撃隊の先頭を務めたイスハパンと堅い握手をして勝利を祝う。

 カロイドは一夜かけて、混乱の中、隊列をくずして引いていった。上と下の舟橋を通って川の向こうに消えた。後には使われなかった攻城用の櫓や投石器が残っていた。

 アル王を失ったカロイドはまた分裂状態にもどるだろう。


 戦闘のあと、草の上で寝ていたら、頭を小突かれた。目を開ける。夜明けまであと少しのようだ。魔物の使者がつま先で蹴っていた。

 下から見て、すぐわかった。一つ目のサイクロプス。

 奴は帽子を深くかぶって、人間の服を着ていた。

「やあ、どぐされ勇者。日干しの約束だ。逃げるなよ。魔王様からの命令だ」

 じつに嬉しそうにしている。悪魔っ子から魔王イブリーズの約束を伝えられていたらしい。

 鰐をカカドウ川に逃がしてやる手紙を添えて、私は帽子と短剣を寝ていた場所に置いた。後片付けと保管はイスハパンがやってくれるだろう。

 それから、寝ているみんなを起さないように、魔物の隊長のあとについていった。

 離れた場所で私は用意されていた箱の中に入れられた。四匹の悪霊たちが声を合わせて担いで走った。

 東のオアシスの裏手に、街へ来ていた魔物たちが集まっていた。スライムを肩に載せた巨人のジャーンもいた。

 足跡を箒で消しながら砂漠に入っていく。水と食い物はもらったが、そこから先は、ふたをされて場所が分からなくなった。

 砂漠の真ん中でぐるぐるに縛られて、捨てられた。このまま順調にいけば四日で日干しになる。

 私を置いていくときのサイクロプスの楽しそうな顔。

 できれば、君にも見せてやりたかったぜ。



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