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昼の僕と夜の君

自分や身近な人を想像して読んでみてください。

「中田さーん、この書類お願いしたいんだけど、今週中にできる?」

「中田君、この仕事は君に任せようと思うんだができるだろう?」

「中田先輩!この仕事とちっちゃって、、、一緒についてきてもらってもいいですか?」


あぁ、何が楽しくて生きているのだろうか。










今までの人生は良かったとも言えないが、悪くはなかった。

一般的な家庭で幼少期、思春期を過ごして、それなりの大学にも入った。

就職活動も人並みにはして、第三希望の会社には入れた。


そこまで頑張ってきてこの仕打ちは違うだろ。と言いたくなるような環境が今である。


この会社に新卒から勤めて7年目。

社員数が少ないことと、上の人間が辞めることから僕は5年目から管理職を任されることになった。

給料もアップするし、同年代の中では比較的貰える方になるとのことで、特に不満を抱くことなく受け入れた。


そこからが僕の失敗だった。


日々上からと下からの圧力に押しつぶされそうになりながら、毎週末、部長からの断れない飲み会の誘い。

心も体も限界に近かった。


(もう7年もここにいるのか、、、転職も視野に入れなきゃだな)

(周りは結婚だの出産だの言っているが僕には遠い未来の話だ)

そんなことを思いながら毎日を過ごしている。




「中田君、今日もパーっといっちゃうかい?社会人は華金のために生きてるんだよ!」

今週も相も変わらず決まりセリフで部長からの飲み会の誘いだ。


社内では比較的お酒が強いからか、よく部長に誘われる。嫌いな人ではないし、尊敬もできるが毎週となるとやはり面倒くさいものがある。

普段は僕が22時まで仕事をしていても知らん顔して変える癖に金曜だけこれだから尚更腹が立つ。


「はい。あと30分もあれば終わるので、ぜひ行きましょう。」

断れない僕も悪い部分があるな。と思いつつ、返事をする。


「そんな30分で終わるくらいの仕事なら月曜日にやればいいんだよ!ほら、もうお店15分後に予約してるから!」

誰のせいでこんなタスクを抱えてるんだよ。ていうか予約は僕が行けるか確認してから取って欲しい。

部長からは見えない角度で右膝を、握り拳で叩く。


「あ、はい。分かりました。じゃあもう荷物片づけますね。」

不満を孕んだまま、コートを着てバッグを持った。









「中田君はさぁ、真面目すぎんのよ。それが良いところでもあるんだけどねぇ。派手さが無いというか、面白みがないというか、、」

「やっぱそうですよね!部長!やっぱ中田はそこが足りねえんだよ。」


僕の一つ上の先輩である河原さんも便乗して言ってくる。毎週の恒例だ。管理職になってからこの3人で毎週末飲むが、この話題から逃げられたことはない。


「そうですよね。与えられたタスクをこなすのに精一杯で、、」

「それじゃだめだって言ってんだろ!部長からもなんか言ってやってくださいよぉ。」

「最初はそれでも仕方ないが、中田。もう来年には30歳だろ?会社を担っていく責任とかを持ってくれよ。俺らは後輩が育ってくれるのが一番嬉しいんだから。」


分かってる。そんなこと。

ただ、金曜の夜以外は毎日22時退社。お前らは定時にきっちり帰る。僕の気持にも寄り添って欲しい。タスクを一緒に請け負ってくれよ。


そんなことを言える性格でもないので、適当な返事でごまかす。

もしかしたらこの瞬間こそが毎日の残業中よりも、1週間で一番憂鬱な時間かもしれない。





「よぉ~し。じゃあ女の子の店でも行くか」

この言葉を毎週金曜日の22時くらいに聞く。居酒屋を出てキャバクラに行くのだ。

初めてこの言葉を聞いたときは少し楽しみであったが、河原さんからすぐに


「部長をとにかく持ち上げろ。俺達が楽しむ場所じゃないぞ。くれぐれも間違えるなよ。」

と耳打ちされてから、なんて事のない飲み屋と一緒だ。


「最近な、昔からのお得意さんと行ったお店が良かったからな。近いしそこに行こうか。」

と部長が鼻息を荒げながら言った。


(普段行ってる店舗の女の子達は毎週この時間に行ってるから怒るだろうな、、)

と思いつつ、部長の絶対命令の下、部長おすすめのお店に行った。




「いらっしゃいませ~」

「あ!この前来てくれた博則さん!」


普段行く店舗ではキャストも「部長さ~ん」と呼ぶので初めて部長の下の名前を知ったが、少し古そうな内装の店舗だな。という印象だった。



金曜の22時過ぎにも関わらず、女の子も3人、席についた。

簡単な自己紹介が終わった。

店は変われど飲み方は変わらず、一番安いシャンパンを開け、いい気になっている部長、それを一番声を上げて盛り上げる河原さん、シャンパンのほとんどを半強制的に飲まされる僕、それを見て笑うキャバ嬢。


訴えたら勝てるのではないかと毎回思うが、僕にそんな勇気がある訳ない。


いつも通り、僕だけトイレでしんどさを押し殺しながら、席に戻っては、思ってもない

「今の僕がいるのはこの二人、特に部長のおかげなんです。」

と言うだけの時間になった。

もう慣れたし、回を増すごとに上手く演技できるようになった。そんな自分も嫌いだった。


「中田!やっぱ可愛い子の前では感情が出るんだよなぁ。社内でももっと部長と俺の事褒めろよぉ!」

と泥酔した河原が言う。




(あと30分もしたら終わるかな)

とそんな時間を耐えながら考えていると、水色のドレスを着た女の子が

「智也さん、大丈夫ですか?結構な量飲まされていたので心配になってて、、

 焼酎の水割りって嘘ついてお水注ぎますよ?」


と、僕にしか分からない、けど酔っぱらった僕には聞こえる声で言ってきた。

夜のお店で下の名前で呼ばれたことのなかった僕はそういえば自己紹介の時に下の名前を教えたな、と思いつつ、

「すみません、お願いします。」

と情けない声で返すと、新しく焼酎のボトルを持ってきて水と割ってくれた。


「このボトル、中身は水なので安心してください。よく頑張ってましたね。」

と、微笑みながらドリンクを作ってくれた。


ありがとうございます。と言えたか分からないくらいにそれを一気飲みし、それにすぐに水を注いでくれた。


運のいいことに部長と河原は、女の子を含めた4人で盛り上がっていて、潰れた僕に我関せずという雰囲気で、武勇伝を話していた。


「智也さんって普段から無理するタイプですよね?私があんな人達と来たら疲れちゃう。」

とそっと水色のドレスの子が言った。


(そんなこと言って聞かれたらどうするの?)

と思ったが、店中に響く声で叫んでいる部長と河原を見たら大丈夫か、と安心しつつ、


「そうなんです。毎週こんな感じで、、」

と初めて誰かに愚痴を漏らした。


ここ数年、僕は誰かに仕事の不満を言ったこと無かったなと思った。

親には心配させたくないし、数少ない友人は海外に行ったり、結婚して家庭があったりと仕事のことを気軽に話せなくなっていたことに改めて気が付いた。


「毎週、智也さんはものすごく頑張ってるんですね。お金だけを武器にしたおっさんなんかより智也さんみたいに辛いことを耐えている方、大好きです。」


と急に顔を赤らめながらその子は話した。


僕は、

(おいおい、おっさんなんて、、止めてくれよ。部長や河原さんに怒られるのは僕なんだよ、、)

と思ったが、全くこちら側に興味すら示さずにずっと武勇伝を話していた。


安堵しながら、まだ酔いは醒めないのでその子と話をしていた。


「でも、夜職の女の子ってああいうお金になるような人が大事なお客さんじゃないんですか?」

「私、変わってるって皆から言われるんですけど、このお店に将来の旦那さんを見つけに来てるんです。だから同年代の人と話したいんです。」

「でもあなたは僕よりもずっと若いですよね。僕はもう30歳になるのでもうちょっと若い人の方がいいと思いますよ。」

「そんなお世辞言わないでください。私ももう、28歳ですよ。あ、あと改めて私、美月って言います。智也さんが30歳なら同年代ですよ。彼女さんとかはいないんですか?」

「いたらこんなお店来てないですよ。」


(しまった、少し言い過ぎてしまった。)

と思ったが、

「なら安心しました。それなら連絡先交換しましょ?」


(まあ、どうせ営業だろ。)

と思いながら、連絡先を交換した。


「ありがとうございます!すぐに連絡させてもらいますね。」

と、その日一番の笑顔で美月さんは部長達の方へ行った。


(どうせ部長達の方へ行くのか、、)

と思いながら、僕は潰れて寝てしまった。




それから1時間後、部長は珍しく延長をしたらしく、退店と同時に起こされた。

「中田!店に迷惑かけるなよ。」

と河原が怒鳴ったが、潰れている僕は、謝らないと、とはなれなかったので、そのまま部長が払ってくれたタクシーで家に帰った。






翌朝、

河原さんから怒りの連絡が来ていた。

二日酔いで頭が割れそうなほど痛かったが、記憶は残るタイプなので、

(とんでもないことをしてしまった)

と自責にかられた。


直ぐに河原さんに謝罪の連絡と、部長にも感謝と謝罪の連絡を入れた。

気が気ではなかったが、部長からは何てことない、「楽しかったな」との連絡、河原さんからは「お前どうなっても知らねぇぞ。」と連絡がきた。


部長が気にしてなさそうだったので、安心してもう一度寝るか、と思うながら携帯を触っていると、


〈小林桃〉


という名前から連絡が来ていた。


(誰だ?この子は?)

と思って開けると昨日介抱をしてくれた美月さんだった。


連絡は源氏名でするもんじゃないのか、と思いながら雑に返信をした。また飲みに行きますね。みたいな無難なものだ。







月曜日、またいつも通り出社した。

河原さんには本当に大丈夫だったのか聞かれたが、その後ろをなんもなかったのように部長が通過しながら、

「おはよーさん。今週も頑張っていこう。」

と普段すぎる挨拶と、

「中田。この前はいつもに増して楽しかったなぁ。あと、あの、、確か水色のドレスの子。お世話になったんだから感謝しとけよー。」

「迷惑かけてすみません。また、連れてってください。」

となんてことない会話で終わった。ひやひやしていたのは、河原さんだけだったようだ。




すると、河原さんが、

「中田って水色のドレスの子と連絡先交換したのか?あの子、部長とも俺とも適当な言い訳付けて交換しなかったぞ?」

と目をまん丸にして言ってきた。


(そうだったのか)

と特に気にも留めず、

「多分、僕が潰れてる時に交換してました。普段通り、営業みたいな連絡が来てたので適当に返したんですけど。」

と言うと、

「、、まさかお前にも春が来たんじゃないのか?」

と言葉にできない程、悪そうで、いやらしい目で、にやっと笑う河原さん。

「キャバクラですよ。そういう営業なんじゃないですか。」

と少し嫌気がさしながら、僕のデスクに着いた。河原さんも

(やっぱ面白くない奴)

と言いたげな表情でデスクに着いた。












また、月曜日から金曜日が終わった。やはり仕事の負担は変わらない。

18時が近くなると、毎週の言葉が来るのか、とよぎる。


「中田。すまんが、今週は息子が誕生日だから飲みに連れてやれないんだ。その代わり来週は楽しみにしとけよ。」


と今までで数回しか聞いたことのない言葉が飛び出した。


(そうか、12月は長男さんの誕生日だ。)

部長は息子さんが2人いるが、誕生日は上から12月と7月だ。


「そうなんですね。また来週楽しみにしています。」

(今日こそはストレスフリーでいっぱい寝よう。)

と思っていると、


『お久しぶりです。智也さん。私今日出勤じゃないんですけど、良かったらご飯行きませんか?』

と〈小林桃〉の名前から連絡が来ていた。


(折角の金曜夜なのに、、)

という想いと、

(金曜夜を自分のために使えるのはいつぶりだ?)

という想いが交差した。


営業の連絡であることは分かっているが、普段は愚痴を聞いてばかりのこの夜の時間を愚痴を聞いてもらえるならどれだけ素晴らしいか。

しかも、残業代がちゃんと出る会社のおかげでお金は多少ある。


(今日だけは愚痴を発散するか)


と思い、〈小林桃〉に数時間後であれば行けることの連絡をした。


河原さんは、ラッキーと表情に出しながら、そそくさと部長が帰った15分後に退社した。








21時。

僕の仕事が終わるのと、美月さんの準備が終わるのを考えると、この時間の集合になった。


「智也さん。1週間ぶりですね。」

とこの前の露出が激しいドレスとは打って変わって白っぽいコートが良く似合う、至ってどこにでもいそうな、けどこんな美人な人はいないような姿で現れた。

どうみても仕事終わりのスーツ姿の僕が情けなくなる。


「誘ってくれてありがとうございます。今日は金曜の夜なのに出勤しなくてよかったんですか?」

「私のお店、この前来て分かったと思うんですけど、少しわかりにくいところにあるので、お客さん常連さんしか来ないんです。私を指名してくれるお客さんもいないので、、」


そうだったんだ、と思いつつ、やっぱり自分のお客さんをつけるための営業の連絡か、

と安心と肩透かしをくらったところで、予約していたお店に着いた。

部長からデートならここを使えよ。と言われていたお店だ。雰囲気もいいし料理もおいしい。



「こんな素敵なところ知ってるんですね。」

「この前の部長に聞いたんです。」

「わざわざ聞いてくださったんですか?」

「いや、たまに連れていってくれてるんです。ゆっくりするならここがいいかなと思って。」

「私のために考えてくれてありがとうございます。」


そんな、キャバ嬢とのご飯のためにデートに使う用のお店は予約しない。飽くまでもいい条件のお店がここしかなかった。






そこで僕は普段言えない、言わないような愚痴をたくさん喋った。


この仕事がやりたくて入社したはずなのに、今は板挟みであること

毎日12時間近い労働をしていること

毎週末の飲み会がしんどいこと



1時間くらいの間にこれでもか、と詰め込んで発散した。

ふと我に返ると、僕ばっかりが話していて、罪悪感に苛まれた。

ここ最近で一番、時の流れが早く感じた。


「すみません、愚痴ばっかり聞かせてしまって、、

 美月さんも折角の休みの日までこんな話に付き合わせてしまって申し訳ないです。」

「全然気にしないでください。智也さんみたいな人はこういう場がないと心が潰れるでしょう?」

「美月さんはしんどくなったりとかしないんですか?」

「前も言ったんですけど、私は将来の旦那さんを探すためにお店にいるので、今智也さんと過ごす時間は何もしんどくないですよ。普段と違ってすごく楽しいです。」

「、、ありがとうございます。」


遠回しの告白なのか、色恋をかけられているのか分からないが、とにかく感謝の気持ちでいっぱいだった。ここ数年の辛さを共有できる人が一人だけでもいることが何よりも嬉しかった。






そこから愚痴を話す時間も終わり、お互いの仕事の話、趣味の話などプライベートな話をして、お店を出た。


「智也さんってこの時間終電あるの?」

「今何時だ、、? あ、丁度今、終電が発車したな。タクシーで帰るから気にしないで。」

「さっき言ってた駅が最寄りならタクシーだと1万円以上かかるでしょ?」

「そうだな。まあ、普段お金使う機会もないし大丈夫だよ。」

「私の家までなら歩いて少しで着くけど、今日は泊まっていく?」

「スーツだし今日は帰るよ。楽しかったよ。」

そんな話をしていると大通りに出たので、タクシーを拾おうと左手を上げると、美月さんがその手を無理やり下げた。


「、、歩くでしょ?」

昔からこの手の女の子にはめっぽう弱い。

スーツのまま誰かの家に泊まることには抵抗があったし、まだ信用しきってない人の家に行くなんて恐怖でしかなかったが、美月さんの眼を見ると首を縦に振るしかなかった。


美月さんの家に泊めさせてもらうことにして歩いた。







美月さんの家は本当に同年代なのか、と疑うほど広くて綺麗だった。

繁華街から歩いて15分だったので、家賃も高いはずだが、ずいぶん離れた僕の家よりも広い。


「シャワー入ってくる?」

「ありがとう。タオルはこれでいい?」

「うん。」


シャワーに入りながら、考えた。


なぜこんなに良い家に住めているんだ?

ただの客を家に入れるなよ。

営業の仕方を間違っているんじゃないか?

本当にあのお店はいいところだったんだろうか?



そんな、僕だけで考えても答えが出ないような問いを立てては、僕自身で打ち消す。そうやって思う繰り返しだった。






翌朝、7時頃に僕は目が覚めた。

なぜか隣に美月さんはいなかったが、キッチンの方で物音が聞こえた。


一緒のベッドで寝ていたが、どんな状況であれ、手を出すと男が加害者になる世の中だ。

夜職の女の子かつ、会うのも2回目、お金も使っていない僕が手を出すとどんなことに巻き込ませるか分からない。


(休みの日なのに7時に目が覚めるのは少しもったいないな、)

と思っていると、メイクと着替えを完璧にした美月さんが寝室に入ってきた。

「おはよう。」

メイクの知識が全くない僕でも分かるくらい 昼のメイク というやつをしていた。

しかし、ものすごく似合っていて、やはり美人だ。


「朝ごはん簡単に作ったけど、良かったら食べていく?」

「あ、、うん。ありがとう。食べて帰るよ。」


少し信じられない僕もいるが、朝ごはんを食べるなんていつぶりだろうか、と考えながら返事をした。



朝ごはんは豪華なものだった。

トーストとヨーグルト、切った果物まで用意されていた。

一人暮らしを始めてしばらく経つが、こんなものは作ったことがない。

そんな朝ごはんに見惚れていると、

「あ、ごめん。朝はお米派だった?」

と急に思ってもいない質問が来たので、

「ううん。パン派だよ。」

と答えた。実際はどっちでもいい。





「12時から高校の友達とランチの予定があるから、一緒に11時に出ようか。」

「気にしないで。朝ごはんを食べたらすぐに出るから。」

「そんなこと言わないでよ、寂しい。予定はないんでしょ?」

「予定はないけど、、」

「じゃあ決まり!」


昨日僕の話をずっと聞いてくれて、少し強引に誘ってくれた美月さんとは少し雰囲気が違う気がしたが、朝はこんなテンションなのかなと特に気に留めなかった。



美月さんがピアスやネックレスを選んでいる間に寝癖を直し、着替えを済ました。

「智也くん準備はやいんだね~。」

のん気そうに言うので、

「美月さんも僕が起きるまでに支度完璧にしてたじゃん。何時に起きたの?」

と聞くと、

「あ、美月って呼ばないで。それは夜の名前だから。本当の名前は連絡先に書いてるでしょ。」

「そうだな~大体5時くらいに起きたかな。お酒飲んだ次の日は自然と早起きしちゃうの。」

遮られながら言われた。


(そうか、小林桃さんか)


と思い出した。


「小林さん朝強いんだね。」

「小林さん?桃ちゃんでしょ?」


昨日とは本当に同じ人なのか、と思うほど喋り方と性格が変わっていた。


「、、桃ちゃんって夜と昼で全然性格違うみたいだね。」

「そうかも。本当に心を許した人には結構頑固っていうか、強気に出ちゃうんだよね。」


(たかだか2回会っただけの僕に、本当に心を許すわけがないだろう。)


「そうなんだね。」

リップサービスとして受け取った。



11時過ぎに最寄り駅で解散をして、僕は家に帰った。

家に帰っても、夢を見ていたんじゃないかと思うほど一瞬の時間で、なぜか忘れられない記憶になった。

『今日はありがとう』と連絡だけ入れて、僕はもう一度寝ることにした。

(なんでそこまで僕に優しくしてくれるんだ?)

と一人ベッドの中で考えたが、答えが出る間もなく寝てしまった。






そこから桃ちゃんとは月に一度くらいのペースで会うようになった。

毎週のように溜まる愚痴を聞いてくれて、その度に

「しんどかったね。」

「智也くんは頑張りすぎる癖があるから、たまには私と会って色んなこと発散してね。」

と寄り添ってくれた。

桃ちゃんが夜職をしているため、桃ちゃんが休みの日に合わせて会っていた。

数か月が経った頃には体の関係も持った。


飲みの代金は僕が毎回払っていたが、〈美月さん〉のお店に行くことはなかったので、そこまで財布にダメージがある訳ではない。本当に僕の中で心の支えになった。


連絡もずっと取っていたが、

『仕事が忙しいから』

『今、実家に帰ってて』

などの理由で3.4日連絡が途絶えることもあったが、誰にでもよくある事だ。心配することはない。


普段よりも携帯を見る時間が減るんだ。いいことである。通知が来た時だけ反応すればいい。

僕自身も次に桃ちゃんと会うときに、少しでも長く一緒にいるために連絡が途絶えた時は、仕事に集中するようにした。

その方が効率が良いとまで言える。

どうしても時間の進みは遅いが、次に会えることを考えるとなんの問題もない。

仕事が忙しいとも言っているが、僕以外の男を家に連れ込んでいるはずはない。歯ブラシも僕のしか置いていないし、どこを探しても隠していなかった。

部長達との飲み会もそこまで苦ではなくなった。次、桃ちゃんに会った時に全部聞いてくれる。辛さが驚くほどなくなった。


初めて誰かの特別になれて、僕にとっても初めて特別な人ができたんだ。

















出会って一年が経とうとした頃

出会った時期がクリスマスが近いという事でプレゼントでも渡そうと考えていた。


(ペース的に今月会えるのは半ばくらいかな)


柄にもなく百貨店に行って、桃ちゃんが普段付けているブランドのネックレスを買った。

ピンクゴールドの小さなリングが揺れるものだ。


忘年会シーズンでもあるので、ここ数日は毎日、常連さんがほぼ貸し切り状態で営業するため忙しく、連絡はできていない。



連絡が途絶えてから1週間経った。

普段は長くても5日程度だったので、少しだけ心配になり連絡先を開いた。






〈小林桃〉の名前が消えていた。




携帯が壊れたのかな?と思い、一度桃ちゃんの店に連絡することにした。

仕事が忙しいのであればいるだろう。



電話に出た男性に

「桃ちゃ、、んじゃなくて、美月さんって方今日出勤されてますか?」

 (危ない、危ない。間違えるところだった。)



「あー美月ちゃんですね。先月いっぱいでお店辞めちゃったんですよ。」

「あ、多分人違いです。本名も分かるので。小林桃ちゃんです。」

「小林さん、、?うちに美月という名前のキャストは一人しかいませんでしたし、その子の名字は高橋ですよ?下の名前はプライバシーの関係上言えませんが桃さんでもありません。水色のドレスが似合う子ですよね?」




頭が真っ白になる。



電話を切るよりも何よりも先に桃ちゃんの家に向かった。


あそこにいけば、あの可愛い笑顔が見れる。


桃ちゃんに会えれば、辛さが消える。


桃ちゃんが僕を置いてどこかに行くはずがない。





408の部屋番号を急いで押し、コールする。

何の反応もない。



(寝ているのか?)


と思ったが、一瞬嫌な予感がした。



マンションのポストを見た。

他の部屋には色んな名字がある中、408だけ、ない。



(なんでなんでなんでなんでなんで)


理由が分からない。一年も一緒にいたのになんで急に消えたんだ。

泊まるたびに作ってくれた朝ごはんは?ぼさぼさの僕の寝癖をみて可愛いねって言う笑顔は?













その後僕はもぬけの殻になった。

デスクに向かうが、パソコンを開く気力がない。

年末のため普段よりも忙しさに拍車がかかっていたが、何も考えられなかった。

あれをやれ、これをやれと単純作業だけをこなした。部長も河原さんも僕を見切って飲みに誘わなくなった。



僕は今、毎日飲み歩いています。

この近くにあなたがいると信じて。






読んでいただきありがとうございます。

続きも書こうかなと思うので、リアクションなどもらえると非常に嬉しいです。

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