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神様のトモダチ

作者: きらら
掲載日:2026/03/21

1998年、地方都市。何の変哲もない商店街のアーケードの下。

古びた喫茶店「エデン」のカウンターで、男は震える手でコーヒーを啜っていた。


男は、かつて「神」と呼ばれた存在。

今は、誰にも見向きもされない、ヨレヨレのトレンチコートを着た浮浪者に成り下がっている。


「……信じられない。あいつ、本当にやったのか」

男が視線を上げた先、街頭のテレビモニターには、一人の青年が映し出されていた。


輝くような笑顔。清潔なシャツ。何万人もの群衆を前に、彼は「愛と平和」を説いている。

かつて地獄の底で、最も卑怯で、最も残酷だと言われた「悪魔」だ。


「皆さん、もう安心です。悪いものはすべて私が消し去りました」

テレビの中の悪魔が、カメラの向こう側――つまり、この喫茶店にいる男をじっと見つめ、一瞬だけ、

口角を吊り上げた。


それは、「子供のような無邪気な邪悪さ」を孕んだ笑みだった。

街は変わった。

犯罪は消え、病人は消えた。……いや、「消された」のだ。


少しでも不幸せな顔をしている者は、翌朝にはどこにもいない。街全体が、強制された多幸感に包まれている。人々は皆、同じような薄笑いを浮かべ、お互いを監視し合っている。


「おい、あんた。さっきから暗い顔してるな」

隣の席のサラリーマンが、男の肩を叩いた。


その目は笑っていない。眼球の奥にあるのは、逃げ場のないシステムに組み込まれた者の、底知れぬ恐怖と、他者を道連れにしようとする加害性だ。


「『神様』に感謝しなきゃ。あの方は、僕たちの望みを全部叶えてくれるんだから」

男(元・神)は、逃げるように店を出た。


雨が降り出した。だが、その雨は温かく、甘い香りがした。

悪魔が演出した「完璧な世界」の雨。

 

男は路地裏で嘔吐した。

自分が愛した人間たちは、もういない。


今ここにいるのは、悪魔が用意したシナリオ通りに動く、精巧な操り人形だけだ。

ふと見ると、路地の奥に一人の少女が立っていた。


彼女は、かつて自分が人間に与えた「最後の良心」の欠片を持っているはずだった。

しかし、少女は無表情に指を差し、叫んだ。


「あ! 幸せじゃないおじさん、みーっけ!」

背後から、白い服を着た「平和維持局」の男たちが、足音もなく近づいてくる。


空を見上げても、そこには「神の不在」を象徴する、完璧すぎる青空ホログラムが広がっているだけだった。


閉ざされたのは空間ではない。

「絶望することすら許されない」という、最も深い絶望。


男の呟きは、甘い雨の音にかき消された。

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