通知音が鳴るたびに、私が削られていく。〜80万フォロワーの姫が落ちた、出口のないデジタル・レイヤー〜
スマートフォンから放たれる青白い光が、美咲の青ざめた顔を照らし出していた。
「……また減ってる」
震える指で画面を下にスワイプし、ページを更新する。80万人いたはずのInstagramのフォロワー数は、今や40万人を割り込もうとしていた。
事の発端は一ヶ月前。ある日突然、コメント欄に心無い言葉が並び始めたのだ。
『最近顔パンパンじゃない?』
『加工外れるとキツい』
『オワコン。見るに耐えない』
最初はアンチの嫌がらせだと思い、ブロックしてやり過ごそうとした。しかし、悪意の波はAIが自動生成しているのではないかと疑うほどのスピードで増殖していった。毎日何千件という誹謗中傷のDMが届き、フォロワーのカウンターは滝のように減っていく。
「どうして……私、何かした?」
炎上するような失言をした覚えはない。しかし、ネットの海は一度血の匂いを嗅ぎつけると容赦がなかった。
美咲は部屋に引きこもるようになった。食事を摂ろうとしても、吐き気がして喉を通らない。『豚』『醜い』という文字が脳裏に焼き付いて離れず、固形物を見るだけで胃が痙攣した。睡眠薬を飲んでも、通知音が鳴る幻聴で何度も飛び起きる。
不思議なこともあった。現実世界で会う友人や仕事関係者は、誰一人としてこの「大炎上」に触れないのだ。恐る恐る親友に探りを入れても、「最近忙しくてSNS見れてないんだよね」と流されてしまう。皆、私を腫れ物扱いしているのだと美咲は絶望した。
三週間が経過した頃、鏡の前に立つ美咲の姿は別人のようになっていた。頬はこけ、あごのラインは鋭く尖り、鎖骨がくっきりと浮き出ている。気になっていた二の腕の肉も、ぽっこり出ていた下腹も、嘘のように消え去っていた。
体重計に乗ると、ちょうどマイナス10キロ。
「痩せた……」
虚ろな目で数字を見つめる。かつて喉から手が出るほど欲しかったプロポーション。でも、もう遅い。インフルエンサーとしての私は完全に終わってしまったのだから。
最後の別れを告げるため、美咲は覚悟を決めてスマートフォンを手に取った。引退発表のライブ配信をするつもりだった。
アプリを立ち上げた瞬間だった。
画面が突如として暗転し、色鮮やかなクラッカーのアニメーションが画面いっぱいに弾けた。
『Congratulations!! 目標体重マイナス10kg達成!』
「……え?」
ポップアップと共に、見慣れたInstagramのUIが戻ってきた。しかし、表示されている数字がおかしい。フォロワー数は「81.2万人」。減るどころか、少し増えている。
パニックになりながらコメント欄を開く。
『美咲ちゃん最近更新ないけど大丈夫?』
『生きてるー?心配だよ(涙)』
『ゆっくり休んでね!ずっと待ってる!』
誹謗中傷など、ただの一件も存在していなかった。
その時、一通のメールが届いた。差出人は「株式会社ルナ・エージェンシー」。数ヶ月前、どうしても痩せられず悩んでいた美咲が、完全紹介制の怪しげなサービスに申し込んだ相手だった。
『美咲様、ご契約いただいたプログラムの無事完遂、おめでとうございます。
弊社はMeta社と特別な提携を結び、対象者のデバイスおよびアカウントにのみ、特殊なフィルターを通した情報(フォロワー数の減少、AIによる特定のコメント生成)を表示させるシステムを採用しております。これにより、他者には一切気づかれることなく、対象者様に極限の心理的ストレスを与え、確実な食欲減退と体重減少をお約束いたしました。
元の画面への復旧は完了しております。これからの輝かしいインフルエンサーライフをお楽しみください』
スマートフォンの画面と、鏡の中の美しい自分を交互に見つめる。
心労で削り取られたと思っていた肉は、高額な契約金と引き換えに手に入れた「成果」だったのだ。誰も私を嫌っていなかった。誰も私を攻撃していなかった。
数秒の沈黙の後、美咲の喉の奥から「フフッ」と乾いた笑いが漏れた。笑いは次第に大きくなり、やがて彼女は満面の笑みを浮かべた。
美咲はリングライトの電源を入れ、スマートフォンを三脚にセットした。髪を整え、お気に入りのリップを引く。録画ボタンをタップし、カメラに向かって、とびきり明るい声で叫んだ。
「みんなー!ずっと更新休んでてごめんなさい!心配かけたよね? 実はこれ……壮大なドッキリでした! 名付けて『完全密着・炎上ダイエット』! 見て見て、この一ヶ月でこんなに痩せたの!!」
画面の向こうの何十万人というフォロワーに向け、彼女は完璧な笑顔でピースサインを作った。




