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少女の願い



 「どこから姿を表すか分からない、視覚だけに頼らず

全神経で警戒しろ。」


 エンペサールから少し離れた場所にある獣の森。ここには普段魔物はおらず、多種多様な獣が生息している。初心者のほとんどがこの森で生き物を殺すという感覚に慣れてからエンペサールを離れ、別の街に向かう。


 「……ワタルさん、あれを見てください。」


 リリィの指を指す方向を見ると、ゴブリンたちが野生の鹿を仕留め食していた。


 「いつも通り堅実に倒すぞ。」


 俺は腰のポーチから紫の液体の入った瓶を取り出し、草むらからゴブリンたちへと投げた。瓶はゴブリンたちの足元で割れて、中の紫の液体は空気に触れた瞬間に気化してゴブリンの周囲を紫の煙が包んだ。


 草むらの中でしばらく待っていると煙が流れ消え、眠りについたゴブリンだけがその場に残った。


 「トドメを刺すぞ。」


 俺とリリィは草むらから出た後も、周囲に他のゴブリンが潜んでいないか確認を怠らずに眠っているゴブリンの首を切り落とした。


 「………………」


 「どうしたリリィ、黙りこくって。」


 全てのゴブリンの首を切り落としてエンペサールへと来た道を戻っていると、いつも活発で元気なリリィが珍しく大人しい。


 「ワタルさんの戦い方は参考になりますし、文句はないんですけど……」


 「……勉強にならないか?」


 俺は敵に気づかれ襲われている場合を除き、リスクのある戦いはしない。アトランティスオンラインには痛覚のみを遮断する技術がなく、触覚が機能していなければ遊ぶことができないというこもあり、弱められてはいるもののダメージを負った時に、ある程度の痛みを感じる。


 痛みは判断を鈍らせ、死に繋がりかねない。ゲーム内での死が現実での死とかイコールなら尚更だ。


 「……俺は戦闘において何より大事なことは生き残ることだと思っている。だからこそ、生き残るためならどんなことだってやるし、今のこの世界では、それが正しいとハッキリ言える。」


 「そう……ですよね!すいません、気にしないでください!」


 その時のリリィの笑顔はいつものような自然なものではなく、作られたもののように感じた。


 次の日。夏休みということもあり、暇を持て余している俺は生活費を稼ぐため、アトランティスオンラインの世界に足を踏み入れた。


 「ワタル!ようやくログインしたのか!リリィちゃんが大変なんだ!」


 俺が利用しているゲームセンターと繋がっている扉を開けると、そこには焦った様子のマーチの姿があった。


 「落ち着けマーチ。……それで?一体何があったって言うんだ。」


 「お前たちが昨日倒したゴブリン以外にもモンスターがこちらに抜けてきていたみたいで、街に近寄る前にってリリィちゃんが!」


 「……!?(クソ!間に合ってくれ!)」


 俺は宿屋の二階からダメージ覚悟で飛び降りて森の中へと向かった。


 「リリィ!リリィ!!」


 必死に声を上げてリリィを探すが、返事どころか戦闘の音すら聞こえない。


 (考えるな……考えるな……考えるな……!)


 嫌な妄想だけが頭を駆け巡る。マーチから逃げた魔物の種類を聞いていなかったこともあり、どんな魔物が迫ってきているかも分からない。ゴブリンやスライムなんかの魔物であることを願い、ただ声を出しながら足を動かした。


 だが、俺の願いは早々に打ち砕かれた。「ドゴン!」重く、地面に響く足音。俺は急いで足音のした方角に足を向かわせた。


 「ッ……リリィ!!」


 足音の聞こえた場所には既に魔物の姿はなく、変わり果てた姿のリリィだけがそこにはいた。服は破られ、体には複数の打撲痕……弄ばれた形跡すらある。


 「リリィ!しっかりしろ!リリィ!!」


 「……ワタルさん……来てくたんだ、、、」


 「……待ってろ!すぐにポーションを!」


 俺はインベントリからポーションを右手に装備して、リリィの口に含ませた。


 「なんで……どうして回復しないんだよ!」


 手持ちにある回復手段を試しても、試してもリリィの傷が癒えることはなかった……。


 「ごめんなさい……ワタルさん。私……実は……この世界の人間なん……です。」


 傷ついた体から絞り出すように吐き出した言葉は今の俺には受け止めることのできない内容だった。


 「な……どうして。いや、それよりも!NPCだったとしても今までだってポーションで何度も回復してたじゃないか!なんで回復しないんだよ!」


 「NPC……そう呼ぶんですね。私たち……NPCにはワタルさんがよく話していた、HPという概念が分かりません……普段の私なら……問題なくポーションで傷を癒すことができたでしょうが……今の私は魔王に魂を連れ去られるのを待つ状態……もう助かりません。」


 魔王に魂を……リリィの口から放たれる言葉の全てを理解することはできていないが、一つだけハッキリと分かることがある……。


 「もう……助からないのか……?」


 リリィは小さく頷いた。


 「……そんな顔しないでくださいワタルさん。私はこの死に……満足はしていませんが納得はしてるんです。そんなことより……ワタルさん街を……みんなを守ってください……」


 リリィは街の方角に震える腕で指を指した。


 「トロルとオークが三匹……街の方角に向かいました。」


 俺はリリィの遺体が獣に食べられてしまわないようにインベントリから取り出した、寝袋(簡易セーブポイント)の中に体を隠した。


 「……後で必ず迎えに来るからな。」


 俺は悲しみや後悔の感情を押し殺し、リリィの仇の魔物の命を奪うためエンペサールに全力で走った。


 (ワタルさんごめんなさい……私気づいてたんです。一人で魔物に勝てないこと……だけど私の死が……あなたの戦う理由になってほしくて……本当にごめんなさい。)

 

 

 

 

 

  


 

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