第81話:公認窓口と、最強の事務屋たち(第2部完
新宿の空を、雲一つない秋晴れが包み込んでいた。
大深度地下の激震から数週間。共生特区のシステムは完全に稼働し、新宿という都市はかつてないほどの安定と繁栄を享受し始めていた。
その立役者である『久我ソリューションズ』の拠点――久我コンテナ・フォートレスの前に、一台の宅配業者のトラックが停まった。
「……久我さん、お荷物届きましたよ。宛名、東京都庁とギルド本部連名になってますけど」
結城陽菜が、自分の背丈ほどもある厳重に梱包された平たい箱を抱えて、事務所に入ってきた。
「ありがとうございます、結城さん。ガル主任、開梱をお願いします」
「……はっ。お任せを」
デスクでコーヒーを飲んでいた久我良平の指示を受け、警備主任のガルが進み出た。彼は分厚い梱包材を、まるで薄紙を剥がすように石の爪で器用に、かつ丁寧に解いていく。
中から現れたのは、重厚な真鍮製の、真新しい『看板』だった。
そこには、堂々たる明朝体でこう刻まれている。
『東京都・現代ダンジョン管理ギルド公認 新宿ダンジョン特定紛争解決窓口:久我ソリューションズ』
「おおっ……! これ、本物の公認看板じゃないですか!」
PCに向かっていたCTOの佐藤が、珍しく目を丸くして身を乗り出した。
「ニャ~オ(へえ、大したもんや。あのギルドの連中が、自分ら以外の組織に『公認』のハンコを押すなんてな)」
キャットタワーから飛び降りたケットシーのコトが、真鍮の看板の匂いを嗅ぎながら感心したように鳴く。
「キャン、バウッ!(ボスの名前が一番デカく書いてあるぞ! 俺たちのナワバリが認められたんだな!)」
ケルベロスの幼体であるクラが、得意げに尻尾を振り回す。
「プルルッ!(ピカピカだ!)」
スライムのスラちゃんも、看板の表面に映る自分の姿を見て嬉しそうに震えた。
「行政とギルドが、ついに我々の存在を無視できなくなったという物理的な証明です。……これでもう、我々を『モグリの違法業者』呼ばわりする者は誰もいません」
久我は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、満足げに頷いた。
「これからは、堂々と正面から『監査』と『強制執行』が行えます。……エレナ室長、我が社の社会的な信用が担保された気分は、どうですか?」
久我の問いに、コンプライアンス室長のエレナは、真新しいスーツの襟を正し、誇らしげに胸を張った。
「最高です、久我さん。……私、もう誰の目も気にせず、不当な労働を強いる相手に『法律』を突きつけることができます」
かつて、ギルドの地下で「備品」として命を削られていた少女の姿は、もうそこにはない。彼女は今、自らの意志と名前で契約書にサインをする、立派な一人の社会人(事務屋)だった。
「ガル主任。この看板を、入り口の最も目立つ場所に設置してください。……我が社の新たな顔として」
「……御意。この命に代えましても、傷一つ付けさせません」
ガルが真鍮の看板を大切に抱え上げ、コンテナ要塞の入り口へと向かった。
彼が指先から魔力を流し込むと、看板は金属の壁と完全に同化し、絶対に外れない強固なモニュメントとして掲げられた。
「よしっ、設置完了ですね! ……久我さん、せっかくだから記念写真、撮りましょうよ! 新しい看板の前で!」
陽菜がスマートフォンを取り出し、弾んだ声で提案した。
「記念写真、ですか。……まあ、広報用の資料として一枚残しておくのも悪くありませんね。佐藤君、サーバーの監視は少しの間だけAIに任せて、こちらへ」
「へいへい。たまには陽の光を浴びないと、カビが生えそうですからね」
佐藤が面倒くさそうに頭を掻きながらも、どこか嬉しそうにプレハブから出てきた。
秋の柔らかな日差しの中、新しい看板の前に、久我ソリューションズの全メンバーが整列した。
後列には、要塞の壁と見紛うばかりの巨体を持つガーゴイルのガル。
その手前には、猫背のハッカーである佐藤と、背筋をピンと伸ばし、自信に満ちた笑顔を浮かべる元聖女のエレナ。
前列には、モップを元気よく掲げるテイマーの陽菜。彼女の肩には、ぷるぷると震えるスライムのスラちゃん。
足元では、ケルベロスのクラが胸を張り、ケットシーのコトが優雅にポーズを決めている。
そして、その中央。
完璧にプレスされたスーツを着こなし、片手にアタッシュケースを持った久我良平が、静かに佇んでいた。
「はい、チーズッ!」
陽菜の掛け声と共に、カメラのシャッター音が鳴り響く。
それは、ただの寄せ集めだった者たちが、ダンジョン時代において最も厄介で、最も頼りになる「最強のトラブルシューター」として完成した瞬間を切り取った一枚だった。
写真を撮り終え、皆が和やかに笑い合っている最中。
事務所の中から、けたたましい着信音が鳴り響いた。
久我ソリューションズの『苦情受付窓口』の直通電話だ。
「……おや。さっそく公認窓口としての初仕事が来たようですね」
久我はアタッシュケースを持ち直し、表情をビジネスモードへと切り替えた。
「今度の相手は、悪徳ギルドか、ブラック企業か、それとも規格外の古代魔物か……。いずれにせよ、コンプライアンス違反には徹底的なペナルティを科すまでです」
久我の言葉に、メンバー全員の顔が引き締まる。
エレナがタブレットを起動し、佐藤がPCに向かって駆け出す。陽菜がモップを握り直し、ガルが背中の光の翼を僅かに明滅させた。
クラが吠え、コトが煙管をくわえ、スラちゃんが跳ねる。
「さあ、皆さん。業務開始です」
久我良平は眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、不敵な笑みを浮かべた。
「……さて、次のタスク(苦情)は何ですか?」
久我ソリューションズの戦いは終わらない。
理不尽なルールに苦しむ顧客がいる限り、彼らは何度でも法と実力をもって、世界のバグ(不具合)を修正しに行くのだ。
現代ダンジョンの苦情係。
第2部・完
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一旦ここでお終いです。
3部はまだプロットも出来上がっておりませんが、別作品次第にはなってくるかと思います。
また会える事を楽しみに待っておりますね。
本当にありがとうございました!




