第80話:共生特区の稼働と、莫大な管理代行費
『――続いてのニュースです。先日、大規模な崩落事故と謎の震動に見舞われた新宿駅大深度地下の再開発プロジェクトですが、本日より全面的な工事再開が発表されました』
久我コンテナ・フォートレスのメインスペースに置かれた大型テレビから、キャスターの明るい声が流れている。
『開発を主導する共同企業体と東京都は、「画期的な新技術による地盤の完全安定化」に成功したと発表。また、地下インフラの保守に自律型の特殊重機を導入し、工期の大幅な短縮が見込めるとのことです……』
そのニュースを見ながら、佐藤が缶コーヒーを片手にニヤニヤと笑った。
「『画期的な新技術』に『自律型の特殊重機』ねぇ。……地下の大家さんのご機嫌取りと、ロックゴーレムの土木作業部隊のことを、よくもまあそこまで都合のいい言葉に変換できるもんですよ」
「行政と大企業というものは、自らの体面を保つための言い換え(レトリック)の天才ですからね。……我々としては、契約通りに動いてくれれば何も問題はありません」
久我良平は、愛用のミルで挽いたコーヒー豆にお湯を注ぎながら、極めて事務的に答えた。
「しかし久我さん、笑いが止まりませんよ。東京都とゼネコンから振り込まれた『特区管理代行費』および『システム保守料』の第一期分。……我が社の口座残高、ついに国家予算の端数みたいな桁になってます」
佐藤がマルチモニターの一つを指差す。そこには、ゼロが幾つも並んだ信じられないような金額が表示されていた。
「ニャ~オ(当然の対価やで。この街が物理的に消滅するのを防いだんやから、これでも安いくらいやわ)」
キャットタワーの最上段で、ケットシーのコトが優雅に毛繕いをしながら鳴いた。
「コト、地下の『住民自治会』の様子はどうですか?」
久我が尋ねると、コトはピタリと動きを止め、得意げに胸を張った。
「ニャ~オ(順調そのもんや。コウモリ連中は配管の点検、モグラどもはトンネルの拡張。みんな、人間から定期的に『マナ』が支給されるから、喜んで働いとるで。……ウチの組合長としての采配のおかげやな)」
「キャン、バウッ!(俺も副組合長として、サボってる奴の尻を噛んで回ってやったぞ! ボス、俺すっげぇ働いてる!)」
ケルベロスの幼体であるクラが、久我の足元に駆け寄って尻尾を千切れんばかりに振った。
「ええ、報告は受けていますよ。素晴らしい働きです、クラ、コト」
久我がクラの頭を撫でると、隣のデスクから、凄まじい勢いで書類にハンコを押す音が響いてきた。
ターンッ! ターンッ!
「……エレナ室長。ロックゴーレム部隊の今週のタイムカード集計、終わりましたか?」
「はい、久我さん! 夜間割増と、危険手当の計算もバッチリです!」
真新しいビジネススーツを着こなしたコンプライアンス室長・エレナが、分厚いファイルから顔を上げた。
かつてはギルドの地下で「備品」として命を搾取されていた彼女が、今では数百匹の魔物たちの『労働環境』を管理し、彼らの正当な権利を守る立場にいる。
その瞳には、もはや過去の悲壮感はなく、充実した仕事に打ち込む「有能な事務屋」の光が宿っていた。
「……エレナ様、あまり根を詰めすぎないでください。お疲れのようでしたら、わたしが肩をお揉みしましょうか?」
壁と同化するように立っていた警備主任のガルが、心配そうに声をかけた。
「ありがとう、ガル。でも大丈夫よ。私、今すごく楽しいの。……誰かのために真っ当な仕事をして、ちゃんと感謝されるって、こんなに素晴らしいことだったのね」
エレナが笑顔を向けると、ガルの石の顔が僅かに赤みを帯びた(ように見えた)。
「……もったいないお言葉。このガル、エレナ様と久我ソリューションズのため、この要塞を永遠に守り抜く所存です」
「プルルッ!(私も、みんなを守る!)」
結城陽菜に抱きかかえられたスライムのスラちゃんも、ガルの言葉に同調してポンポンと跳ねた。
「ふふっ、本当にうちの事務所、賑やかになりましたね」
陽菜がスラちゃんを撫でながら、微笑ましく周囲を見渡した。
「最初はお給料もギリギリのボロプレハブだったのに、今じゃ新宿の地下を牛耳る大金持ちですよ。……久我さん、これでもう、危ない橋を渡るような『苦情処理』はしなくても生きていけるんじゃないですか?」
陽菜の問いに、事務所のメンバー全員の視線が、コーヒーを啜る久我へと集まった。
確かに、一生遊んで暮らせるだけの莫大な資金は手に入れた。ゼネコンも行政も、そしてギルド本部でさえ、もはや久我ソリューションズには手出しできない。
だが、久我はカップをソーサーに置き、静かに首を横に振った。
「結城さん。我々は『事務屋』です。口座の残高が増えたからといって、業務を放棄する理由にはなりません」
久我は立ち上がり、窓の外――魔物と人間が、見えない契約で結ばれた新しい新宿の街並みを見下ろした。
「それに、この街にはまだ、理不尽な契約に縛られ、搾取され、声を上げられない者たちが無数に存在しています。人間であれ、魔物であれ、不当なルールで苦しむ『顧客』がいる限り……久我ソリューションズの窓口は、常に開かれています」
久我が眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、そのレンズの奥で、冷徹で頼もしい光が閃いた。
「さあ、皆さん。休憩は終わりです。……午後の業務に戻りましょう」
「はいっ!」
エレナと陽菜が力強く返事をし、佐藤がキーボードのタイピングを再開する。
クラが吠え、コトが鳴き、スラちゃんが跳ね、ガルが不動の姿勢を取る。
新宿の片隅にある、違法建築ギリギリのコンテナ要塞。
そこは今や、ダンジョン時代における最強にして最凶の『トラブルシューティング機関』として、完全な機能を開始していた。
大深度地下の契約更新という大仕事を終え、久我ソリューションズは次なる日常へと歩みを進める。
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次回お楽しみに。




