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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第79話:世界初の共生特区と、深淵の調印式



 数日後。新宿の大深度地下、水晶の洞窟。


 かつてシールドマシンが天井をぶち抜き、土砂と粉塵に塗れていた空間は、見違えるように整地されていた。

 洞窟の中央には、ゼネコンが特急で設営した巨大なレッドカーペットと、大理石の長机が設えられている。その周囲には、数百匹の魔物たち――ロックゴーレムや大蝙蝠、巨大なモグラたちが、まるで儀仗兵のように整然と並び、静かに待機していた。


 そして、その最奥。


 岩と大樹が融合したような巨体を持つ古老が、水晶の瞳を細め、地上の人間たちが用意した「交渉のテーブル」を見下ろしていた。


「……す、凄い魔力だ……息が詰まりそうだ……」


 長机の前に立つゼネコンの社長が、脂汗を拭いながら震える声で呟いた。隣に立つ東京都都市整備局の局長も、顔面を蒼白にしてネクタイを緩めている。


 彼らの背後には、護衛の機動隊や高位冒険者たちが控えているが、誰一人として武器を抜こうとする者はいない。古老の放つ圧倒的な「格」と、周囲を囲む数百の魔物たちの前では、人間の武力などチリ芥に等しいことを本能で悟らされていたからだ。


「……皆様、お揃いですね。これより、新宿大深度地下・人間と魔物の共生特区プロジェクトの、最終調印式を執り行います」


 静寂を破ったのは、長机の中央に立つ、完璧なスーツ姿の男だった。

 久我ソリューションズ代表、久我良平。


 彼はアタッシュケースから分厚い契約書の束を取り出し、流れるような動作で机の上に広げた。


「本契約は、甲(人間側代表:東京都および開発共同企業体)と、乙(魔物側代表:古老殿および新宿地下住民自治会)の間で結ばれる、不可侵および相互扶助の恒久条約です」


 久我の横には、真新しいスーツに身を包んだコンプライアンス室長・エレナが立ち、契約書の条項を指差しながらタブレットを操作している。


「第一条、不可侵領域の確定。第二条、人間側から魔物側への定期的な魔力マナの供給、すなわち『家賃』の支払い。そして第三条……魔物側による、地下インフラの保守点検および警備業務の受託。……以上の内容で相違ありませんね?」


 エレナが凛とした声で確認を取ると、ゼネコン社長と局長は、何度も大きく頷いた。


「異議なし。我々が用意した魔力供給システムは、既にテスト稼働を終えている。……あとは、そちらの……ええと、大家さんが納得してくれるかどうかだ」


 社長が恐る恐る古老を見上げる。


『……人間の小僧。お前の用意したシステムとやら、確かに我の乾きを潤している。江戸の世の巫女の祈りよりも、遥かに効率的で、そして合理的だ』


 古老の思念波が、洞窟全体に心地よく響き渡った。


『よかろう。我は百三十年の怒りを忘れ、この「共生」とやらの契約を受け入れる。……我の足元に棲む羽虫どもに、仕事エサを与えてくれたことにも免じてな』


「ニャ~オ(大家はん、えらい気前がええやん。ウチら『住民自治会』も、精一杯働かせてもらいまっせ)」


 長机の端に座っていたケットシーのコトが、組合長トップとして優雅に煙管を吹かした。


「キャン、バウッ!(俺が現場監督だ! サボる奴は俺が噛み付くから安心しろ!)」


 ケルベロスの幼体であるクラが、尻尾を振りながら吠え立てる。

 スライムのスラちゃんも、机の上でポンポンと跳ねた。


「……では、双方の合意が確認されました。調印に移ります」


 久我は、ゼネコン社長と局長に万年筆を差し出した。

 二人は震える手でペンを受け取り、契約書の「甲」の欄に、それぞれの署名と社印、公印を重々しく押下した。


「次は、乙の代表。古老殿、お願いいたします。……物理的なペンは不要です。貴殿の魔力を、この用紙に刻み込んでください」


 久我が契約書を宙に掲げると、古老の巨体から眩い水晶の光が放たれた。


 その光は契約書に吸い込まれ、複雑で美しい古代文字のような紋様となって、「乙」の欄に深く、そして鮮やかに焼き付いた。


『……契約は、成った』


 古老の厳かな宣言と共に、洞窟を包んでいた重苦しい緊張感が、ふっと霧散した。


「……ふうぅぅ……」


 ゼネコン社長が、精根尽き果てたようにその場にへたり込んだ。


「これにて、調印式を閉会します。お疲れ様でした。……社長、局長。あなた方は歴史に名を残しましたよ。世界初の『魔物と共生する大都市』の創造主としてね」


 久我は眼鏡のブリッジを押し上げ、満足げに微笑んだ。


「……ああ。もう、魔物相手に武力行使なんて二度と考えんよ。お前のような『交渉人』がいる限りはな」


 局長が苦笑交じりに呟き、ハンカチで額の汗を拭う。


「キャン!(当然だ! ボスに勝てる奴なんていねぇぞ!)」


 クラが誇らしげに胸を張った。

 その時、久我のスーツのポケットで、スマートフォンが短く振動した。


「……おや。失礼」


 久我が画面を確認すると、CTOの佐藤からのメッセージだった。


『久我さん、調印成功おめでとうございます。こっちのシステム監視も完璧です。……ところで、今回のプロジェクトの「仲介手数料」および「システム保守管理費」、第一回目の入金が確認できましたよ。……桁が多すぎて、僕の口座アプリがフリーズしました』


 久我は口角を僅かに上げ、アタッシュケースを閉じた。


「……結城さん、エレナ室長、皆さんも。見事な仕事でした」


「はいっ! これで新宿は安全ですね!」


 結城陽菜が満面の笑みで答え、スラちゃんを抱きしめる。


「ええ。私たちの仕事が、この街の平和を法的に担保したのですね」


 エレナも、真新しいスーツの胸を張り、達成感に満ちた表情で頷いた。


「ニャ~オ(久我はん。こんだけデカいシノギやったんや。今夜は特上のマグロ、期待してええんやろな?)」


 コトが久我の足元に擦り寄り、甘えるような声を出す。


「当然です。今夜は祝勝会としましょう。……ただし、明日の朝九時には通常業務に戻りますよ。我々は事務屋ですから、浮かれている暇はありません」


 久我はそう言って、深く息を吐き、崩落の穴から差し込む一筋の陽光を見上げた。


 足元では古老が安らかに眠りにつき、周囲では魔物たちが新しい「職場(地下街)」の清掃を始めている。


 人間と魔物。


 決して交わることのなかった二つの種族を、暴力ではなく、紙切れ一枚の「契約」と「コンプライアンス」で繋ぎ止めた。

 久我ソリューションズは、この日をもって、新宿という都市の命運を影から支配する「最強の特異点」として、その名を確固たるものにしたのである。


 大深度地下の契約更新、完了。

 次なる舞台は、少しだけ平和になった新宿の空の下で。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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