第78話:武力排除の通達と、古代法の盾
崩落事故から数時間が経過した、新宿駅前の臨時災害対策本部。大型のプレハブテントの中には、ピリピリとした重苦しい空気が充満していた。
長机の奥にふんぞり返っているのは、今回の再開発プロジェクトを主導する大手ゼネコンの社長。そして、しかめ面で腕を組んでいるのは、東京都都市整備局の局長である。
さらに彼らの周囲には、ギルドから緊急招集されたAランク以上の高位冒険者たちが、武器を手にして殺気を漂わせていた。
「……状況は?」
ゼネコン社長が、苛立たしげに葉巻を咥えながら尋ねた。
「はっ。地下深度二百メートルに、規格外の巨大魔物を確認。先ほどの地震の元凶と思われます。ただちに特殊爆薬と高位魔法による『完全殲滅作戦』を実行すべきかと」
冒険者の一人が、鼻息を荒くして報告する。
「よし、やれ。工期の遅れは一日数億の損失だ。……局長、よろしいですな? あんな化け物、さっさと駆除して更地にしないと、新宿の経済が死にますよ」
「……うむ。やむを得ん。都としても、都民の安全を最優先とし、魔物排除の特例措置を許可する」
局長が重々しく頷き、殲滅作戦の決裁書類にハンコを押そうとした、その時だった。
「お待ちください。その決裁は、重大な『法令違反』および『契約不履行』に該当します」
テントの入り口から、冷徹でよく通る声が響いた。
完璧にプレスされたスーツを着こなす男――久我良平が、結城陽菜と三匹の使い魔たちを引き連れて、堂々と足を踏み入れたのだ。
「なっ……なんだ貴様らは! 民間人は立ち入り禁止だぞ!」
警備の冒険者たちが一斉に武器を構える。
「キャン、バウッ!(ボスの邪魔をするな! 俺が噛み付くぞ!)」
ケルベロスの幼体であるクラが、先頭に立って牙を剥く。
「ニャ~オ(おっと、物騒なマネはよしなはれ。ウチらは正規の『交渉人』やで)」
ケットシーのコトが、シルクハットを取って優雅に一礼する。
「プルルッ!(悪いこと、させない!)」
陽菜の肩で、スライムのスラちゃんも威嚇するように震えた。
「なんだ、この動物園は……! 警備班、つまみ出せ!」
社長が怒鳴るが、久我は歩みを止めず、長机の前にアタッシュケースをドンと置いた。
「私、久我ソリューションズ代表の久我と申します。本日は、地下の『地権者』および『新宿大深度地下・住民自治会』の代理人として、東京都および貴社との団体交渉に参りました」
「地権者だと? 住民自治会? 何を馬鹿な……地下にいるのはただの害獣だろうが!」
「ただの害獣ではありません」
久我はアタッシュケースを開き、佐藤が国会図書館からサルベージした江戸時代の古文書――『大深度不可侵条約および、借地更新の覚え書き』のコピーを提示した。
「これは、江戸幕府の寺社奉行と、地下の古老(エンシェント・ドラゴン級)との間で交わされた正式な『借地契約書』です。貴方たち人間側が、百三十年間にわたり更新料の支払いを滞納し、無断で頭上で騒音(掘削)を撒き散らした。……本日の地震は、完全なる『家賃滞納による大家の怒り』です」
「は……? え、江戸時代? 馬鹿馬鹿しい! そんな古臭い紙切れが、現代の都市計画法に通用すると思っているのか!」
局長が顔を真っ赤にして鼻で笑った。
「通用しますよ。慣習法および、特別措置法における『既存不適格の保護』の観点からです。さらに……」
久我はもう一枚の分厚いファイルを机に叩きつけた。
「これが、地下に数百年にわたり定住している魔物たちから署名捺印を得た『交渉権委任状』です」
書類には、ロックゴーレムの岩の手形や、無数の魔物の肉球、スライムの粘液など、異様なサインがびっしりと並んでいた。
「彼らは確固たるコミュニティを形成する『知的居住者』です。彼らに対して、事前の立ち退き通告も代替地の用意もなく、一方的に爆薬を投げ込む行為は、国際法における『不法な強制排除』、ひいては『虐殺』と見なされます」
「な、何を言っている……魔物に人権など……!」
「『人』権ではなく、『居住権』です。コンプライアンスの欠如も甚だしい」
久我の氷のような視線に、社長と局長は言葉を詰まらせた。
「いい加減にしろ、このペテン師が!」
高位冒険者の一人が激昂し、大剣を振り上げて久我に斬りかかろうとした。
「久我さん、危ない!」
陽菜が叫んだ瞬間、久我のスーツのポケットから、青白い光が放たれた。
通信端末越しに待機していた、コンプライアンス室長・エレナの『聖女の防御結界』だ。事務所のガル主任の魔力パスを経由し、瞬時に展開された絶対の盾。
ガァンッ!!
大剣は透明な壁に弾き返され、冒険者は自身の攻撃の反動で吹き飛んだ。
「……暴力は、交渉において最も下策ですよ。冒険者諸君」
久我は眼鏡の位置を直し、微塵も動揺せずに言い放った。
「それに、武力で解決しようというなら、絶望的な事実をお教えしましょう。……もし貴方たちが爆薬を使えば、地下の古老殿は本気で激怒し、新宿区そのものを地殻変動で飲み込むでしょう。貴方たちの戦力では、絶対に彼を倒せない」
「くっ……! なら、どうしろと言うんだ! このまま工事を止めれば、我が社は倒産だぞ!」
ゼネコン社長が頭を抱えて叫んだ。
久我の口角が、僅かに上がった。
「誰も工事を止めろとは言っていません。私が提案しているのは『より安全で、莫大な利益を生む新しい契約』です」
久我はタブレットを取り出し、佐藤が即席で作成した『新宿地下・人間と魔物の共生特区プロジェクト』の事業計画書をモニターに映し出した。
「掘削ルートを僅かに変更し、古老殿の居住区を『不可侵特区』として保護する。その代わり、古老殿を新宿の『守護神』として登記し、彼が発する莫大な地脈のエネルギーを、都市のインフラ動力として活用するシステムを構築します」
「エネルギーの……活用?」
「はい。そして、地下の魔物たちには、工事の警備や地下空間の清掃(スライム等による廃棄物処理)という『労働』を与え、対価としてマナを支払う。……つまり、彼らを排除するのではなく、新宿区の『安価で超有能な労働力』として雇用するのです」
テントの中が、水を打ったように静まり返った。
魔物を駆除するのではなく、共生し、エネルギーと労働力として徹底的に管理・利用する。それは、ゼネコンの社長や行政のトップにとって、あまりにも規格外で、しかし……抗いがたい魅力に満ちた「実利」だった。
「このプロジェクトの管理・仲介は、我が『久我ソリューションズ』が一手に引き受けます。……さあ、どうしますか? 古文書を破り捨てて新宿を沈めるか。それとも、新しい契約書にサインして、世界初の『魔物共生都市』の立役者として歴史に名を残すか」
久我がペンを差し出す。
ゼネコン社長と整備局長は、顔を見合わせ、そしてゴクリと唾を飲み込んだ。
圧倒的な法理と、有無を言わせぬビジネスモデル。
武力と傲慢で塗り固められていた大人たちの壁が、一人の事務屋の『書類』の前に、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
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次回お楽しみに。




