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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第77話:地下住民組合の結成と、猫の顔役


 浄化の光が収まった水晶の洞窟は、先ほどまでの荒々しい怒気が嘘のように澄み切っていた。

 新宿の大深度地下を統べる古老は、心地よさそうに目を細め、岩のような巨体を静かに横たえている。


『……見事な手際であった、人間の小僧。お前の言う「実利」とやら、確かに受け取った』


 古老の思念波は、穏やかな春の風のように響いた。


『だが、我が怒りを鎮めたところで、地上の愚か者どもが納得するか? 奴らは鉄の塊と火薬を持ち込み、我を力ずくで排除しようとするだろう。……我が反撃すれば、結局この街は灰燼に帰すぞ』


「その通りです。ゼネコンや行政は、貴殿を『排除可能な単なる巨大害獣』と見なしていますからね」


 久我良平は、アタッシュケースの上にタブレットを置き、冷静に答えた。


「だからこそ、彼らに『手を出せば社会的に破滅する』という事実を突きつける必要があります。武力ではなく、法と世論の力で」


『法と、世論……?』


「ええ。単一個体の魔物であれば、彼らは『駆除』の名目で軍隊でも冒険者でも動かすでしょう。しかし、もしここが『独自の生態系と社会を持ち、数百年前から正当に居住している集落』だったとしたらどうですか? それを一方的に重機で踏み潰す行為は、明確な『不法な強制立ち退き』であり『虐殺』です」


 久我が眼鏡のブリッジを押し上げると、横で聞いていた結城陽菜がハッと息を呑んだ。


「集落って……久我さん、まさか!」


「そうです、結城さん。我々はこれから、この地下空間に『新宿大深度地下・住民自治会』を設立し、人間側に対する『団体交渉権』を確立します」


「キャン、バウッ!(ボスのすっげぇ作戦だ! 数で勝負するんだな!)」


 ケルベロスのクラが、久我の意図を察して尻尾を激しく振った。


「プルルルッ!(みんなで、団結!)」


 陽菜の肩に乗ったスラちゃんも、ポンポンと跳ねて賛同する。


「ニャ~オ(ふふっ、久我はんも悪よのぅ。……ほな、そういう『地回り』の仕事は、ウチの出番っちゅうわけやね)」


 ケットシーのコトが、シルクハットを指で弾き、悠然と前に進み出た。

 彼女は古老を見上げ、猫特有のしなやかな動作で一礼した。


「ニャ~オ(大家はん。あんさんの足元に隠れとる『店子たなこ』たち、ちょっと借りますで。ウチがビシッとまとめ上げたりますわ)」


『……ケットシーか。よかろう。我の眷属たちを好きに使うがよい』


 古老が許可を与えると、コトは水晶の洞窟の奥、暗闇に向かって鋭い鳴き声を上げた。


「ミャァァァァーッ!!(あんたら、いつまでコソコソ隠れとるんや! 大家はんの危機やで! 全員面ィ出さんかい!)」


 その声は、ただの猫の鳴き声ではない。魔物社会における「上位者(顔役)」としての、圧倒的な威圧感とカリスマを帯びていた。


 ゴソゴソ、ゾロゾロ……。


 暗闇の中から、無数の光る目が現れた。


 岩の体を持つロックゴーレム、地脈の魔力を吸って生きる巨大なモグラの群れ、水晶の羽を持つ蝙蝠たち。いずれも古老の恩恵を受けてこの地下に住まう、低〜中級の魔物たちだ。


 彼らは怯えたように、しかしコトの威圧感に逆らえず、広場へと集まってきた。


「ゴゴゴ(お、お前、地上の猫だろ。俺たちに何の用だ……?)」


 リーダー格らしき大きなロックゴーレムが、警戒しながら前に出る。


「ニャ~オ(あんたら、このままやと地上の人間どもに家を潰されて、ミンチにされるで。……せやけど、ウチの『久我はん』に従えば、三食昼寝付きの安全な暮らしを保証したるわ)」


 コトは煙管の先で久我を指し示した。


「ニャ~オ(やることは一つや。あんたら全員で『組合』を作って、ここに住む権利を主張するんや。ウチが組合長トップとして、人間どもからあんたらのナワバリを守ったる)」


「キャン!(俺も副組合長だ! ボスの言うことを聞かない奴は、俺が噛み付くぞ!)」


 クラがコトの横に並び、牙を剥いて威嚇した。


「プルルッ!(私もいるよ!)」


 スラちゃんも巨大化して威嚇(?)のポーズを取る。


 猫と子犬とスライム。

 見た目は愛らしいが、彼らから放たれる「久我ソリューションズ」仕込みの謎のプレッシャーに、地下の魔物たちは完全に気圧されていた。


「ゴゴゴ……!(わ、わかった! あんたらに従う! 俺たちの家を守ってくれ!)」


 ロックゴーレムが膝をつくと、他の魔物たちも一斉に平伏した。


 地下空間に、数百匹規模の「魔物の労働組合」が誕生した瞬間だった。


「お見事です、コト、クラ、スラちゃん」


 久我は満足げに頷き、タブレットを操作した。


「これで『新宿大深度地下・住民自治会』が発足しました。……さて、彼らの総意を証明する『委任状』を作成しましょう」


 久我はタブレットと連携する小型の魔導プリンタを取り出し、その場で『交渉権委任状』を打ち出した。


「さあ、皆さん。この書類に、手形や足跡、あるいは魔力の痕跡を残してください。これが、あなた方の命と家を守る『盾』になります」


 陽菜がインクパッドを用意し、魔物たちが次々と列を作って書類に肉球や岩の手を押し当てていく。

 そのシュールな光景を、古老は水晶の目を瞬かせながら見下ろしていた。


『……人間の小僧。お前、本当にただの事務屋か? 我の長い寿命の中でも、これほど奇妙で、そして理にかなった戦い方をする者を見たことがない』


「お褒めにあずかり光栄です。暴力はコストがかかりますからね。書類一枚で勝てるなら、それに越したことはありません」


 久我は、魔物たちのサイン(手形)がびっしりと埋まった委任状をファイルに綴じ、アタッシュケースに厳重に保管した。


「……佐藤君。聞こえますか」


『はいはい、聞いてましたよ。魔物の労働組合結成なんて、歴史上初じゃないですかね。……で、次はどうします?』


「地上に戻り、ゼネコンの社長と、東京都の責任者を『交渉のテーブル』に引き摺り出します。……先ほどの古老殿の浄化データと、この委任状を持ってね」


 久我は崩落した大穴の上、一筋の光が差し込む地上の景色を見上げた。


「行政のトップに、コンプライアンスの何たるかを教育して差し上げましょう。……皆さん、撤収します」


「はいっ!」


 陽菜が元気よく答え、クラが先導するように走り出す。

 古老と地下の魔物たちに見送られながら、久我一行は圧倒的な『法的根拠』を武器に、人間の待つ地上へと帰還していく。


 武力衝突を回避するための最強の盾、「住民自治会」が結成された。

 次なる戦場は、血の流れない、しかし最も過酷な「契約交渉」の場である。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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