表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/85

第76話:未払い賃金の立て替えと、遠隔の聖女


 水晶の洞窟に、張り詰めた沈黙が下りた。


 新宿の大深度地下を支配する古老は、巨大な瞳を細め、足元の久我良平を値踏みするように見下ろしている。


『……面白い人間の小僧だ。契約の概念を理解し、我に「実利」を説くか』


 古老の思念波が、先ほどまでの怒気を僅かに潜め、興味の色を帯びた。


『だが、小僧。百三十年だ。江戸の世から途絶えた「清め」の儀式と、蓄積した地脈の淀み。……我の体は、限界に近い。今からチマチマと家賃マナを払われたところで、この怒りと痛みは収まらんぞ』


 古老が身震いすると、その岩と大樹で構成された巨体から、どす黒い瘴気のようなものが吹き出した。


「きゃっ……! な、何これ、息が……!」


 結城陽菜が喉を押さえて咳き込む。


「プルルルッ!(毒だ! 悪いガスが出てる!)」


 スラちゃんが陽菜の顔を覆うように薄く広がり、簡易的なガスマスクの代わりを果たした。


「キャン、バウッ!(ボス! このデカブツ、腹の中にすっげぇ悪いモン溜め込んでる! これじゃ話どころじゃねぇぞ!)」


 クラが前足を突っ張り、毛を逆立てて警告する。


「ニャ~オ(こらアカン。結城はん、久我はんの後ろに下がりなはれ。地脈の『ストレス』が実体化しとるわ)」


 コトがシルクハットを深く被り直し、杖(煙管)を構えた。


 久我はアタッシュケースを盾のように構え、冷静に古老を見上げた。


「なるほど。長年の不当な契約放置により、貴殿の心身に深刻な『労働災害』……いや、環境被害が生じているわけですね。……誠に遺憾です」


『遺憾で済むか! 我の怒りを鎮めたくば、今すぐこの淀みを清めてみせよ! できぬなら、やはりこの街ごと……』


「できますよ。我々は、トラブル解決の専門業者プロですから」


 久我はスーツの内ポケットから、佐藤がセットアップした専用の通信端末を取り出した。


「佐藤君、聞こえていますか」


『……バッチリです、久我さん。そっちの地下深度、電波は死んでますが、僕が敷いた魔力通信バイパスなら遅延ゼロです。……で、デカいのが怒ってますね』


 端末のスピーカーから、佐藤の呑気な声が響く。


「ええ。大家さんが『溜まったゴミを今すぐ片付けろ』と仰っています。……エレナ室長、ガル主任、出番です」


『はいっ、久我さん! 準備はできています!』


 通信越しに、コンプライアンス室長・エレナの凛とした声が聞こえた。


 事務所に残った彼女たちは、ただ留守番をしていたわけではない。久我はこの事態を予測し、事前に「ある仕掛け」を準備させていたのだ。


「ガル主任。事務所の基礎に繋いだあなたの魔力パスを、地下の地脈に直結させてください。そこを導線として、エレナ室長の『浄化の魔力』を現場へ転送ダウンロードします」


『……御意! 我が魔核コアの全出力をもって、エレナ様の御力を地下の底までお届けします!』


 ガルの力強い返答と共に、通信端末が青白く発光し始めた。


「さあ、エレナ室長。ギルドに搾取されるための力ではない、あなた自身の意志で……顧客の苦情クレームを解決するための力を!」


『……行きます! コンプライアンス室長、業務開始します!』


 カッ……!!


 久我の持つ端末から、目も眩むような純白の光が溢れ出した。それは、かつて新宿の結界をたった一人で維持していた「本物の聖女」の魔力。

 しかし、以前のような悲壮感や痛みに満ちたものではない。温かく、力強く、そして「労働の対価」として真っ当に振るわれる、清浄な光だった。


 光は洞窟全体に広がり、古老の体から吹き出していたどす黒い瘴気を、まるで朝日に溶ける霜のように浄化していく。


『……おお……おおおっ……!』


 古老が驚愕の声を上げた。

 百三十年間、誰も手入れをしてくれなかった地脈の澱みが、信じられない速度で洗い流されていく。岩と樹皮の隙間から、美しい水晶の輝きが戻っていく。


『この清らかなマナ……。江戸の世にいた、当代一の巫女にも劣らぬ……いや、それ以上に心地よい……! お前たち、一体何者だ……!』


 痛みが引き、古老の怒気が急速に萎んでいく。

 久我は端末をアタッシュケースにしまい、再び眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ただの事務屋ですよ。……今の浄化は、我々『久我ソリューションズ』からの、未払い賃料の一部立て替え(前払い)です。少しは、話を聞く気になりましたか?」


『……フン。小賢しい人間どもめ。だが……悪くない。我の痛みを見事に退けたその手腕、見事である』


 古老はゆっくりと巨体を伏せ、久我たちと同じ目線になるように頭を下げた。


『よかろう、小僧。我の怒りは、ひとまず鉾を収めてやる。……それで? お前は我に、どんな「実利」をもたらすというのだ』


「キャン!(よし! デカブツが話を聞く気になったぞ! ボスのすっげぇ交渉術の始まりだ!)」


 クラが誇らしげに胸を張り、陽菜も安堵の息を吐いてスラちゃんを撫でた。


「ニャ~オ(さすが久我はんや。これでようやく、本題ビジネスに入れるっちゅうわけやね)」


 久我は再びタブレットを操作し、新たな契約書のフォーマットを空中に投影した。


「ゼネコンの掘削工事は中止させません。彼らには莫大な資本があり、それを無駄にするのは経済的損失です」


『何だと? 我の頭上でまた鉄のモグラを這わせるというのか!』


「ご安心を。ルートを変更させ、貴殿の居住区画を『不可侵特区』として行政に登記させます。さらに、再開発によって生み出される地下街の膨大なマナを、貴殿への『定期的な家賃』として自動的に供給するシステムを構築する。……名付けて『新宿地下・人間と魔物の共生特区プロジェクト』です」


 久我の提案に、古老は水晶の目を丸くした。


「貴殿はただ寝ているだけで、豊富なマナと快適な環境が手に入る。人間側は、貴殿の存在を『新宿の守護神(インフラの要)』として扱うことで、地震や魔力災害から街を守れる。……完璧な、ウィン・ウィンの契約です」


『……我を、人間の街の守護神にするだと……?』


「ええ。ただし、これには一つだけ問題があります」


 久我は空中に投影された契約書の「甲」と「乙」の欄を指差した。


「人間側の代表として、この契約書にサインする『責任者』を引っ張り出さなければなりません。……ゼネコンの社長と、東京都の責任者トップをね」


 久我の口元に、冷徹で事務的な笑みが浮かんだ。

 大地の主の機嫌は直した。

 次は、無知で傲慢な「地上の人間たち」に、法律と契約の恐ろしさを叩き込む番だ。


 聖女の遠隔浄化により、古老との和解は成立。

 久我ソリューションズの矛先は、再び地上へと向かう。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ