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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第75話:陥没事故現場と、大地の古老


 新宿駅地下、大深度再開発プロジェクト第4工区。

 普段は最新鋭のシールドマシンが稼働し、無数の作業員が行き交う巨大な地下空間は、今や見る影もなく崩壊していた。


 剥き出しになった鉄筋、ひしゃげた重機、そして天井から絶え間なく降り注ぐ土砂。非常用電源の赤いランプだけが、もうもうと立ち込める粉塵を不気味に照らし出している。


 避難誘導を終え、完全武装で現場を封鎖している機動隊員たちの制止を振り切り、久我良平の一行は堂々と崩落現場の最深部へと足を踏み入れた。


「こ、こら! 一般人は立ち入り禁止だ! ガス漏れの危険もあるんだぞ!」


 警備員が声を張り上げるが、久我は歩みを止めず、アタッシュケースから一枚の名刺と、タブレットの画面を提示した。


「久我ソリューションズの久我です。国土交通省および東京都都市整備局からの『特例調査依頼』に基づく、緊急の現場検証および……トラブルシューティングに参りました」


「と、特例調査……?」


 警備員がタブレットに表示された(佐藤が偽造した完璧な)デジタル通行許可証を見て、言葉を詰まらせる。


「ええ。あなた方の雇い主であるゼネコンが、地下の『地権者』と重大な契約違反を起こしている可能性があるためです。……道を開けなさい。これ以上騒がせると、違約金が天文学的な数字になりますよ」


 久我の放つ、有無を言わせぬ事務的な圧に押され、警備員たちは思わず道を開けてしまった。


 一行は土砂を乗り越え、ぽっかりと開いた巨大な大穴――シールドマシンが床をぶち抜いて形成された、未知の空洞へと降りていく。


「……うわぁ、魔力の濃度が地上の比じゃないです。息苦しい……」


 結城陽菜が、胸元を押さえて顔をしかめた。彼女の肩に乗ったスライムのスラちゃんも、「プルル……(空気が重い)」と縮こまっている。


「ニャ~オ(結城はん、しっかりしいや。ここはもう、人間の住処やない。神代から続く、本物の『異界』やで)」


 ケットシーのコトが、普段の軽口を潜め、シルクハットを押さえて周囲を警戒する。


「キャン、バウッ!(ボス! この下だ! すっげぇ怒りの匂いがする!)」


 ケルベロスの幼体であるクラが、大穴の底に向かって唸り声を上げた。


「ええ、分かっていますよ。……さあ、大家さんにご挨拶と行きましょう」


 久我は眼鏡の位置を直し、崩れた岩肌を滑り降りた。

 大穴の底に広がっていたのは、新宿の地下とは思えない、巨大な地底湖と水晶の洞窟だった。

 だが、その美しい光景を堪能する余裕はなかった。


 ズズン……ッ!


 地底湖の水面が爆発するように盛り上がり、中から巨大な質量が姿を現したからだ。

 それは、岩と大樹が融合したような、異形の龍だった。


 全身を苔と水晶で覆われ、ビル一つ分はあろうかという巨体。その四肢は大地に深く根を下ろし、呼吸をするたびに新宿全土が微小な地震を起こしている。


 古老(エンシェント・ドラゴン級)。


 以前で遭遇したストームドラゴンのような「空の覇者」とは違う。純粋な質量の暴力と、大地そのものを操る「地脈の主」だ。


『……人間ども……。また、我の眠りを妨げるか……!』


 古老の咆哮が、直接脳を揺さぶるような思念波となって響き渡る。


『百三十年。百三十年もの間、契約の更新もせず、供物も絶やし……挙げ句の果てに、鉄のモグラで我の寝床を穿つとは……! 恩知らずの羽虫どもめ、この地ごと沈めてくれるわ!』


 古老が巨大な前足を振り上げる。それが地面に叩きつけられれば、新宿駅周辺は完全に陥没し、未曾有の災害となるだろう。


「ひっ……!」


 陽菜が悲鳴を上げそうになるのを、久我が手で制した。


「……クラ。そして、コト。私の声を彼に届けてください」


「キャン!(任せろボス! おいデカブツ! 俺のボスが話があるってよ!)」


 クラが果敢にも、自分より何千倍も巨大な龍に向かって吠え立てる。


「ニャ~オ(はいな、久我はん。音響拡声の魔術、いっちょ上がりや)」


 コトが杖のように煙管を振ると、久我の周囲に不可視のメガホンが形成された。


「初めまして、地主殿オーナー。私は久我ソリューションズ代表の久我と申します。本日は、貴殿が被られた『騒音被害』および『契約不履行』に関する謝罪と、和解交渉に参りました」


 久我の冷静で通る声が、洞窟全体に響き渡った。


『……謝罪、だと……?』


 古老の振り下ろそうとしていた前足が、ピタリと止まる。


 巨大な水晶の瞳が、足元の小さな人間――久我良平をギロリと睨みつけた。


『たかが人間の分際で、この我と対等に口を利く気か。……我の怒りは、そんじょそこらの供物カネで収まるものではないぞ!』


「ええ、承知しております。百三十年間の契約未更新。これは借地借家法に照らし合わせても、完全な貸主(貴殿)側の権利侵害です。……我々人間側に、重大な過失があることは否定しません」


 久我はアタッシュケースを開き、タブレットを取り出した。


「ですが、貴殿がここで暴れ、新宿という都市を破壊すれば、貴殿自身も『地脈の淀み』を浄化する手段を永遠に失うことになります。……江戸の昔、人間と結んだ契約の本来の目的は、それだったはずです」


 古老の瞳が、僅かに見開かれた。


『……小僧。なぜ、その契約を知っている』


「私は事務屋ですから。過去の帳簿を洗うのは得意なのです」


 久我はタブレットの画面――江戸時代の『借地更新の覚え書き』のデータを、コトの魔術で空中に大きく投影した。


「貴殿は、都市が発する『人間の活力マナ』を食べて生きている。だからこそ、人間の街が上にあることを許容してきた。……違いますか?」


『…………』


 古老は沈黙した。図星だった。


「ゼネコンの無礼な掘削工事については、私が責任を持って即時停止させます。そして、滞納された百三十年分の『更新料マナ』も、法的な手続きに則って支払う用意がある」


 久我は眼鏡のブリッジを押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「どうですか、大家さん。建物を壊して借地人を追い出すよりも、溜まった家賃を回収し、さらに家賃を値上げして再契約する方が、貴殿にとっても『実利』があるとは思いませんか?」


 静まり返る水晶の洞窟。


 圧倒的な力を持つ太古の龍に対し、一人のスーツ姿の男が「不動産交渉」を挑んでいる。

 陽菜は息を呑み、クラは尻尾を振って事の成り行きを見守っていた。


 新宿の存亡を懸けた、前代未聞の契約更新手続きが始まろうとしている。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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