第73話:大深度の激震と、怒れる地下の声
ギルド本部から莫大な慰謝料と未払い賃金を勝ち取り、久我ソリューションズにはかつてないほどの平穏と、潤沢な活動資金がもたらされていた。
会社名が変わった久我コンテナ・フォートレスの内部では、最新鋭の空調設備が快適な室温を保ち、コンプライアンス室長のエレナが、新調したデスクで書類の整理に勤しんでいる。
だが、その平和な午後のティータイムは、唐突に足元から突き上げるような暴力的な揺れによって破られた。
ドゴォォォォォン……ッ!!
「きゃあっ!?」
結城陽菜がバランスを崩し、床にへたり込む。
「プルルッ!?(こわい、こわい!)」
スライムのスラちゃんが、驚いて陽菜の頭の上に飛び乗り、スライム状の体を平たくしてしがみついた。
プレハブとコンテナを結合させた事務所が軋み音を立てるが、壁と同化するように立っていた警備主任のガルが、瞬時に魔力を放った。
「……皆さま、ご安心を! わたしの体が防壁となります!」
ガルの強固な魔力コーティングにより、建物の揺れがピタリと収まる。
だが、窓の外に見える新宿の高層ビル群は、不気味なほど大きく横揺れを続けていた。
「キャン、バウバウッ!!(ボス! 地面の下で誰かがすっげぇ怒鳴ってるぞ! 後輩、俺の後ろに隠れてろ!)」
ケルベロスの幼体であるクラが、床のフローリングに向かって必死に吠え立てた。彼には地震の揺れよりも、地下から響いてくる「声」が聞こえているようだ。
「……誰かが、怒鳴っている?」
久我良平は、こぼれそうになったコーヒーカップを冷静に置き、デスクの奥にいる佐藤に声をかけた。
「佐藤君、震源地の特定を。自然地震ですか?」
「……いえ、違います。気象庁のデータとギルドの魔力観測網をハックしましたが……震源地はピンポイントです」
佐藤が猛烈な勢いでキーボードを叩き、メインモニターに新宿周辺の3Dマップを表示させた。
「新宿駅の真下、地下深度二百メートル。現在進行中の『新宿アンダーグラウンド再開発プロジェクト』の第4工区付近です。……活断層のズレじゃありません。局所的な、超高密度の魔力爆発です」
「再開発プロジェクト……確か、大手ゼネコンが主導している、新宿駅の地下をさらに掘り下げる巨大インフラ工事でしたね」
エレナが、テレビの電源を入れた。
ニュース番組は既に臨時放送に切り替わり、ヘリコプターからの空撮映像が流れている。新宿駅周辺の道路が一部陥没し、立ち昇る土煙と、避難する人々の混乱した様子が映し出されていた。
『速報です。本日午後、新宿駅地下の再開発工事現場にて、大規模な崩落事故と原因不明の局地的な地震が発生しました。作業員数名が負傷し、現場は現在、厳戒態勢が敷かれています……』
その映像を見つめながら、陽菜の顔色がみるみるうちに青ざめていった。
「……久我さん。クラちゃんの言う通りです。地下に……すごく大きくて、恐ろしい『何か』がいます」
現場調査員であり、テイマーとしての直感を持つ彼女の体が、小刻みに震えている。
「ただの魔物じゃないです。私たちが普段相手にしているような、FランクやEランクの野良魔物なんかと比べ物にならない……もっと古くて、巨大な……」
「ニャ~オ(結城はんの言う通りや。久我はん、こいつは厄介やで。地下の地脈そのものが怒り狂っとる。ただの寝起きのご機嫌斜めっちゅうレベルやないわ)」
キャットタワーの上に避難したコトが、尻尾の毛を逆立てて窓の外を睨んだ。
久我は手帳を取り出し、状況を整理し始めた。
「……なるほど。ゼネコンの掘削機が、地下深くで『触れてはいけないもの』の逆鱗に触れた、というわけですか」
「久我さん、悠長なこと言ってる場合ですか! これ、新宿全体が沈むかもしれないレベルですよ!」
佐藤が焦った声を出すが、久我の表情には、恐怖ではなく冷徹なビジネスマンの光が宿っていた。
「佐藤君。巨大なインフラ工事がストップするということは、一日あたり数千万、あるいは数億円単位の損害が発生するということです。そして、彼らが雇っているであろう通常の護衛(傭兵)では、その『巨大な何か』に対処できなかったからこそ、被害が地上に及んでいる」
久我は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ニヤリと笑った。
「つまり、開発業者は今、喉から手が出るほど『トラブルシューター』を求めているはずです。……これは、特大のビジネスチャンスですよ」
「……相変わらず、ブレないですね、久我さんは」
エレナが少しだけ呆れたように、しかし頼もしげに微笑んだ。
彼女はコンプライアンス室長として、すかさずタブレットを操作し、関連法規の検索を始める。
「久我さん。大深度地下の利用に関しては、『大深度地下の公共的使用に関する特別措置法』が適用されますが、もしそこに未知の知的魔物が存在していた場合、所有権や立ち退きの法的な前例はありません」
「その通りです、エレナ室長。前例がないなら、我々が作ればいい」
久我は佐藤のデスクに歩み寄った。
「佐藤君。ゼネコンの工事計画書だけでなく、あの土地の『地歴』を調査してください。明治、江戸……いや、可能であればそれ以前まで遡って。土地の登記簿に載っていない『裏の契約』が存在するはずです」
「……了解。国会図書館のデジタルアーカイブと、古文書のデータベースを漁ってみます。……って、また徹夜ですか!」
「残業代は弾みますよ。慰謝料が入りましたからね」
久我はアタッシュケースを手に取り、振り返ってメンバー全体を見渡した。
「結城さん、クラ、コト。現場調査の準備を。ガル主任とエレナ室長は、事務所の防衛と後方支援をお願いします」
「キャン!(任せろボス! そのデカい声の主に、俺が文句を言ってきてやる!)」
「プルルッ!(私も行く!)」
クラが吠え、スラちゃんが陽菜の肩で弾んだ。
「単なる害獣駆除ではありません。クラの言う通り、地下の住人が『怒鳴っている』のであれば、これは……『騒音トラブル』、あるいは『立ち退きトラブル』です」
久我はスーツの襟を正し、静かに宣言した。
「久我ソリューションズとして、この特大の『苦情』を受理します。……さあ、大地の大家さんに、ご挨拶に伺いましょうか」
ギルドとの戦いを終えた一行を待っていたのは、新宿という都市の根幹を揺るがす、古き大地との契約闘争の始まりだった。
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次回お楽しみに。




