第66話:重装歩兵の壁と、石像のタックル
地下五階の冷たい通路に、地響きのような足音が近づいてくる。それは、先ほどの警備員たちとは明らかに質量が違っていた。
現れたのは、全身を黒い魔導合金で覆った、身長二メートルを超える巨漢たちだった。その数、六名。彼らは通路の幅いっぱいに広がり、巨大なタワーシールド(大盾)を構えて壁を作っていた。
ギルド本部直属の「特別鎮圧部隊」。対魔物戦ではなく、対テロリストや要人警護を専門とする、人間相手の戦闘のエキスパートだ。
「……対象を確認。聖女を確保し、侵入者は即時排除せよ」
隊長の無機質な声と共に、盾の隙間からスタンロッド(電撃警棒)が突き出される。その先端では、致死量に近い高圧電流がバチバチと青白い火花を散らしていた。
久我良平は、アタッシュケースを小脇に抱え直し、冷静に分析した。
「……ふむ。装備の総額だけで、中小企業の年間予算を超えそうですね。そのコストを、なぜ聖女エレナ氏の福利厚生に回さなかったのですか?」
久我の皮肉は、分厚いヘルメット越しの彼らには届かない。
「総員、突撃!」
号令一下、鋼鉄の壁が迫ってくる。狭い通路での密集陣形。逃げ場はない。
「くっ……! 正面から来るなら!」
結城陽菜がモップを構えて前に出る。だが、久我がそれを手で制した。
「結城さん、下がっていなさい。あなたのモップでは、あの合金盾は貫通できません」
「でも、どうするんですか!?」
「簡単な物理学です。質量には質量をぶつければいい」
久我は、背後に控える巨影に視線を送った。
「ガーゴイル様。あなたの新しい翼と、佐藤君が調整した出力。……試運転にはちょうど良い相手です」
「……承知」
ガーゴイルが、腕の中のエレナを庇うように抱き寄せ、低く身を沈めた。
その背中の「光の翼」が、カッと眩い輝きを放つ。
「ガァァァァッ!!」
咆哮と共に、石像が弾丸のように飛び出した。
その加速は、巨体に見合わぬ凄まじいものだった。佐藤が施した魔力ブーストにより、瞬発力が三倍に跳ね上がっているのだ。
「なっ……衝撃に備えろ!」
鎮圧部隊が盾を構えて防御体勢を取る。だが、無駄だった。
ドォォォォォン!!
トラックが衝突したような轟音が響き渡る。
先頭にいた二名の兵士が、盾ごと吹き飛ばされ、後続の仲間を巻き込んでボウリングのピンのように転がった。
「うぐぁっ!?」
「バ、馬鹿な……! 重装甲シールドが凹んだだと!?」
隊長が驚愕の声を上げる。
ガーゴイルは止まらない。彼はエレナに指一本触れさせることなく、その鋼鉄のような肩で敵陣を強引にこじ開けた。
「……道は、開けました……。久我殿、先へ!」
「ええ、お見事です。修理費をかけた甲斐がありました」
久我は倒れた兵士たちの間を縫うように歩き出した。
CTOの佐藤がPCを抱えて続く。
「うわぁ、ペシャンコだ。……これ、労災降りるのかな」
「ニャッ、ハッ!(同情してる暇あらへんで。次が来るわ!)」
ケットシーのコトが警告した通り、通路の奥から増援の兵士たちが現れる。今度は遠距離から魔導ライフルを構えている。
「射撃用意! 聖女に当てるなよ! 周りの男だけを狙え!」
無数の赤いレーザーサイトが、久我たちの体に集中する。
「……厄介ですね。ガーゴイル様はエレナ氏を守るのに手一杯だ」
久我は眼鏡の位置を直し、足元を見た。
「クラ。君の出番です。『かく乱』をお願いします」
「キャン!(任せろボス! あいつらの目を回してやる!)」
ケルベロスの幼体、クラが影となって疾走した。彼は小さい。そして速い。
兵士たちが引き金を引こうとした瞬間、クラは壁を蹴り、天井を走り、予測不能な軌道で彼らの懐に飛び込んだ。
「うわっ!? なんだこの犬!」
「足元だ! 撃て!」
ダダダッ!
銃声が響くが、クラは既にそこにはいない。
「バウッ!(ここだぜ!)」
クラが兵士のヘルメットに飛び乗り、バイザー部分をガリガリと引っ掻いた。
「み、見えない! 前が見えない!」
視界を奪われた兵士がパニックになり、味方に向けて発砲してしまう。
「やめろ! 撃ち方やめ!」
混乱する敵陣。その隙を突いて、陽菜とコトが突撃する。
「えいっ! スラちゃん、いくよっ!」
陽菜のモップが正確に兵士の関節を捉え、電撃を流し込む。
「ニャ~オ(おやすみやす)」
コトは吹き矢のように針を飛ばし、装甲の継ぎ目から麻酔薬を注入していく。
久我ソリューションズの連携は完璧だった。
物理攻撃、速度かく乱、精密打撃(陽菜&コト)、そして全体指揮(久我)。
彼らは立ち止まることなく、地下通路を駆け抜けていく。
「……久我さん、この先です! 業務用エレベーターがあります!」
佐藤が前方を指差した。
突き当たりには、大型貨物搬入用の巨大なエレベーターがあった。これならガーゴイルの巨体も余裕で入る。
だが、その操作パネルは赤く点灯し、『緊急ロック中』の文字が表示されていた。
「……またロックですか。佐藤君、解除時間は?」
「さっきより複雑です! 物理的に回線を切断されてる! ……くそっ、直結してバイパスを通すには三十秒かかります!」
佐藤がパネルのカバーを外し、ケーブルを引きずり出す。
「三十秒、ですか」
久我は背後を振り返った。
倒したはずの鎮圧部隊が、よろよろと立ち上がり、無線で増援を呼んでいる。さらに、通路の奥からは新たな足音が聞こえてくる。
「……私が時間を稼ぎます。皆さんはエレベーターの中で待機を」
「えっ? 久我さん一人で!?」
陽菜が驚く。
「ご心配なく。私は『交渉』のプロです。……それに、ここには『最強の武器』がありますから」
久我は不敵に笑い、アタッシュケースからある物を取り出した。
それは武器ではない。先ほどガーゴイルが突き破った、聖女エレナが監禁されていた『特別霊安室』の内部映像を記録した、SDカードだ。
「……おい、お前ら! 止まれ!」
追ってきた兵士たちが、久我を取り囲むように銃を構えた。だが、久我は両手を上げるどころか、胸ポケットからスマートフォンを取り出し、壁面の巨大モニター(館内放送用)に接続した。
「全館放送システムへの割り込み(ハック)承認。……さて、ギルド職員の皆様」
久我がマイクに向かって、朗々とした声を響かせた。
『ただいま、地下五階にて発生しております騒動について、ご説明いたします。……ご覧ください。これが、あなた方が崇める聖女エレナ氏の、真の姿です』
ザザッ……!
館内の至る所にあるモニターに、あの惨たらしい実験室の映像が映し出された。
カプセルの中で管に繋がれ、痩せ細った聖女の姿。地上階のロビー、オフィス、休憩室。映像を見た職員たちから、悲鳴と動揺の声が上がる。
「な、なんだあれ……エレナ様?」
「嘘だろ……あんな酷いことされてたのか?」
「病気療養中じゃなかったのかよ!」
久我は、目の前の兵士たちが動揺しているのを見逃さなかった。
「……兵士諸君。あなた方は『正義』のために戦っているつもりでしょう。ですが、あなた方が守っているのは、一人の少女を食い物にする『悪魔のシステム』です」
久我の声が、冷たく、そして重く響く。
「この映像は、現在リアルタイムでネット上にも拡散されています。……さあ、どうしますか? これ以上、我々を妨害すれば、あなた方も『共犯者』として全世界に顔が晒されますよ」
兵士たちの銃口が下がった。
彼らもまた、人間だ。聖女を敬い、守りたいと思っていた者たちだ。その真実を突きつけられ、戦意を維持できるはずがなかった。
「……隊長。俺たち、何を……」
一人の兵士が呟く。その時、背後で「ピンポーン」という音が鳴った。
「久我さん! 開きました! 乗ってください!」
佐藤の声だ。久我は兵士たちに一礼し、悠然と踵を返した。
「賢明な判断に感謝します。……では、失礼」
彼がエレベーターに乗り込むと同時に、扉が閉まる。
中では、全員が安堵の息を吐いていた。
ガーゴイルの腕の中で、エレナが薄く目を開けた。
「……すごい……。たたかわずに、かちました……」
久我は汗一つかいていない顔で、眼鏡を直した。
「戦いましたよ。……『情報』という名の弾丸でね」
エレベーターは急上昇を始める。目指すは地上。あるいは、屋上のヘリポートか。だが、ギルドの上層部もこのまま黙ってはいないだろう。
脱出劇は、いよいよクライマックスへ。
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次回お楽しみに。




