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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第60話:帰路の決意と、新宿のネオン



 神去村の朝霧が晴れる頃、黒塗りのミニバンは出発の準備を整えていた。

 トランクには、行きよりも遥かに多い荷物が詰め込まれている。その大半は、結城源蔵と松子が持たせてくれた「自家製野菜」と「漬物樽」、そして権田が詫びの印として持ってきた「山のキノコ」だった。


 玄関先では、結城家の両親が見送りに立っている。


「……久我さん。本当に世話になったな。あんたのおかげで、村の空気も少し変わりそうだ」


 源蔵が、太い腕組みをしながら言った。その表情は、到着時の険しさとは別人のように穏やかだ。


「いいえ、お父様。我々は契約に基づき、環境改善ソリューションを提供したに過ぎません。……それに、報酬としての野菜は、我が社の福利厚生を大いに潤してくれますから」


 久我良平は、完璧な所作で一礼した。

 その横で、CTOの佐藤がげんなりした顔でPCバッグを抱えている。


「……久我さん、早く出ましょう。この村のWi-Fi速度には感謝しますが、僕の体はもう5Gの電波を欲しています」


「佐藤君、君は少しデジタルデトックスが必要ですね。……ですが、今回の通信インフラ改善業務は評価に値します」


 久我は苦笑しながら、助手席のドアを開けた。後部座席では、結城陽菜が母親と最後のお別れをしていた。


「お母さん、元気でね。またお正月には帰るから」


「ええ、陽菜も体に気をつけてね。……あの社長さん、少し変わってるけど、悪い人じゃなさそうだから。しっかり働くのよ」


「うん! 任せて!」


 陽菜が満面の笑みでVサインを作る。

 その足元では、ケルベロスの幼体であるクラが、名残惜しそうに庭の土を嗅いでいた。


「キャン……(ボス、この土の匂いともお別れか。悪くない縄張りだったぞ)」


「クラ、感傷に浸る時間は終わりです。乗車しなさい」


 久我の指示が飛ぶと、クラは「ワン!(了解だボス! 次はどのダンジョンを征服する?)」と元気よく車に飛び乗った。


 ケットシーのコトも、シルクハットを直しながら優雅に乗り込む。


「ニャ~オ(ほな、お父はん、お母はん。達者でな。天ぷら、最高やったで)」


 コトが手を振ると(猫が前足を振っているようにしか見えないが)、両親は目を細めて見送った。


 エンジンがかかり、ミニバンが静かに砂利道を進み始める。バックミラーの中で、小さくなっていく両親の姿。

 陽菜はそれが見えなくなるまで、窓から手を振り続けていた。



 帰りの車内は、行きとは違う空気が流れていた。緊張感や余所余所しさは消え、一つの大きな仕事を成し遂げたチーム特有の、心地よい疲労感と連帯感が満ちている。

 運転席の佐藤が、ハンドルを握りながらバックミラー越しに陽菜を見た。


「……なあ、陽菜」


「ん? 何ですか、佐藤さん」


「お前の実家、悪くなかったよ。ネットは遅いけど、飯は旨いし、空気もいい。……また、ルーターのメンテくらいなら来てやってもいいぞ」


 素直じゃない佐藤なりの、最大限の賛辞だった。

 陽菜は驚いて、それから嬉しそうに笑った。


「ふふっ、ありがとうございます。佐藤さんが野菜をあんなに食べるなんて意外でしたけど」


「うるさい。ビタミン不足を指摘されただけだ」


 佐藤がぶっきらぼうに答える。

 コトは最後部座席で、貰ったマタタビノンアルコールの瓶を抱えて満足げだ。


「ニャッ、フフ(久我はん。今回の慰安旅行、経費以上の収穫やったな。村の祠も直したし、地脈も安定した。これで当分、北関東の魔物事情は安泰や)」


「ええ。コトの交渉術も助かりましたよ。……さて」


 久我はタブレットを開き、溜まっていたメールのチェックを始めた。


「休暇は終わりです。新宿に戻れば、また山積みの案件が待っています。……結城さん、君も覚悟はいいですね?」


 久我に名前を呼ばれ、陽菜は背筋を伸ばした。


「……はい! あの、久我さん」


 陽菜は、少しだけ真剣な表情で久我の背中に話しかけた。


「私、今回の帰省で、ちょっとだけ自信がつきました」


「自信、ですか?」


「はい。今までは、魔物が好きってだけで、何の役にも立たないんじゃないかって思ってました。でも、クラちゃんと一緒に魔物を追い払ったり、お父さんたちを助けたりできて……私にも、できることがあるんだなって」


 彼女の言葉には、以前のような迷いはなかった。

 魔物使い(テイマー)としての才能の片鱗。そして、久我ソリューションズの一員としての自覚。


「……だから、もっと頑張ります。久我さんや佐藤さんの足を引っ張らないように、もっと勉強して、最強の現場調査員になります!」


 その宣言を聞いて、久我はふっと口元を緩めた。彼は振り返らず、タブレットを見たままで答えた。


「足を引っ張る? 認識が間違っていますよ、結城さん」


「え?」


「君は既に、我が社の不可欠な戦力リソースです。君がいなければ、あの頑固な権田氏の心を開くことはできなかったし、クラを制御することも不可能だった。……自信を持つ必要はありません。実績がそれを証明していますから」


 それは、久我なりの最上級の評価だった。

 陽菜の目が潤む。


「……はいっ! ありがとうございます!」


「キャン!(当然だ! 俺の飼育係は優秀なんだぞ! 褒めて遣わす!)」


 クラが陽菜の膝の上で、ふんぞり返るように吠えた。


 高速道路に入り、車は一路、東京を目指す。窓の外の景色が、緑色の山々から、灰色のコンクリートジャングルへと変わっていく。夕暮れの空に、新宿の高層ビル群のシルエットが浮かび上がってきた。


 そこは、無数の欲望と魔力が渦巻く、現代のダンジョン。


「……戻ってきましたね」


 佐藤が小さく呟いた。


「ええ。ここが我々の戦場オフィスです」


 久我が眼鏡の位置を直した。そのレンズの奥には、鋭い光が宿っている。

 田舎での牧歌的なトラブル解決は、あくまで前哨戦に過ぎない。彼らが戻る新宿には、既に新たな火種が燻っていた。


 ギルド本部で倒れた聖女。


 地下深くに眠る古老の鼓動。


 そして、久我ソリューションズを狙う、巨大な組織の影。


 車は料金所を通過し、ネオン輝く街へと滑り込んでいく。


「さあ、仕事の時間ですよ。……陽菜、佐藤君、コト。そしてクラ」


 久我の声が、静かに、しかし力強く響いた。


「未処理のタスクを、片っ端から解決ソリューションしましょう」



 そして物語は、組織の根幹を揺るがす激動の「聖女の救済編」へと加速する。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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