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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第58話:法的勝利と、残された不穏な予兆


 神去村の朝は、都会よりも騒々しい。

 鳥の声、トラクターのエンジン音、そして……結城家の玄関を叩く、無遠慮な拳の音によって、その平和は破られた。


「……結城源蔵! おるか! 村長からの呼び出しじゃ!」


 怒声を上げたのは、村の自警団を名乗る壮年の男たちだった。

 彼らは昨夜の騒ぎを聞きつけ、隣人の権田から「結城家が神域を荒らし、火事を起こそうとした」という一方的な訴えを受けてやってきたのだ。


 居間で朝食の味噌汁を啜っていた佐藤が、げんなりした顔で箸を置いた。


「……朝の七時ですよ。田舎のタイムスケジュールはどうなってるんですか。労働基準法違反だ」


 その向かいで、久我良平は涼しい顔で焼き魚の骨を綺麗に取り除いている。


「佐藤君、郷に入っては郷に従え、です。ただし、従うのは生活リズムだけで十分ですが」


 久我はナプキンで口を拭い、不安そうな顔をしている陽菜とその両親を見た。


「お父様、お母様。動揺なさらないでください。これは想定通りの『召喚状』です」


「だ、だが久我さん。村長の呼び出しを無視したら、この村で生きていけねぇ。水利権を止められたら畑は全滅だ」


 源蔵の手が震えている。


 村八分。


 現代社会では死語になりつつあるが、閉鎖的なコミュニティにおいては、それは社会的抹殺と同義だ。


「ええ。ですから、行きましょう。逃げる必要はありません。……むしろ、向こうから土俵を用意してくれたことに感謝したいくらいです」


 久我は不敵に笑い、アタッシュケースを持ち上げた。


「結城さん、クラ。そしてコト。全員で出席しますよ。これが、神去村における最初の、そして最後の『裁判』です」


「キャン!(ボス、戦いか? あいつらの喉笛を噛み切ればいいのか?)」


 クラが勇ましく吠えるが、久我は「噛むのは書類だけにしてください」と嗜めた。


 村の集会所は、公民館というよりは古い寺のような建物だった。

 薄暗い大広間には、村の有力者である老人たちがずらりと並んで座っている。その最奥、上座に座っているのが村長の田所たどころだ。

 そしてその隣には、昨夜の隣人・権田が、被害者のような顔をして小さくなっていた。


「……結城源蔵。および、東京から来たという余所者たちよ。控えよ」


 時代劇のような口調で、村長が言った。

 源蔵と松子が慌てて畳に頭を下げる。だが、久我たちは立ったままだ。


「……何をしておる。頭が高いぞ」


「失礼。我々は膝に持病がありまして。……それに、ここは法廷ではありません。あくまで対等な話し合いの場と認識しております」


 久我は慇懃無礼に一礼し、持参した折りたたみ椅子を広げて優雅に座った。佐藤も無言でそれに倣い、膝の上にPCを開く。

 その態度に、老人たちがざわめいた。


「なっ……なんだその態度は!」


「静粛に!」


 村長が扇子で畳を叩いた。


「源蔵。権田さんから訴えが出ておる。お前の娘が連れてきた余所者が、神域である裏山に土足で入り込み、神使様を脅して火を放ったとな」


「ち、違います! 火をつけたのはタヌキたちで……!」


 源蔵が弁明しようとするが、権田が遮った。


「嘘じゃ! ワシは見たぞ! その黒い服の男が、魔導具を使って神使様を焼き殺そうとしたんじゃ! 納屋が焦げたのがその証拠じゃ!」


「……ほう。焼き殺そうとした、ですか」


 久我が静かに口を挟んだ。


「権田様。あなたの証言には重大な矛盾があります。もし私が魔導具を使ったのなら、なぜ納屋の柱には『内側から』燃え広がった痕跡があるのですか?」


「そ、それは……お前らが中に入ったからじゃ!」


「いいえ。我々が到着した時、既に火は出ていました。……佐藤君、証拠映像を」


「はい」


 佐藤がPCを操作し、プロジェクターもなしに空中にホログラム映像を投影した。

 薄暗い集会所に、昨夜のドローン映像が浮かび上がる。

 そこには、権田がタヌキたちに餌をやり、興奮したタヌキの尻尾から火の粉が飛び散って納屋に引火する決定的瞬間が映っていた。


「なっ……!?」


 老人たちが息を呑む。


「こ、これは……なんじゃ、この妖術は!」


「妖術ではありません。4K高画質ドローンによる空撮映像です」


 久我は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹な声で告げた。


「村長。この映像が示す事実は二つです。第一に、火災の原因は権田氏による『無許可の餌付け行為』であること。第二に、彼が主張する『神域』なる場所は、客観的にも結城家の私有地であることです」


 久我はアタッシュケースから、法務局から取り寄せた公図(地図)の拡大コピーを取り出し、村長の前に広げた。


「見てください。明治四年の地租改正時に作成された古地図と、現在のGPS測量データを重ね合わせました。権田氏が主張する境界線の岩は、本来の境界線から三メートルも結城家側に食い込んでいます」


「そ、そんな馬鹿な……。昔からあの岩が境目だと……」


「それは単なる『口約束』です。不動産登記法第十四条地図によれば、法的な効力はありません。つまり、権田氏は長年にわたり、結城家の土地を不法占拠していたことになります」


 ざわめきが大きくなる。

 村の秩序である「昔からの決まり」が、外部のデータによって否定されたのだ。

 権田が顔を真っ赤にして立ち上がった。


「黙れ黙れ! 紙切れがどうした! ここは神去村じゃ! 村の掟が法律なんじゃ! 神様の怒りを買えば、村ごと滅びるぞ!」


「神の怒り、ですか」


 久我はため息をつき、今度は別の資料を取り出した。


「権田様。あなたがそこまで『神』や『神使』にこだわるのであれば、別の法律を適用しましょう」


「な、なんじゃ……」


「動物愛護管理法、および特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律です。……あなたは昨夜、あのファイア・ラクーンたちを『自分の管理下にある』と認めましたね?」


「と、当然じゃ! 神使様はワシの家族も同然じゃ!」


言質げんちを取りました」


 久我の目が、獲物を追い詰める狩人のように細められた。


「民法第七百十八条、動物占有者の責任。動物が他人に加えた損害は、その占有者が賠償する責任を負います。つまり、あのタヌキたちが結城家の畑を荒らし、納屋を燃やした損害は、すべて『飼い主』であるあなたが賠償しなければなりません」


「は……はぁ!?」


「佐藤君、損害額の試算を」


「算出済みです。過去五年間の農作物の被害額、納屋の修繕費、および精神的苦痛への慰謝料。……しめて、八百五十万円です」


 佐藤が冷淡に数字を告げた。


「は、八百五十万……!?」


 権田の目が飛び出しそうになる。


「さあ、選んでください権田様。あのタヌキたちは『野生の害獣』ですか? それともあなたの『管理下にあるペット』ですか? 野生なら村として駆除が必要です。ペットなら……全額お支払いいただきます」


 究極の二択。


 神の使いだと主張すれば破産。害獣だと認めれば、自らの信仰を否定することになる。権田はわなわなと震え、言葉を失った。

 村長が、額の汗を拭いながら口を開いた。


「ま、待ちたまえ久我君。何もそこまで事を荒立てなくても……。村には村の和というものが……」


「和、ですか。素晴らしい言葉です」


 ここで、今まで黙っていたケットシーのコトが、するりと村長の横に移動した。


「ニャ~オ(村長はん。和を保つっちゅうのは、弱いもんを泣き寝入りさせることとちゃいますえ)」


 コトが村長の耳元で囁く。もちろん、猫の鳴き声にしか聞こえないが、その魔力的なプレッシャーは確実に伝わっている。


「ひぃっ!?」


「コトはこう言っています。『なあ村長。あんた、今年の選挙、来月やったな? もしこの一件が公になって、村の管理責任が問われたら……再選は難儀やろなぁ』と」


 久我が意訳(という名の脅迫)を付け加えると、村長の顔色が土気色に変わった。

 過疎化が進む村で、外部からの訴訟やスキャンダルは致命的だ。


「……わ、わかった! わかったから!」


 村長は震える手で扇子を置いた。


「今回の件は、権田の行き過ぎた信仰が招いた事故……ということで手打ちにしよう。結城家への補償は、村の積立金から……い、いや、権田に一部負担させて……」


「村長! 見捨てる気か!」


 権田が叫ぶ。


「黙れ権田! 証拠があるんじゃ! お前が火事を起こしかけたのは事実だろうが!」


 村長は保身に走った。田舎の権力構造など、所詮はこの程度のものだ。

 久我は満足げに頷き、あらかじめ用意していた『和解契約書』を差し出した。


「では、ここに署名を。内容は『境界線の確定』『魔物への給餌禁止』そして『結城家への不可侵条約』です。……違反した場合の違約金条項もお忘れなく」


 権田は、鬼のような形相でペンを握りしめ、震える手で署名した。


「……くそっ。覚えておれ……。封印が解かれれば、法律など何の役にも立たんぞ……」


 捨て台詞と共に、権田は集会所を飛び出していった。静まり返った大広間で、源蔵が呆然と呟いた。


「……勝った。村の寄り合いで、俺たちの言い分が通った……」


「ええ。勝ちましたよ、お父様」


 久我は優しく微笑み、契約書をアタッシュケースに収めた。


「これが現代の『魔物退治』です。剣も魔法もいりません。必要なのは、正しいロジックと、少しの勇気だけです」


「キャン!(ボス、あいつ逃げたぞ! 追わなくていいのか?)」


 クラが不満そうに鳴くが、陽菜が「いいのいいの、凄かったねクラちゃん!」と抱きしめた。


 こうして、神去村の裁判は、久我ソリューションズの完全勝利で幕を閉じた。だが、権田が最後に残した「封印」という言葉。

 そして、コトだけが感じ取っていた、裏山の奥から漂う「本物の」魔物の気配。

 書類上の解決だけでは終わらない何かが、この村にはまだ眠っていた。


 


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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