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【2部完結】現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第50話:安全圏の幻想と、廃棄区画のサーバーファーム


 新宿ダンジョン第六層。そこは、表向きには「中級冒険者向けの狩り場」として知られているが、一歩ルートを外れれば、地図にない深淵が広がっている。


 湿った冷気が肌を刺す薄暗い通路を、久我たち一行は進んでいた。


 先頭を歩くのは、巨大なバッグを背負った信二だ。彼は緊張した面持ちで、スマートフォンに表示された地図アプリと、実際の通路を何度も見比べている。


「……おい、兄貴。本当にこっちで合ってるのか? さっきから魔物の気配がしねぇんだけど」


 信二の声が、洞窟の壁に反響して少し震えた。


 彼の背後を歩く佐藤は、歩行中にもかかわらずノートPCを開き、画面上の複雑な波形を監視している。


「合っているよ。魔物がいないのは当然だ。僕が事前にハッキングして、このルート上の監視カメラと魔物除けの結界を誤作動させているからな」


「は? 誤作動?」


「ああ。魔物が寄り付かない『忌避音』を、君には聞こえない周波数で流している。だから君は、剣を一度も抜かずにここまで来られたんだ」


 佐藤は画面から目を離さずに淡々と答えた。


 信二は口をあんぐりと開けた。彼が思い描いていたダンジョン攻略とは、角を曲がるたびに魔物と遭遇し、命のやり取りをするような熱い展開だったはずだ。しかし現実は、兄の指先一つで制御された、ただの散歩道と化していた。


 そのさらに後ろでは、結城陽菜が鼻歌交じりに歩いている。


「ふふーん♪ クラちゃん、ここはちょっと湿気が多いねぇ。毛並みが濡れちゃうから、あとでドライヤーしようね」


「キャン! クゥ~ン( よきかな、よきかな 」


 ケルベロスの幼体であるクラは、ここが危険なダンジョンであることを理解しているのか、少し興奮気味に尻尾を振っていた。だが、陽菜にとっては近所の公園と変わらない認識のようだ。


 最後尾を歩く久我は、アタッシュケースを持ち直し、スーツの袖口を確認した。


「信二さん、目的地まであとどれくらいですか」


「えっと……アプリだと、この先の大広間がゴールだ。『未踏層への入り口』って書いてある」


「なるほど。『未踏層』ですか。聞こえはいいですが、不動産用語で言えばただの『訳あり物件』ですよ」


 久我は冷静に指摘した。


 やがて、一行の目の前に巨大な錆びついた鉄扉が現れた。かつて地下鉄のメンテナンス用通路として使われていた区画の名残だ。


 信二がゴクリと唾を飲み込み、重い扉に手をかける。


 ギギギ……と、不快な金属音を立てて扉が開いた。


「うわ……なんだこれ」


 中から漏れ出したのは、期待していた冒険の匂いではなかった。


 熱せられた金属の臭い、埃っぽいオゾン臭、そして腐った生ゴミのような異臭が混ざり合った、強烈な空気だった。


 広大な空間には、無数のサーバーラックが墓標のように並べられ、それらを冷却するための業務用ファンが轟音を立てて回っている。


 そして、そのサーバーラックの隙間には、数人の人間が力なく座り込んでいた。


「おい! 大丈夫か!?」


 信二が駆け寄る。


 彼らは皆、目立った外傷はないものの、極度の脱水症状を起こしたように肌がカサカサに乾き、虚ろな目で宙を見つめていた。その腕には、点滴のようなチューブが繋がれ、サーバーへと伸びている。


「……魔力欠乏症ですね。重度です」


 遅れて入ってきた久我が、一目で診断を下した。


「魔力欠乏? なんでだよ、ここは安全地帯じゃ……」


「ええ、彼らにとっては安全地帯セーフティゾーンでしょう。ここを一歩も出なくていいのですから」


 久我の視線の先、サーバー群の奥から、数人の男たちが姿を現した。


 薄汚れた作業着を着ているが、その腰には高価な護身用の魔導具をぶら下げている。明らかに、まともな冒険者ではない。


「おいおい、なんだい兄ちゃんたち。ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ」


 リーダー格と思われる男が、ヘラヘラと笑いながら近づいてきた。


 信二が怒りで顔を歪める。


「ふざけんな! 俺は募集を見て来たんだ! 『伝説の武具』はどうした! こいつらは何なんだよ!」


「ああ、武具ね。あるよ、そこに」


 男が顎でしゃくった先には、乱雑に積み上げられた安っぽい鉄の剣と盾があった。リサイクルショップで二束三文で売られているような代物だ。


伝説ゴミの武具だ。おめでとう、これで君も仲間入りだ」


「仲間入りだと……?」


「そうさ。君たちの余りある体力と魔力、それをこのサーバーの動力源として使わせてもらう。最近のマイニングは電気が高くてねぇ。人間ヒューマンバッテリーの方がコスパがいいんだよ」


 男が指を鳴らすと、周囲の影から武装したゴブリンたちが現れた。普通のゴブリンではない。首輪をつけられ、筋肉増強剤でも打たれたかのように肥大化した変異種だ。


「なっ……魔物を飼い慣らしてるのか!?」


「飼い慣らす? 違うな。こいつらも『契約社員』だよ。報酬は君たち新入りの肉だ」


 信二が剣を抜こうとするが、恐怖で手が震えてうまくいかない。


 大学の部活で戦ってきた相手とは、殺気がまるで違う。これはスポーツではない。悪意に満ちた犯罪だ。


「くそっ……!」


 男たちがニヤニヤと笑いながら包囲網を狭める。


 その時だった。


 乾いた足音が、サーバー室の床をコツ、コツと叩いた。


「……少々、換気が悪すぎますね。労働基準法における職場環境の基準値を大幅に下回っていますよ」


 久我が、まるで商談に訪れたかのような涼しい顔で前に出た。


 その隣には、ノートPCを開いたままの佐藤と、笑顔のままリードを短く持った陽菜、そして優雅に煙管をくゆらせるケットシーのコトが並ぶ。


「あぁ? なんだお前ら。迷い込んだサラリーマンか?」


「いいえ。ご紹介に預かりました、久我ソリューションズ代表の久我です」


 久我は名刺を一枚取り出し、指で弾いて男の足元に飛ばした。


「現在、あなた方の行っている事業に対し、複数の法令違反および規約違反の疑いが生じています。具体的には、ダンジョン資源管理法第十三条『魔力の不正搾取』、労働基準法第五条『強制労働の禁止』、そして何より……」


 久我は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、氷のような視線を男に向けた。


「私のクライアントの弟さんに対し、著しく不利益な契約を結ばせようとした『詐欺未遂』です」


 男が鼻で笑った。


「ハッ! 法律だぁ? ここはダンジョンの底だぞ。ギルドの役人だって来ねぇ無法地帯だ。紙切れ一枚で何ができる!」


「紙切れではありません。これは『督促状』です」


 久我が指をパチンと鳴らす。


 同時に、佐藤がエンターキーを叩いた。


 バシュンッ!!


 突如、室内の照明が一斉に落ち、代わりに非常灯の赤い光だけが点滅を始めた。轟音を立てていたサーバーファンが悲鳴のような音を立てて停止する。


「な、なんだ!? 電気が……!」


「電源系統、および魔力供給ラインを遮断しました」


 暗闇の中で、佐藤の声が響く。


「ついでに、この部屋の電子ロックも全て掌握しました。あなた方は今、外に出ることも、外部に連絡を取ることもできません。つまり、あなた方が彼らに強いたのと同じ『完全な孤立』です」


「てめぇら……! ゴブリンども! やっちまえ!」


 男が叫ぶ。薬漬けのゴブリンたちが、涎を垂らしながら一斉に久我たちに飛びかかった。


 信二が叫ぶ。


「逃げろ! そいつらはヤバい!」


 だが、久我は動かない。


 代わりに、小さな影が前に飛び出した。


「クラちゃん、おやつはまだだよ。でも……『待て』は解除!」


「グルルァッ!! (ボスに手を出すな!! 」


 陽菜の声と共に、愛らしい子犬だったはずのクラが、喉の奥から地響きのような唸り声を上げた。


 次の瞬間、暗闇に三つの赤い瞳が浮かび上がる。いや、頭は一つだ。だが、その影が壁に投影されたとき、そこには確かに冥界の番犬の片鱗が映し出されていた。


 無法地帯での強制執行が開始される。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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