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現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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第47話:佐藤とスラちゃん、冷たい共生



 八月の新宿。アスファルトが陽炎を上げ、大気を歪ませるほどの猛暑が街を包み込んでいた。

 瓦礫の撤去が進まない歌舞伎町の一角、久我ソリューションズのプレハブ事務所は、外気温が三十八度を超える中、異様なまでの「熱」と「冷気」が攻防を繰り広げていた。


「……クソ、また熱暴走サーマルスロットリングだ。これ以上クロックが落ちると、地下二層のリアルタイム・マッピングが遅延する。久我さん、エアコンをもう一台増設する許可、まだっすか?」


 佐藤がパーカーの袖を捲り上げ、汗を拭いながら毒を吐いた。彼の周囲には、新宿全域の魔力波形を監視する六枚のモニターと、唸りを上げるタワー型サーバーが鎮座している。電子機器の排熱は、もはや家庭用のエアコン一台で処理できるレベルを超えていた。


「佐藤君。電力使用量の推移を確認したまえ。これ以上の増設は、契約アンペアの限界を突破する。……事務屋たるもの、リソースの追加投入ではなく、既存資産の『最適化』で解決すべきだ」


 久我良平は、この暑さの中でもタイを緩めることなく、涼しげな顔で書類を整理していた。


「最適化って言われても、物理的な熱は論理じゃ消せないんすよ。……あ、陽菜、お前は動くな。お前のその無駄なエネルギーが室温をさらに一度上げてるからな」


「えぇー! 佐藤さん、それひどいです! 私だって、スラちゃんと一緒に事務所を冷やそうと頑張ってるんですよ! ほら、スラちゃん、ここ! この熱いところにペタってして!」


 陽菜が指差した先。佐藤のメインサーバーの排気口付近には、エメラルドグリーンに輝くスラちゃんが、液体のように形を変えて待機していた。


「プルルッ!」


 スラちゃんが排気ダクトに吸着すると、瞬時にファンから漏れる熱風が「冷気」へと変わる。


「……お。……マジか。一瞬でCPU温度が十度下がった。……おい陽菜、そのままスラちゃんを固定しておけ」


「無理ですよ、佐藤さん! スラちゃんだって、ずっと熱い風を浴びてたら疲れちゃうんですから。ほら、もう身体が少しピンク色になってる……。熱を吸いすぎると、のぼせちゃうんですよ!」


 陽菜が心配そうにスラちゃんを抱き上げる。スラちゃんは「ウプッ」というような音を立てて、陽菜の腕の中でだらりと溶けた。


「……ほう。佐藤君、今の現象を解析したまえ」


 久我が眼鏡を光らせて割り込む。


「……解析も何も、見たまんまっすよ。スライムは組成の大部分が魔力伝導率の高い水分でできてる。特にクイーン直系のスラちゃんは、周囲の熱エネルギーを魔力に変換して体内に蓄積する『吸熱特性』が異常に高い。……ただ、陽菜が言う通り、蓄積限界を超えると熱を放出しきれずに機能停止(冬眠モード)に入るみたいっすね」


 佐藤はモニターを切り替え、スラちゃんの熱吸収サイクルを可視化したグラフを表示した。

 

「久我さん。……これ、いけるかもしれません。スラちゃんを『道具』として使うんじゃなくて、俺の冷却システムと『同期』させるんです」


「同期、だと?」


「スライムが熱を吸う代わりに、俺が組んだプログラムでスラちゃんの魔力循環を外部から加速させる。……つまり、スラちゃんの代謝を強制的に上げて、吸った熱を瞬時に魔力として『消費』させるんです。これなら、スラちゃんもオーバーヒートしないし、俺のサーバーもキンキンに冷える」


 佐藤の目が、エンジニアとしての熱を帯びた。

 彼は即座に、事務所の隅に転がっていた銅製のヒートパイプと、先日の買い出しで手に入れた魔力伝導ケーブルを取り出した。


「……佐藤君。それは、スラちゃんとの『共同労働契約』に抵触しないかね? 彼女に過度な負荷を強いるのは、弊社のコンプライアンスに関わる」


「ナァ〜ォ、ゴロゴロ……」


『久我はん。心配いらへんわぁ。スラちゃん、さっきから佐藤はんの機械から漏れる「電気の味」が気に入っとるみたいやで。熱を吸って、美味しい電磁波を貰う。……これ、極道の世界でいう「盃を交わす」いうやつやね。相棒になろうとしとるんやわ』


 ソファで爪を研ぎながら、コトが久我にだけ聞こえる声で笑った。

 

「……コトが、スラちゃん自身もこの『共生』を望んでいると証言している。……佐藤君、許可しよう。ただし、スラちゃんの生体バイタルが一定値を下回った場合は、即座にシステムを停止すること」


「了解。……よし、スラちゃん。……ちょっと冷たくするけど、我慢しろよ。お前にとって最高に心地いい『リズム』を作ってやるからな」


 佐藤は、自作のPCラックの背面に、スラちゃんが心地よくフィットできる「スライム専用シート」を増設した。

 スラちゃんがそこに収まると、佐藤の指先がキーボードの上を踊る。


「システム起動。……魔力循環同期、開始!」


 瞬間、サーバーラック全体が淡いエメラルドグリーンの光に包まれた。

 唸りを上げていたファンの音が、スッと消える。スラちゃんの体を通った熱が、青白い火花のような余剰魔力として空中に霧散していく。


「……すげぇ。……負荷率百パーセントなのに、水温……いや、スラ温が二十度で安定してる。……これ、世界一の静音冷却サーバーだぞ」


 佐藤が、モニターに表示された圧倒的な数値を指差した。

 スラちゃんは、サーバーの熱と振動が心地よいのか、とろけるような形になって「プルルル……」と満足げに喉を鳴らしている。


「わあぁ! スラちゃん、すごく気持ちよさそう! 佐藤さん、これならスラちゃんも楽しくお仕事できますね!」


「……まぁな。……おい、スラちゃん。あんまり調子に乗って俺の配線まで食うなよ。……あー、そこ。そこが一番熱いから、重点的に頼む」


 佐藤が、無愛想ながらも優しくスラちゃんの表面を撫でた。

 これまで魔物を「排除すべきノイズ」や「ただの素材」として見ていた佐藤が、自らの技術の核に魔物を据え、対等に寄り添っている。


「……事務屋として、これ以上の資産活用はありませんね。佐藤君、この『魔物水冷システム』、特許出願の準備をしておきなさい。……陽菜さんは、スラちゃんのご褒美として、高純度の魔力水を補充。……業務再開だ」


「「了解!!」」


 外は焦げ付くような猛暑。

 だが、久我ソリューションズの事務所内は、最新のテクノロジーとスライムの温もりが溶け合った、どこまでも清涼で、どこまでも「共生的」な秩序に満たされていた。


 プレハブの壁を隔てた向こう側で、新宿の再開発が騒々しく進んでいる。

 人間と魔物の新しい「職場の形」が、今、ここから世界へ向けて事務的に発信されようとしていた。



【対応記録まとめ】

・案件:事務所内サーバー群の熱暴走対策。

・対応:スラちゃんの吸熱特性を利用した「魔物同期型冷却システム」の構築。

・結果:サーバー温度の劇的な安定化(マイナス三十度)。スラちゃんの労働意欲(食欲)の充足。人間と魔物の技術的共生の成功。


【今回のこぼれ話】

佐藤さんが作った冷却シートですが、実はスラちゃんの「寝心地」を考えて、医療用の低反発ゲルに近い素材を裏地に忍ばせていました。陽菜さんが「佐藤さん、優しいですね!」とからかうと、佐藤さんは「……効率の問題だ。寝心地が悪いと振動吸収率が下がるんだよ」と耳まで赤くして否定していました。一方、久我さんは「福利厚生費:ゲル代」を無言で経理処理していました。


【次回予告】

第48話「佐藤の帰郷と、体育会系の闖入者」

第2部・第3章、開幕!

ようやく落ち着きを取り戻した事務所に、一人の「屈強な若者」が乗り込んでくる。

「兄貴! こんなプレハブで何やってんだよ!」

現れたのは、佐藤の弟・大輔。

ハッキングとは無縁の「超筋肉至上主義」な弟が持ち込んだ、魔物絡みのトラブルとは?

佐藤の過去が、ついに明かされる!


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