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現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


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【対応記録:第22回】

聖女「ターンアンデッド⭐︎」



ギルド本部、地下三階。

「浄化の聖女」エレナが来日してからというもの、この窓口を訪れる「お客様」の質は、明らかに変化していた。

これまでは騒音、異臭、あるいは設備の不備といった実務的な苦情が主だったが、今はただ一点――「消されたくない」という、生存への切実な恐怖がこの薄暗いオフィスを埋め尽くしている。


「……久我さん、もう窓口を閉めませんか? 外の気配が、その、おどろおどろしすぎて、僕の精神が先に浄化されそうです」


佐藤が震える手で、塩を撒くような仕草をしながら呟く。廊下には、聖女の放つ聖なる魔力を避けて逃げ込んできた薄汚れた魔物たちが、肩を寄せ合って震えていた。


「佐藤さん、お客様を選別するのはプロの慢心です。……それよりも、廊下の温度を二度上げてください。寒冷系の魔物が混じっています、彼らにとって今の冷え込みは不当な苦痛です」


久我が淡々と指示を出したその時、廊下から重々しい金属音が響いた。

ガシャリ、ガシャリと、錆びついた甲冑が擦れる音。

扉がゆっくりと開き、そこに立っていたのは、身の丈二メートル近い巨大な骸骨――スケルトン・ナイトだった。


「ひいっ! 出たぁ!」

佐藤がデスクの陰に隠れる。だが、その騎士は剣を抜くこともなく、静かに、そして深々と頭を下げた。


「……突然の訪問、許されたし。……ここが、いかなる理不尽な訴えも聞き届けるという、『苦情係』の館か?」


その声は、空気が漏れるような枯れた響きだったが、確かな理性が宿っていた。

久我は立ち上がり、完璧な角度で一礼を返す。


「いらっしゃいませ。現代ダンジョン管理ギルド、苦情係の久我です。……そちらの椅子へどうぞ。錆びた甲冑には少々硬いかもしれませんが、当部署で最も頑丈な備品です」


騎士は、ギシギシと音を立てながら椅子に腰を下ろした。足元ではクラが三つの首の鼻先を動かし、コトがシルクハットをいじりながら騎士の様子を観察している。


(ワンッ! このおじいちゃん、とっても静か。……でも、心がすごく震えてる)

「……そうだね。この甲冑に染み付いた想い出は、何十年も、いや百年も前からずっと、ひとつの場所を指し示している。……悲しくて、温かい想い出だ」


久我は、騎士の前に温かい(と言っても、彼に味覚があるかは不明だが)茶を置いた。


「さて。……お客様、本日はどのようなご不備で参られましたか?」


騎士の眼窩に宿る、微かな青い炎が揺れた。

「……我は、百年前の戦で命を落とした名もなき騎士。……死してなお、この地に留まり続けてきた。……かつての我が故郷、今は『多摩ニュータウン』と呼ばれておるあの場所に、小さな公園があるのだ」


「多摩エリアですね。……あそこは現在、中級ダンジョン『旧都の残滓』の管理区域に含まれています」


「左様。我は、その公園の隅にある古びた祠で、静かに時を過ごしておった。……だが、我が目的は安らぎではない。……あそこには、我が遠い血脈に連なる、ひとりの少年がおるのだ」


騎士の語るところによれば、彼は自分の子孫にあたる少年が、放課後に公園でサッカーの練習をする姿を、百年の間、ずっと茂みの陰から見守ってきたのだという。

魔物としてではなく、ただの「祖父」のなれの果てとして。


「……だが、数日前、白い衣を纏った娘が現れた。……彼女は言った。『迷える魂を、天の慈愛で浄化しましょう』と。……我の仲間たちは、次々と光に包まれ、消えていった。……皆、安らかな顔をしておった。だが、我は……我だけは、消えるわけにはいかぬのだ」


骨の手が、テーブルを強く握りしめた。


「……あの少年が、プロの選手になるという夢を叶えるまで。……あるいは、我の存在を忘れるほどに成長するまで。……我は、あの子の背中を見守っていたい。……浄化という名の救済など、我は求めておらぬのだ。……これは、我のわがままか? 死した者が、現世に執着するのは、罪なのか?」


騎士の悲痛な訴えが、地下のオフィスに重く沈み込む。

佐藤は言葉を失っていた。魔物といえば「倒すべき敵」でしかなかった彼にとって、守るべき日常を持つアンデッドの存在は、理解を超えたものだった。


久我は、ゆっくりと眼鏡を外し、クロスで丁寧に拭き始めた。


「……お客様。罪か、罪でないか。それを裁くのは私の仕事ではありません。……ですが、一つだけ断言できることがございます」


久我は眼鏡をかけ直し、騎士の空洞の瞳を真っ向から見据えた。


「――エレナ様による『浄化』は、お客様との合意に基づかない一方的なサービスの押し付けです。これはビジネスにおいて、最も忌むべき『強売』に他なりません」


久我は立ち上がり、一通の書類をブリーフケースに収めた。


「お客様は、この百年、周辺の住民に危害を加えましたか?」

「……一度も。ただ、風に揺れる草葉のように、そこにいただけでござる」

「ならば、お客様には『静穏に生存する権利』がございます。……浄化、という名の強制消去は、お客様の意思を無視した重大な管理過失です。……本件、苦情係が正式に受理いたしました」


「お、おい久我さん! 聖女の仕事にケチをつけるつもりですか? あのお方は世界中から支持されてるんですよ! そんなことしたら、ギルド全体が敵に……」


「佐藤さん、声が大きいです。……敵に回るかどうかは、法規と論理が決めることです。……エレナ様の魔法が、本当に『救済』であるならば、拒否する権利もまた認められなければならない。……それが、私の考えるサービスの基本です」


久我は騎士に向かって、静かに頷いた。


「お客様。本日は、そのままお帰りください。多摩の公園には、当部署から『調査中案件につき干渉禁止』の立て札を設置しておきます。……聖女エレナ様への対応は、私が直接、交渉のテーブルで行います」


「……かたじけない。……恩に着る」


騎士は再び頭を下げ、ガシャリ、ガシャリと音を立てながら去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、久我は冷徹なまでの事務屋の顔で、次の「戦場」を思い描いていた。


相手は、人々に崇められる「無垢なる善意」。

だが、その善意が誰かのささやかな日常を奪うのであれば、彼は喜んで「悪役」として立ちはだかるだろう。

事務屋のハックが、次は「奇跡」という名の独善を暴きに行く。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第22話、老騎士からの切実な「生存権」の訴えでした。久我にとって、相手が死者であろうと、正当な理由があれば守るべき「お客様」であることに変わりはありません。


【今回のこぼれ話】

久我が騎士に提供したお茶。実は「魔力伝導率の高い特殊な霊水」をブレンドしたものでした。騎士が帰る頃には、錆びついていた関節の魔力がスムーズになり、少しだけ足取りが軽くなっていたようです。これも「サービスの一環」として、久我は経費で落とすつもりです。


【次回予告】

ついに久我と聖女エレナが直接対峙!

「あなたの光は、誰のために輝いているのですか?」

久我の問いかけが、聖女の純粋な心に波紋を広げる。


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