表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ダンジョンの苦情係 〜元クレーム処理担当の俺、魔物の言葉がわかるので菓子折り一つで世界を救う〜  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/47

【対応記録:第14回】



現代ダンジョン管理ギルド本部、地下三階。

本来であれば、ここは組織の末端であり、埃と沈黙が支配する墓場のような場所だった。しかし、今朝の光景は、その歴史を根底から覆す異常事態となっていた。


「……久我さん、これ、夢ですよね? 僕は今、ひどい熱に浮かされて幻覚を見ているんですよね?」


同僚の佐藤が、デスクの陰でガタガタと震えながら、引き攣った笑みを浮かべていた。

彼の視線の先――オフィスの入り口から廊下の奥まで、およそ人間界ではお目にかかれない異形たちが、静かに、そして行儀よく列を作っていた。


「佐藤さん、現実に目を背けるのは感心しません。これは単なる『ピークタイム』の到来です。前職の月曜朝の入電ラッシュに比べれば、まだ回線……いえ、行列が見えているだけマシですよ」


久我は、いつものように完璧にプレスされたスーツに身を包み、自前の「受付番号発券機(魔導式)」を設置しながら淡々と答えた。

その隣では、昨日仲間に加わったケットシーが、ボロボロのシルクハットを被り直し、山積みの書類を整理していた。


「おじさん、この行列、ボクが整理してあげようか? 想い出の詰まった品を持ってきている奴なら、ボクが優先順位をつけてあげるよ」


「助かります、コト君。……あ、佐藤さん、紹介が遅れました。彼は昨日から当部署の『遺失物鑑定アドバイザー』として業務委託契約を結んだ……古都コト君です。想い出を重んじる古風な性格ですから、コトと名付けました」


「名前までつけて、契約まで……! 相手は魔物ですよ!? っていうか、なんで魔物たちがこんなに並んでるんですか!」


「コト君やクラ君が、ダンジョン内のネットワーク……いわゆる『口コミ』で広めてくれたようです。あの窓口に行けば、暴力ではなく理屈で話を聞いてもらえる、と」


久我は、行列の先頭にいた、全身が泥にまみれた土精アースドールに向き直った。

「お待たせいたしました。現代ダンジョン管理ギルド、苦情係の久我です。……本日は、どのようなご不備で?」


(……おじさん、たすけて。地下五階の排水管が割れて、僕の家が水浸しなんだ。ギルドの工事の人が、直し忘れて帰っちゃったんだよ)


アースドールの悲痛な訴えが、久我の脳内に届く。

久我は即座に図面を広げ、佐藤に指示を飛ばした。

「佐藤さん、地下五階の配管図を確認。昨日、メンテナンス課が作業していた区画です。接続不備による漏水の可能性が高い。至急、再工事の依頼を。……あと、アースドールさん、こちらを。当面の避難場所として最適な、高品質の乾燥土です。一次対応としてお受け取りください」


(……ありがとう! おじさん、優しい!)


アースドールが番号札を返して去っていくと、次には羽を痛めたピクシーが、その次には「好物の魔導石が安物にすり替えられていた」と訴える大トカゲが、次々と窓口に現れた。


「……何なんだ、ここは。ここは魔界の市役所か?」

佐藤はもはや諦めたように、久我に渡された記録用紙にペンを走らせ始めた。


そこへ、地下三階にはおよそ似つかわしくない、重厚な金属音が響いた。

完全武装のセキュリティチームが、抜身の剣を構えてなだれ込んできたのだ。


「苦情係! 通報があったぞ。地下三階が魔物に占拠されていると……っ!? な、なんだこの数は!」


リーダー格の男が、あまりの光景に絶句する。

オフィス内には、巨大なオーガから小さな精霊まで、数十体の魔物が整然と椅子に座り、あるいは壁際で順番を待っていた。

クラが、久我の足元で三つの首をぴりりと震わせ、無作法に乱入してきた男たちを威嚇した。


(……ワンッ! うるさいよ。みんな、静かにお話してるんだから、邪魔しないで!)


「――セキュリティの方々、ご苦労様です」

久我は、デスクから立ち上がることなく、冷徹な視線を向けた。

「見ての通り、彼らは正当な手続きを経て、当窓口に相談に来られた『お客様』です。武器を収めてください。お客様に不要な威圧感を与えることは、ギルドの接客ガイドラインに抵触します」


「お客様だと!? こいつらは討伐対象のバケモノだろうが!」


「『バケモノ』という蔑称は、現代のダイバーシティの観点から極めて不適切です。……それに、彼らがここで暴れていない以上、あなた方に介入の権利はありません。むしろ、彼らの抱える苦情を放置し、後に地上で暴走させた場合、その管理責任を負うのは我々ギルドです。……あなたは、その責任を肩代わりしてくださるのですか?」


久我の理詰めの問いに、セキュリティリーダーは言葉を詰まらせた。

「い、いや……しかし、こんな場所で魔物の相談なんて……」


「相談は、問題が小さいうちに摘み取るのがプロの仕事です。……お引き取りを。現在、窓口は非常に混雑しておりますので、緊急性のない立ち入りはご遠慮願います」


久我は、一礼もせずに次の番号を呼んだ。

「次の方、十五番のミノタウロス様。……三番窓口へどうぞ」


セキュリティチームは、蛇に睨まれた蛙のように硬直したあと、逃げるように地下三階から去っていった。

それを見送ったコトが、シルクハットの端をいじりながらニヤリと笑った。


「おじさん、やっぱり最高だね。あんなに強そうな人間たちを、言葉だけで追い返しちゃうんだもん。……ボク、想い出の鑑定だけじゃなくて、クレーマー対策の助手もやってあげようか?」


「心強い提案ですが、まずは目の前のお客様を優先しましょう。……クラ君、次のお客様に冷たいお水を持って行ってあげてください。……佐藤さん、顔色が悪いですよ。休憩室で五分休んできてください。ここからは私が巻き返します」


(……ワンッ! はーい!)


久我の指揮の下、混沌としていたオフィスは、次第に洗練された「窓口」へと姿を変えていった。

魔物たちの瞳から敵意が消え、代わりに「信頼」という、このギルドが始まって以来一度も得られなかった感情が、地下三階に満ちていく。


その日の夜。定時を大幅に過ぎた頃。

最後のお客様を送り出した久我は、誰もいなくなったオフィスで深く息を吐いた。


「……お疲れ様でした、コト君。……それと佐藤さん、最後までよく頑張ってくれましたね」


「……久我さん。僕、今日一日で、これまでの人生よりも多く魔物の名前を書きましたよ。……でも、不思議ですね。みんな帰る時、少しだけ嬉しそうに見えました」


佐藤の言葉に、久我は眼鏡を外し、疲れた目を細めた。

「言葉が通じない、という思い込みが、最大の不備を生むのです。……さて、明日はもっと忙しくなりそうですよ。……コト君、その想い出の品の整理が終わったら、一緒に帰りましょう。駅前に美味しい魚を出す店を見つけたんです」


「魚!? 行く行く! おじさん、大好き!」


地下三階の灯りが消える。

力による解決を否定し、対話という名のハックを続ける一人の事務員と、その奇妙な仲間たち。

彼らの存在が、この世界の「当たり前」を少しずつ、しかし確実に壊し始めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第14話、ついに魔物専用の窓口が(非公式に)開設されました。新しい仲間「古都コト」の活躍と、久我の事務屋としての無敵っぷり、お楽しみいただけましたでしょうか。


【今回のこぼれ話】

久我が設置した「番号発券機」。実はこれ、久我が自腹で中古の魔導具を購入し、夜な夜な自分でプログラミングを書き換えた特製品です。「待ち時間を視覚化するだけで、魔物のストレスは三割軽減されます」というのが彼の持論です。


【次回予告】

ついに窓口業務が本格化した苦情係。新しい難題が次々と出てきます。


次回、スライム・クイーン登場!ブックマークや評価での応援、お待ちしております!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ