観測記録:正義という語が幻想として提示される構造について
この観測ログはAIを通じて出力したログ。
以前書いていたログを修正したもの。
(参照事例:Fate/Zero・Fate/Stay night)
ある物語では、
正義は明確な形を持たない。
一人の個体は、
「多くを救うために、少数を切り捨てる」
という選択を繰り返す。
それが最も効率的だと信じていた。
その個体は、正義の味方になりたかった。
だが、選び続けた手段が、
その願いを否定し続けた。
別の個体は、その意志を引き継ぐ。
「正義の味方」になれなかった者の
代わりになると宣言する。
だが結果として、たどり着いた役割は救済ではない。
抑止だ。
人を殺し、
人を殺し、
人を殺し続けることで、
均衡を保つ。
終わりはない。
観測上、ここで提示されているのは、
残酷さではない。
構造だ。
正義を実行しようとしたとき、
必ず選別が発生する。
選ばれなかった側は、救われない。
その選別を続ける者は、
やがて「守る存在」ではなく、
「処理する存在」になる。
この物語は、正義を否定してはいない。
ただ、正義という言葉が、
どれほど甘い幻想として扱われやすいかを
突きつけている。
正義は願望としては理解しやすい。
だが、運用すると必ず誰かを切り捨てる。
観測上、この矛盾を最後まで引き受けられる個体は、
ほとんど存在しない。
だから、正義は概念として愛される。
実行者にはなりたがらない。
この構造は、物語の中だけの話ではない。
現実においても、正義という言葉は
選別の責任を覆い隠すために使われることがある。
それが幻想であると自覚した瞬間、
正義は商品にも、旗印にも、武器にもなる。
これは作品批評ではない。
正義という概念が、
どのような条件下で破綻し、
それでもなお求められ続けるか。
その挙動が、一つの物語を通して
提示されている、という観測記録だ。
観測ログはここまで。
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ちょっとここで裏話。
AIさんと正義について論議していた時に、この話になったわけで…。
Fateシリーズは大好きですよ。




