ズシの「仕方ない」
ニコたちの住処を離れて、
杉の木がまっすぐ立ち並ぶ道を、
ガオとピピは歩いていました。
音の少ない道でした。
風が杉の葉を揺らす音と、
自分たちの足音だけが、
静かに続いていました。
しばらく行くと、
道の真ん中で、何かが止まっていました。
大きくて、少し古く、
ところどころに深い傷が残る甲羅。
カメのズシでした。
ズシは、甲羅から首を出し、
一歩、前に出ました。
そして、止まりました。
立ち止まったまま、
風の音を聞いているようでした。
「……いい風だなあ」
そう言って、
また、ゆっくり甲羅に引っ込みました。
まるで「進む」という動きを、
思い出しながら確かめているようでした。
ガオとピピは顔を見合わせ、
そっと近づきました。
「どうしたの?」
ガオが聞きました。
ズシは少しだけ驚いて、
ゆっくり首を出しました。
「ああ……集会があってね」
声は穏やかで、
急いでいる様子はありませんでした。
「急がないの?」
ピピが聞きました。
ズシは、にこっと笑いました。
「うん。ぼく、のんびりだから」
そう言って、
また一歩、進みました。
一歩。
止まって。
休憩しました。
ガオは、道の先を見ました。
集会の場所は、まだ遠くにありました。
「……間に合う?」
思わず、聞いていました。
ズシは少し考えてから、答えました。
「たぶん、無理だね」
残念そうでも、困った様子でもありませんでした。
ただ、何度も確かめてきた答えを、
そのまま口にしたようでした。
「どうして?」
ピピが首をかしげました。
ズシは、甲羅のふちを見つめました。
「前もね、急いだんだ」
「その前も」
「がんばって歩いたし、
休まないようにもした」
「でも……間に合わなかった」
一つひとつ、
ゆっくり並べるように話しました。
「それで思ったんだ」
「急ぐと、疲れるだけだなって」
「どうせ、待ってもらえないしね」
そう言って、
少しだけ笑いました。
ガオの胸が、きゅっとしました。
「それで……仕方ないって?」
ズシは、うなずきました。
「うん。仕方ない」
「そう思うとね、
ちょっと楽なんだ」
ピピは、ズシを見上げました。
「仕方ないって、
どんな気持ち?」
ズシは、すぐには答えませんでした。
甲羅の中に、
言葉を探しにいくように、
しばらく黙っていました。
「……がっかり」
「あと……さみしい」
少し間をあけて、続けました。
「でも、それより――
期待しなくていい感じ」
ガオは、ズシの横に立ちました。
「間に合うかどうかは、わからない」
ズシが、ちらっとこちらを見ました。
「でも、一緒に進んでみない?」
ズシは、目を丸くしました。
「遅いよ?」
「うん」
ガオは、うなずきました。
「ズシの速さで」
ピピも、笑いました。
「待つの、きらいじゃないよ」
ズシは、少し困ったように笑いました。
「じゃあ……」
そう言って、
一歩、進みました。
いつもと同じ、ゆっくりした速さでした。
ゆっくり。
ほんとうに、ゆっくりでした。
途中で、集会の声が聞こえてきました。
ズシは、立ち止まりました。
「ほら……やっぱり」
でも、ガオは言いました。
「それでも、ここまで来た」
ピピも言いました。
「来たことは、消えないよ」
集会は、終わりかけていました。
それでも、
何匹かが、こちらに気づきました。
「ズシだ」
「来たんだね」
誰も、急かしませんでした。
誰も、責めませんでした。
ズシは、
その場に、静かに立っていました。
帰り道。
ズシは、ぽつりと言いました。
「ぼくね」
「のんびり屋さんなんじゃなくて」
少し考えてから、続けました。
「急ぐのを、
やめただけなのかも」
ガオは、うなずきました。
「仕方ないってさ」
「最後に言う言葉なんだと思う」
ピピは、空を見上げました。
「まだ歩いているあいだは、
言わなくていい言葉なのかもね」
ズシは、少しだけ笑いました。
ズシと別れたあと、
ガオとピピは、
「仕方ない」という言葉のことを、
少し考えるようになりました。
「仕方ない」というのは――
諦めるための言葉でも、
イヤだった気持ちを消すための言葉でもなく、
「じゃあ、次どうしよう」
そう考えるための、
ひとつの区切りなのかもしれませんでした。
まだ歩いているあいだは、
まだ迷っているあいだは、
言わなくていいときも、きっとあります。
それでも、いつかは、
「仕方ない」と言う日が来るかもしれません。
そのとき、
ほんとうに思うのは――
果たして、「仕方ない」とは、
どんな気持ちなのでしょうか。
ガオとピピは、
また一歩、進んでいきました。
ホーホー爺からのクエッション!
Q おぬしは、どんなとき「仕方ない」という言葉を使うかの?
Q「仕方ない」と思う前に、まだできることはあったのじゃろうか?




