ピピの勇気のかたち
ミミと別れた後、
ガオとピピは、さらに森の奥へ進んでいきました。
ガオは川へ、水を飲みに向かいます。
「ここで待ってて!」
その間にピピは、木の上に登り、どんぐりを探していました。
――そのときです。
バサバサバサ! ドン!
重たい羽音が、木の葉にぶつかり、地面に落ちていく音がしました。
ピピは、びっくりして尻尾を丸めます。
恐る恐る、尻尾のすき間から顔をのぞくと……
地面に、ケガをしたオオワシのトトがいました。
大きな体。
鋭いくちばし。
にらむような目。
片方の大きな羽には深い傷があり、動けずにいます。
(こわい)
それが、ピピの最初の気持ちでした。
トトは飛ぼうとしましたが、
羽は重く、地面を引きずるだけでした。
(……あれ……困ってる?)
そう思った瞬間、
別の考えが、すぐに追い越しました。
(でも、近づいたら……)
ピピは、木の幹の影に、半歩、下がりました。
トトの目が、こちらを向きました。
鋭いのに、どこか、疲れている目でした。
でもピピは、視線をそらしてしまいました。
(ぼくより、ずっと強いんだから)
(助けなんて、いらないはずだ)
そう言い聞かせながら、
ピピは、ガオが戻ってくるのを待ちました。
しばらくすると、
トトは翼を引きずりながら、森の奥へ姿を消しました。
その背中は、とても苦しそうでした。
「お待たせ~!」
水をたくさん飲んで、ルンルンなガオが戻ってきました。
ピピの暗い表情を見て、
「どうした?」と聞きます。
けれどピピは、
「……なんでもない」
それが、やっと出せた言葉でした。
その夜。
焚き火のそばで、ピピは言いました。
「……実は今日、
ケガをしたオオワシのトトを見かけたんだ」
「でも、何もできなくて……」
「こわくて、見て見ぬふりをしちゃった……」
「きっと……助けを待っていたかもしれないのに……」
以前だったら、
ガオはピピに
「どうして助けなかったんだ?」と
聞いていたかもしれません。
けれど今は、
そっと、静かに、やさしく言いました。
「トトは強い。
でも、強いからって、
ひとりで平気なわけじゃないよな」
ピピは、
うつむいたまま、
小さく体を丸めました。
(こわかった)
(こわくて、声を出さなかった)
胸の奥で、
重たい石のように沈みました。
涙は出ませんでした。
でも胸の奥が、ずっと、じくじくと痛みました。
次の日の朝。
まだ太陽が昇る少し前。
森は、まだ静かでした。
ピピは、
昨日トトが消えていった方向を、じっと見つめました。
隣では、ガオが
「グーグー」と眠っています。
(ガオがいれば……)
そう思うと、一歩、止まります。
でも、胸の奥の痛みが、それを許しませんでした。
(ガオに頼ったら、ぼくは……きっと、ずっと……)
ピピは、小さく息を吸い、ひとりで歩き出しました。
足は、震えていました。
昨日よりも、
森は広く、暗く、怖く見えました。
(強いから、こわいんじゃない)
(こわいから、目をそらしたんだ)
そんな言葉が、頭の中で、ぐるぐる回ります。
やがて――
倒れている影が、見えました。
トトでした。
大きな体は横たわり、
呼吸だけが、かすかに動いています。
ピピは、
すぐそばまで来て、立ち止まりました。
近づけば、襲われるかもしれない。
逃げたくて、尻尾が、また丸まりました。
でも――
ピピは、昨日とは違いました。
声は、震えています。
足も、すくんでいます。
それでも、その場から、逃げませんでした。
ピピは、小さな声で言いました。
「……昨日、知らんぷりしてごめんなさい」
トトの目が、ゆっくりと、開きました。
ピピは、その鋭さに胸がぎゅっとなりながらも、続けました。
「こわくて……」
「でも……」
「見なかったことに、したくなかった」
言葉は、途中で途切れました。
それでも、ピピは、頭を下げました。
それが、ピピにできた、はじめの一歩でした。
ピピは川から水をくみ、
トトの傷を、そっと洗いはじめました。
トトは、なにも言いませんでした。
ピピに触れられても、体は微動だにしません。
けれど――
その目は、昨日よりも、ほんの少し、やわらいでいました。
しばらくして、ガオが追いついてきました。
「……ピピ」
トトの治療をしている姿を見て、
ガオは、うれしくなりました。
でも、なにも言わず、
そっと、隣に立ちました。
ピピは、
はじめて、ガオを頼らずに、誰かの役に立てたのです。
助けるのは、
まだ、ひとりでは無理かもしれない。
でも――
声を出す場所までは、来られた。
それから。
ピピとガオは、トトのそばを離れませんでした。
水を運び、葉をあて、
できることを、黙って続けました。
トトは、ほとんど動かず、
ただ、静かに、呼吸をしていました。
やがて、空がオレンジ色に染まると、
トトが目を開けました。
大きな体は、ゆっくりと起き上がります。
トトの目が、ピピを、まっすぐ捉えます。
鋭い目。
それでも、怒りはありません。
トトは、
しばらく、ピピを見つめたあと、
静かに言いました。
「……勇気を出して、助けに戻ってきてくれて、ありがとう」
優しく笑い、
トトは空へ旅立っていきました。
羽ばたきの音が、森いっぱいに広がります。
ピピは、
その背中を、最後まで、見送りました。
ガオは、空へ消えていくトトを見つめたまま、
ピピに、ぽつりと言いました。
「怖いまま、戻ったんだな。
……それが、いちばん強いことだと思う」
その言葉を聞いて、
ピピは、小さく、うなずきました。
ガオとピピは、並んで森の奥へ進んでいきます。
その背中は、以前よりも、
ほんの少しだけ、背筋が伸びているように見えました。
ホーホー爺からクエッション!
Qピピがにげたのは、悪いことじゃったと思うかの?




