しゅうてん
倉庫で疲れを取る為に数泊したボクたちは今日出発することにした。快適すぎる環境にいると、どうしてもこの先へ進む足が重くなる。
ホームはあいかわらずガランとしていて、行く先には果てしない地平線と高い建物だけが見えていた。レールも綺麗に整備されていて、黒くて平らなかたい地面になっていた。荷物もすんなり転がり歩きやすくはあったが、日中の強い日差しが地面からじりじりと熱を照り返し体力を余計に奪っていく。
少女には日差しよけの傘を持たせて、ボクは帽子をしっかりかぶる。これで多少はマシになったが、やはり昼間に活動するのは限界があった。だが休みたくても木陰の一つもないし、熱された地面に座れば余計に暑さでやられてしまう。
思ったよりも過酷な道に挫けそうになっていると、レールの上に屋根が見えてくる。屋根の下に一歩足を踏み込むとひんやりとした風が体の熱を冷ましていった。
快適な旅になると足取りもすっかり軽くなる。少女も余裕が出来たのか、傘をくるくる振り回したり地面をとんとん軽くつついたりしていた。ボクも周りを見渡したり、たまに屋根の外に出て先を確認したりする。まだ先は長いが、確実に近付いていった。
そして、数日歩き続けると正面に壁が見えてきた。端が見えないほどに高くて長い。そこからはみ出るように伸びる塔。針のように細く見えてた建物は、近付けば近付くほど高く大きな塔だとわかった。
壁の前までたどり着く。見上げてみても高すぎて何も見えない。塔のてっぺんも高すぎて目眩がしそうだった。
ホームから中へと入る通路を見付け、壁の中へと足を踏み入れる。長い通路を抜けると、そこは綺麗に整備された道と同じ色で統一された高い建物がずらりと規則的に並んでいた。ゴミひとつ落ちていないし、悪臭もしない。今までにない綺麗な場所だったが、やっぱり人は一人も居なかった。
歩いても歩いても同じ景色が続くため、自分たちのいる場所を見失いそうになる。唯一の目印が高い塔だった。建物の中に入る手段もなかったので、とりあえずは塔のふもとを目指すことにした。
数日歩いて、ようやく塔の入口が見えてきた。塔の周りは少しひらけていて、空を見上げても塔の先は見えない。入口はガラスの扉で近付くと自動で開く。離れるとまた閉じて、人に反応しているようだ。
塔の中はがらんとしていて奥には扉が見える。その扉は近付いても開かず、手で開けようとしても重くてびくともしなかった。
「にぃに。」
少女が何かを指さす。扉の横に丸いボタンがついている。
カチッ。
そのボタンを押すとどこからか物音がし、しばらくすると重い扉がゆっくり開く。扉の先は小さな空間があるだけだった。少女はボクの手をひいて中へと入り、また同じようなボタンを押していく。どうやら少女はこの場所を知っているようだ。
扉が閉じると静かな空間の中、お腹の辺りがきゅっとするような不思議な感覚になった。この部屋自体が動いているのか、慣れない感覚に少し目眩がした。
「だいじょぶ?」
「うん、少しふらつくだけだよ。」
心配そうな少女の頭を撫で、転ばないように壁にもたれかかる。少し慣れてきた頃に揺れが収まり、扉が開いた。
ここはおそらく塔のてっぺんなのだろう。ガラス張りで一面には歩いてきた建物が並び、奥の方に壁がそびえ立ってるのが見える。その奥は見えなかったけれど、空が近くに見えた。
少女はガラスの外に興味津々でおでこまでぴったりとくっついている。ボクはあまりの高さに少し震えがしたけど、雲にも手が届きそうな光景に目が奪われていた。
しぱらくそうして旅の疲れを癒していると、ガタンッと物音が響いた。少女を庇うように警戒しながら周囲を見渡すが何も見当たらない。聞き間違いかと安堵した瞬間、大きな音と共に何かが天井から落ちてきた。
「ギィィ…!」
それは人と呼ぶには歪な姿をしていた。長い手足でまるで蜘蛛のように地を這う。骨張った体は黒ずんで、顔は潰れたようで口から覗く牙だけが見えた。
どうしよう。戦おうにもスリングショットしか手元にはない。小石が当たった程度の威力しかない武器では倒すどころか傷を負わせる事も無理だろう。緊迫した空気に息があらくなる。
化け物が長い手足でゆっくりと床を這う。どうやら目が見えてないのか、あさっての方向にゆらゆらと向かっていく。
これはチャンスだ。物音を立てずにここまで登ってきた部屋に行けば追ってはこれないだろう。少女の手を握り、しーっと指を口に当てて静かにするようジェスチャーする。
ゆっくり、ゆっくりと足音を立てないように動く。たまにぐるりと動く化け物の顔がこちらに向けられたが、落ち着いて息を止める。そうすると、また別の方向へと首を回していった。
あと少し。数歩でたどり着く、そんな時に荷物がガタンと音を立ててしまう。
「ギギィ!!」
その僅かな音に反応して化け物はこちらへと走ってくる。急いで駆け込もうにも震えで足がすくんでしまった。もうダメだ。そう思った瞬間、今にも落ちそうな照明に目が止まる。一か八か、スリングショットをめいっぱい引き弾がわりの小石を発射する。
ガジャァーン!!
小石は脆くなった金具に命中し、照明は化け物の上に派手な音を立てて落ちていった。化け物は下敷きになって動かない。
上手くいった。化け物が動き出す前にボクたちは部屋へ駆け込み、ボタンを連打する。早く扉がしまりますように。早くここから逃げ出せるように。
チン!
その音と共に扉は閉まり、部屋はぐんっと動き出した。今度は下に向かっているのか体が浮いてるかのような錯覚を覚える。
そして、荒い息が落ち着いてきた頃にまた扉が音を立てて開く。
「あれ?ここどこだろう。」
そこは最初に居た場所ではなく、薄暗い通路がどこまでも続いている。戻り方も分からないのでそのまま通路を進むことにした。少女の手を引き、反対の手で荷物を引き歩き続ける。照明は暗かったが、かろうじて足元は見える。
同じ風景が続いて本当に進んでるのか分からなくなった頃、通路に何かの棚が並んでいるのが見えてきた。中を見るとなにやら薬品のような瓶が沢山並んでいる。文字は暗くて飲めないが、あまり触れない方が良さそうだと思った。
カタカタ…。
薬品棚に挟まれた通路を歩いていると、ガラスの瓶がぶつかり音を立てる。足元も揺れているように感じた。恐らく地震だろうか。収まるまでその場で座り込む。すぐに収まるだろうと思っていた振動は次第に激しさを増していった。
「…危ない!」
棚がぐらりと揺れ、こちらへと倒れてくる。ボクは少女に覆いかぶさり、倒れてくる棚の衝撃に備える。しかし、それはいつまえで経っても訪れなかった。不思議に思い、背後を振り返る。するとそこには信じられない光景が広がっていた。
「…お前、助けてくれた、のか?」
化け物が倒れた棚を背中に受けて、ボクらを守るように覆いかぶさっている。そして、地震がおさまると、棚を元の場所へと戻していた。
少女が化け物に駆け寄る。危ないからダメだと、手を掴もうとしたが間に合わず、二人は向かい合わせになった。
「いい子、いい子。」
少女は笑顔で化け物ので頭を優しく撫でる。化物もそれが心地よかったのか、頭を下げて嬉しそうにギィギィと声を上げた。その不思議な姿にボクは一人飲み込めずにいた。
それはなんなんだ?知っていたのか?疑問が耐えず頭が追いつかなくなっている。
「にぃに、おとうと!」
「っ…!!」
その言葉に納得と何とも言えない感情がわく。これが弟?ボクたちの兄弟。有り得ないと否定したくても出来なかった。こうして面と向かい合っていると、どこか懐かしい匂いがするのだ。なによりも元から敵意などなく、こうして危険から身を守ってくれた。
「いっしょ、だよね?」
少女の言葉に一瞬言葉が詰まる。彼は正真正銘、弟だ。たった一人の弟。そう思ったら、置き去りにする事なんて出来ない。
「うん。一緒に行こう。」
ボクは彼のゴツゴツした大きな手を握り、通路の先へと手を引いていく。冷たくて、でも硬く頼もしい掌。少女も彼の反対側の手を握り、三列になってボクらは歩いた。
もうこの世にはボクたち居ないのかもしれない。でも、それでも良かった。衰退した世界に三人。行く宛てもないけれど、ボクらは幸せだった。世界でいちばん幸せな兄弟だったのだ。
道は続く。先は分からない。だけど、三人で乗り越えていけるはずだ。
【~完~】




