細やかな返信
「こちら、宛先が間違えている、もしくは本人に届いていないです。去年の4月に携帯を買って、この番号が割り当てられました。あなたのメッセージは、前の持ち主に宛てたものだと思います。
今後はこちらへの送信は控えてください。」
そんな具合に、静かで、小さな終わりの鐘みたいなメールだった。
受信トレイを閉じたあとも、その文面だけが薄い残像みたいに胸の奥にとどまっていた。
“ここで完全に途切れたんだな”と、どこかほこりを被った箱を片付けるみたいな気持ちで思った。
電話番号。
SNSアカウント。
古い接点のすべて。
きれいに消えていた。
ネットで少し調べてみた。
番号の再利用は半年から一年らしい。
つまり──僕が最後にメッセージを送った2024年4月、その直後に彼女は番号を手放したのだろう。
そして一年経って、別の誰かの手に渡り、その人が丁寧に「もう届かない」と教えてくれた。
海岸に流れ着いた瓶の手紙を、誰かが拾って返してくれたような、そんな感触。
終わった。
それだけだ。
頭ではずっと理解していたはずなのに、どこかで物語の続きがあると期待していた。やわらかい奇跡のかけらみたいなものが、どこかに残っているんじゃないかと。たぶん僕は自分の孤独を、少しだけロマンティックに扱いすぎていたのかもしれない。
まるで傷口に金箔でも貼るみたいに。
でも、そんなことは本当はどうでもよかったのだ。
人に深入りしないように。
無駄な期待を持たないように。
関係ないふりをして生きるのがいちばん平穏だと、何度も何度も言い聞かせてきた。
それなのに、僕はやっぱり人に手を伸ばすほうを選んでしまう。
仕事でも、日常でも、気づけば余計なことを言ってしまう。
関わらないほうが楽なのに。
そうやっていつも、最後には同じ結末に行きついてしまう。
安定を望みながら、安定を壊す方向へ歩いてしまう。
ほんとうに、奇妙な習性だ。
これはもう、生まれつきの癖なんだろう。
猫のしっぽみたいに、矯正できない種類のものだ。
ひとつ息を吸って、また吐いた。
冬が少しずつ近づいてきているのがわかる。
スバルの影が細く長く伸びている。
世界は今日もちゃんと回っている。
僕だけが少し遅れているだけだ。




