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光が射す、その前に  作者: march


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16/30

なるべく、届く様に

2025年5月4日

風が強く、カーテンがゆっくりと揺れている。ここに来ても、使い古したカーテンはやはり寸足らずだった。

札幌で暮らしていた頃に買ったそれは、本州のどの部屋でも丈が合わなかった。寒冷地ゆえの仕様なのか、それとも僕の生活のどこかに、いつも“少しだけ足りないもの”があるということなのかもしれない。


世間ではゴールデンウィーク。けれど僕は、退職と引っ越し、そして新しい街での手続きを淡々とこなす。

間の時間には、近所のスーパーや郵便局、役所の場所を歩いて確認してまわった。

この街は、いつか住みたいと思っていた場所だった。だからだろうか。到着したその日から、心が不思議と落ち着いていた。


2LDKの部屋に何も置かず、一番狭い5畳ほどの部屋にすべてを収めた。家具は最小限、物はすべて手が届く範囲にある。誰かが見れば殺風景だと思うだろう。でも、これが今の僕にはちょうどいい。手を伸ばすだけで届く範囲に、すべてがあるという感覚は、案外心を安定させてくれる。


昨日、東京で開催されたサッカーチームの試合をテレビで見ていた。

気温は32度。まるで夏のような陽気だった。

その数字と映る景色が、ふと、真里と一緒に行ったあの試合を思い出させた。

真夏のスタジアム。眩しい陽射し、滲む汗、それでも隣で文句ひとつ言わずに笑ってくれた真里。

あの時も、今と同じように暑かった。

あんなふうに、僕の好きなものに付き合ってくれた日々が、今になって急に胸の奥を疼かせる。


“今、体調は大丈夫だろうか”

そんなことを思うのは、きっともう意味のないことなのに、それでも思ってしまう自分がいる。

僕はいつだって、届かない場所で彼女のことを案じている。


テレビからは、僕が小学生の頃に見ていたCMが流れていた。

30年以上経っているというのに、映像も音も当時のまま。画面の中にあるその“変わらなさ”が、逆に僕の目を引いた。

時代に合わせて柔軟に変わっていくことが正しいと信じてきたけれど、こうして変わらないものが心を掴む瞬間があるのなら、それもまた一つの“正しさ”なのかもしれない。


僕には軸がない。特別に秀でたものもなければ、致命的に苦手なこともない。

平均的で、どれもそこそこにできる。でも、その“そこそこ”が、誰かから見ればただの器用貧乏でしかないことも、よくわかっている。

けれど、こうして一人の時間に向き合える今、僕は久しぶりに自分の輪郭を確かめている。

きっと、僕は少しだけ暇なのだ。

そしてその暇さえ、今は悪くない。

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