終わりの手続き
2024年1月
僕は引き継ぎ業務を中心に働き続けた。夕方には仕事を終え、限られた人たちに囲まれた送別会に顔を出すこともあった。なぜか、普段あまり関わりのない真里が所属していたチームによる小さな送別会もあった。彼らは今でも真里と連絡を取り合っているのだろう。この送別会の事も伝わるのかもしれない。そんな思いが頭をよぎるたび、心の中で静かに沈む感覚が広がった。
僕がどこへ行くのか、新しい職場や引っ越し先を誰にも告げることはなかった。記憶と共に、すべてを消したかった。
2024年2月
退職から新しい職場への入社まで、与えられた時間はわずか10日間しかなかった。荷造りは1日で済ませ、さまざまな解約手続きを片付け、引越し業者の対応に追われた。
「今日からお世話になります。早く慣れて貢献できるように頑張ります!」
入社初日、47歳の僕は緊張感のない、見え透いた歓迎ムードに迎えられた。
会社案内や工場の心得が詰まった資料を眺めると、自然と前職の癖が顔を出して文書の細かい部分が気になった。
「まずは生産現場をよく知っていただき、これまでのご経験を活かしていただければと思います。」
「はい。もちろんです。頑張ります。」
研修という名の半年間のシフト勤務を依頼された時、朝4時出勤や夕方17時からの勤務も、長時間の前職に比べれば大したことはない。
2024年3月
今思えば、妻との結婚生活、真里との日々。それらすべてを通じて、僕が向き合わなければならなかったのは自分自身だった。
公正役場の待合室に座りながら、数年ぶりに会うことになる妻を待っていると、彼女は10分遅れてやって来た。逆の立場であれば、間違いなく叱責を受けていたはずだ。書類には目を通さず、署名を済ませた。
娘とはいつでも連絡が取れる。それだけで十分だった。役場を出たところで、20年以上連れ添った元妻が
「最後に食事しましょう」
その声は、普段と違う落ち着いたトーンだった。
「もちろん」
マリーナ沿いにあるステーキとハンバーガーを売りにしている店に入った。話題はただ子供の成長と近況についてであり、大人の女性に成長しているであろう娘を想った。
食事を終え、支払うことを告げると、
「じゃあ」
元妻は振り返ることなく店を出て行った。僕の中には何の感情も湧き上がらなかった。ただ、すべてが終わったのだと淡々と受け入れるだけだった。