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The Beginning of 2021

闇に溶けた光。指の隙間からこぼれ落ちる、不確かで儚いもの。

閉じることのできない扉、夜を切り裂くヘッドライト。

それは、過去へと放たれた最後のメッセージ。

本当は僕が照らすべきなのに。


2024年4月

追伸

そうそう。あの館は無くなってしまった様ですね。。オタマは元気かしら(八つ裂きにはしないでねw)


さようなら。真里さん


Prologue: The Beginning of 2021

僕は多分、時間にキチンとしている。昔からそうだった。レンタカーを借りるため、運転免許証とキャッシュカードを取り出し、足早に手続きを済ませた。事前準備怠らない僕のおかげでレンタカー屋のスタッフもストレスは無かっただろう。世の中が僕の様な人間で溢れていたなら、効率的で、今よりもさらにつまらない世界が繰り広げられていた筈だ。そして、僕はつまらない。僕の様な人間は、スマートに物事を進めることにだけ執着し、そうでない人達に意図しない圧力を掛けて、僕の元を離れていく。その繰り返しだった。

予定よりも30分も早く待ち合わせ場所に着いているはずなのに、そして差し迫ってもいないのに何故か震え、何度もその人が来るであろうその場所に、興味がないフリをしながらチラチラと、ほとんど確実にその場を見定め、また、戻る。その繰り返しだった。

携帯の通知を見ると、「着きました」と短いメッセージが入った。さらに鼓動がグッと高まる。距離にして100メートルも離れたところで、再び駅のターミナルまで歩き始めた。柱の影にうつむく細身の女性が立っているのを確認した。

「真里さんですか?」


彼女はうつむきがちな顔をあげて、僕に視線を向けて少し微笑んだ。。しばらく沈黙が続いた。表情は読めなかったが、彼女から

「行きましょうか」

静かな声だった。


僕はこの街に詳しくない。せいぜい半年ほど住んでいるだけで、祖母が住んでいると言う真里がこの地域に詳しいことを後で知った。


車を走らせ、山を一つ越えれば、距離は50キロほどで目的地に着く。やはり50キロぐらいの車内時間がちょうど良い。これも計算だった。こういう計画じみたことを、さも自然と演出出来る僕は、僕のことをやはり好きになれない。

車内ではお互いの生い立ちや仕事について探る様に、会話をした。途切れない様に。そして、とても丁寧に。


下り坂の連続を過ぎたところでまっ青な海の景色が広がり、すぐに到着した。無意識に心が爽快になっていることに気づく。

僕は2名分のチケットを購入して「はい」と渡した。500メートルほど離れた孤島へ向かうため、小さな漁船のような洒落ていない船に乗り込んだ。わずか5分の航海だったが、真里は前の席に座り、僕は隣に座る勇気がなく、何故かその後ろに座った。船が揺れる中、手を差し伸べようかと迷ったが、ためらった。一回り以上歳の離れた真里との距離を僅かな車内時間では縮められるはずもなかった。


船から降り、館に入ると、様々な標本や、主に両生類の生体が並んでいた。入った途端に雰囲気が変わった真里は目を輝かせ、珍しい展示物に見入っていた。標本など鼻から興味のない僕は、僕が居なくてもその時間を成立させている真里を見て嫉妬の様な感覚がわずかに覚えた気がした。


「すごいっ!かわいい」

真里はその言葉を何度もつぶやいていた。

僕は自尊心から標本に添えられた学者たちの説明を大人びたフリをして読み、少しだけ感心していたが、結局はそれも長続きせず、真里の様子を目で追っていた。

「何を見てるの?」

勇気を出して聞く。

彼女はその標本についてとても丁寧に説明してくれた。その丁寧さと柔らかな声は心地よく、車内でのその印象とはまるで違った。


資料館を出て、近くのレストランで軽い食事をした。ノンアルコールビールを2本頼み、それぞれのグラスに注いで資料館の話を続けた。

ウェイトレスが食事を持ってきた際に

「お待たせしました!」

という掛け声が予想以上に大きく、その拍子で真里の目の前にあったビール瓶に真里の手が触れてしまい、真里と僕とウェイトレスの「あっ!」と言う声と共に瓶は倒れ中身が散乱した。混乱気味のウェイトレスに「大丈夫ですよ」と言い、僕はとっさにダスターを取り、床に広がるビールを拭いた。

真里自身も申し訳なさそうな顔をしていたが、どこか諦めたような表情に見えた。

自分をうまく表現できないのかもしれない。。僕の想像の範囲内で言うならば真里が「ごめんなさい」と言うべき場面だった。でも彼女は何も言わなかった。非難する気持ちは芽生えず、彼女の内面に潜む寂しさや孤独感にどう寄り添うべきか、考えていた僕は自分に驚いた。まだ出会って数時間しか経っていない。


再び船に乗り、揺れる橋桁のところで手をそっと添えた時、真里の重み、そして繊細で柔らかな感覚があった。

僕たちは車に戻り、待ち合わせた街に向かった。


「今、一番食べたいものは何?」

少し考えて「スイカですかね」

真夏でもないのに、その答えに僕は驚きつつも微笑んだ。

「食事に誘われたら、どこに連れて行って欲しい?」

「ファミレスなんかで良いです。」

驚くべき速い返答だ。その手の質問が苦手なのか、ウンザリしてるのか。。


素っ気ない答えに、彼女の簡単ではなさそうな雰囲気に少し驚き、逆にそれが興味を引いた。


レンタカーを返却し、この街では一応“オシャレ“といわれる居酒屋に向かった。様々な話題があったが、今となってはほとんど覚えていない。はっきり覚えているのは、僕が友人にミスコンの受賞者がいるという話をした時のことだ。真里は一瞬黙り込み、対抗心が入り混じった表情を見せたが、すぐに穏やかな表情に僕は違和感を覚えた。そして無言のまま、何故か携帯を僕に差し出した。画面を覗くとそこには彼女もミスコンの受賞者であることを示していたが、直後、無言のまま、お手洗いへ向かってしまった。

彼女が戻ると、その事には敢えて触れず会話を続けたが、僕の中では彼女の心の奥にあるプライドが垣間見えた瞬間だった。表現が苦手な彼女という印象、態度の変化や独特な感覚がわからない。でも僕はそんな彼女に負けないくらい自分が標準的でないことを知っていた。僕らはお似合いなのだ。決めつけた。


少し酔った2人は店を出て、駅の方へ向かった。僕は、もう少し一緒に居たいと思った。僕の得意分野である、真里の心を汲み取ることに全神経を注いだが、彼女はあっけなく乗車カードを改札口にかざし、したか、していないか、わからない程度の軽い会釈を僕に向けて帰っていった。

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