山の口から山中を通る
知り合いに小説テーマ「山口」をもらったので、短編を作りました。
休日の正午過ぎにさしかかる居酒屋からの帰り道。俺が運転の為に酒を飲まなかったので、べろべろに酔った先輩を運んでいた。まったくもってありがたい貧乏くじを押し付けられたのだった。先輩は酔いに任せて怪談話を助手席からぶちまけ始めた。
「山ってのは一個体の生命体、生き物だって話があってな~」
「は?そっから話が怪談になるんですか?」
「おいおい、まだ序盤だぜ~。気が早ぇよ~!」
「おっと、すいません。山道なんで話に気を回す余裕が無かったンすよ」
男2人の車内だったからか、直ぐに話の腰を折ってしまった。ヘラヘラ笑う先輩は気にも留めずに話を続けた。
「山ってのは色々な生き物が暮らしてんじゃん。んで生態系、ニッチができてくるわけ。そういう現象は生命体の体内でも起こってるワケじゃん。大腸菌とかのヒョウヒダニみたいな。生命体で起こってる現象が、山で起こってるなら、山ってのは生きてると言えるんじゃね?って話」
「……へぇー。生命体の定義である、自己保存や自己複製の概念はこの際置いときますけど、面白いですね~」
「いやいや、物質の代謝はしてるし、保存や複製は生態系だよりでやってるじゃん。山ってエリアがあいまいだけどさ~。」
「個体や種族単位で自己複製の仕組みが無いウィルスってのは、半分物質のみたいな扱いなんですが、ね!」
霧は出ていないが落ち葉が多く、気を遣うコースが続く。危うく滑りそうな湿り具合の道に戦々恐々だった。正直会話をしているが、ほぼ上の空な返事であった。
「ちぇ~厳しいな~。まぁ山って生き物じゃね?の話があるわけ。んでそこに入ったらやっぱ消化から吸収の為に変質する可能性があるわけじゃね?って話につながるワケよ。胃酸で溶かしてっ小腸で吸収するメカニズムな。んで山での神隠しは消化説だ!ってオチになる」
「……あれ?怪談じゃなかったのでしたっけ?怖がらせるオチじゃなくないですか?」
「あんまり怖くない感じに話したのによ~!なんだよ~!」
駄々をこねる先輩がふざけた口調で拗ねたフリを続けて、話を進めた。
「まぁいいや。んで今我々は山中を走って住宅街に帰る最中だけど、これって食物が消化器官を通って消化されるのに似たメカニズムが起こるかも!って話よ」
「……下品な話ですね、この飲んだくれは。さて、そろそろ山を出ますよ。コンビニでトイレでも何でもしてくださいね」
「ん?飲んだくれ?私飲んでないけど?」
品の無い話にゲンナリしながら車を止め、助手席を見ると、不思議そうな顔をしている柔和な女性がこちらを見ていた。
「え?先輩女なんですか?ポニテにまでして、早着替えまで?」
「いやいや、何で男だと思ってた?しかも同棲相手にそれは酷くね?悪ふざけか?」
お互いに相手の事が分からず混乱してしまう。はて、ではどういうことだ?
「先輩がべろべろに酔ったから、俺が運ぶ事になったんじゃなかったんでしたっけ?」
「いやいや、一緒に住んでるんだから同じ車に乗った方が良いじゃん?それに運んでもらうのに酒飲んでできあがるのは悪いじゃん?運転手は飲めないんだからさ」
「……住んでる?ドウセイって同棲っすか?俺が?先輩と?」
「おう、ホレ。婚約相手を忘れるボケは、大分酷くね?」
先輩を名乗る女性が指差す場所を見れば、左手薬指に細いながらも輝く指輪が。同じような軽さで、俺の胸元を指差す。俺の首にはネックレスかかってるおり、当然の如く指輪が絡みついていた。野太い悲鳴を上げてネックレスを投げ出した俺を見て、先輩は更に眉間にしわを寄せた。
「……その顔だとマジっぽいな。運転手代わるから、今から総合病院に行って、頭を診てもらいな?」
「……何がどうして?」
「それすらも怪しいなら、問診の事でも考えてな。」
結果として脳に異常は見つからず、日が沈んだ後になるが俺は即日解放。良性の健忘症で誰でもなるものらしいから『様子見しましょう』とのお言葉だけを頂いて帰路に着いた。あれから先輩はしばらく、「メモをとったか?」とか「何したか?」とか、「昨日は何を食べったっけ?」とかの質問で記憶を呼び起こす訓練兼、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
山を通って消化・変質したのは、俺の頭か先輩の身体か。いや、周りも気にも止めないから、経歴や過去もか。どちらの何が変わったのかは、分からず仕舞いになったのだった。
楽しんでいただければ幸いです。