痛みと、成長と。
「起動から、戦闘だなんて無茶苦茶するわね」
ミホスーツ姿のまま、俺達は遅れてきた軍に回収されていた。倒した敵の自動機構兵器も速攻で回収されていく。
「それにしても」
スーツ姿の俺を見てため息をはくケイトさん。
『戻り方が分からない。イタイ。。』
ミホの泣き声がまだ聞こえる。
時々、ギューと全身が締め付けられる。
「戻れなくなるとはね」
ケイトさんは何かの装置を俺に当て。
データを見る。
「はぁ。これね、言いたくないんだけど」
ケイトさんは困った顔をする。
「いわば、全身が、<つった>状態ね。無理やり体を動かされて、筋肉痛じゃないけど、全てのナノマシンが、悲鳴を上げてるわ。何をして、どうやったらこんな事になるのかしら」
「じゃぁ、どうやったら戻れるんだ?」
「筋肉痛が戻るまでダメね。数日はこのままじゃないかしら」
『痛いの』
ミホの泣き声は続いている。
困った。明日も学校はあるし。スーツ姿のままじゃ、トイレにも行かれない。
『へ、変た、、イタイ~!』
突っ込みも出来なくなっているミホ。
「裏技ならあるけど、やってみる?」
ケイトさんがうっすらと悪魔の笑みを浮かべていた。
『ダメ!ダメだって!溺れるから、やめて!死ぬ!私、無くなる!』
検査用の寝台の上で、座禅したまま、俺は全開で魔力を解放していた。
ルシファに、何かを解放されてから、魔力を解放しやすくなった気がする。
ミホのナノマシンが一気に崩壊、再生されていき。
スーツがさらに締まって来る。
溺れまいと、俺の体にしがみついている状態らしい。
「魔力値、10万ですか。化け物ですか」
隣で呟く研究員。
ケイトは目を皿のようにして、モニターを見ている。
魔力10万を計測する前。
一瞬戦闘値が、36万2880などと見えた気がしたのだが。
気のせいだったらしい。
今は、いつも通り。戦闘値は9のままだ。
「この魔力数値。固定値、、、よね」
「固定値。。。ですね」
ため息しか出ないケイト。
目の前のモニターでは、筋肉痛の元。つまり破損した生体ナノマシンが強制分解され、無くなった分が強制的に生成されている。
魔力のゴリ圧しによる、生体ナノマシンの総入れ替え。
いわば、痛んだ筋肉を取り除き、新しい筋肉を移植しているような物である。
ただ、それが、全身に及ぶ大手術なだけで。
「相当痛いでしょうね」
本来なら、着ている支配者にしか聞こえないミホの声だが、今は特殊なマイクのおかげで、モニタールームにも流れていた。
『イタイ、痛いからやめて。ねぇ。何でもする、何でもするからぁ!』
かなり混乱しているのか、わけの分からない事を叫んでいる。
声は可愛いので、子供が駄々を言っているようにも聞こえる。
「本来なら、痛みも軽減されるはずなんだけどね」
彼女は叫んでいるが。シュウは大丈夫なのだろうかと心配になる。
「あの子、痛みの耐性が高すぎるから。。。」
ケイトはモニターの中で、じっとしているだけの少年を見つめる。
忘れがちなのだが。
接続者の痛みは支配者も共有する。
そのために、接続者のナノマシンを支配者が受胎するのだ。
痛みも。喜びも。怒りも、快感も、全て共有する。
それが、接続者と支配者なのだ。
まるで座禅を組んでいるようにベッドの上に座り込んでいる彼は、微動だにしない。
その額に汗が浮かんでいる。
「少し、体温が下がりすぎですか?」
やっと異常に気が付いたらしい。
ケイトは、目の前のマイクのスイッチを入れる。
そろそろ限界だ。
彼が持たない。
そう思った時、青白い帯がシュウの体から離れて行き。
一か所に集まり、体を形成しはじめていく。
「あ」
ケイトは小さく呟く。
「これは、、、初めてですね」
研究員の男も、目の前のデータを見て小さく驚く。
「今回は、ゆるさないんだから。本当に、ゆるさないんだから」
シュウの横で人の姿に戻ったミホは、床に座り込んだまま、シュウを睨んでいる。
しかし、目を開けたシュウに頭を撫でられ。
「うー--」
とうなっている姿を見ると、微笑ましく思えてしまう。
「甘酸っぱいですね」
研究員の男は、苦笑いを浮かべている。
それよりも、ケイトは表示されている数値をどう判断していいのか、困っていた。
ミホ カンナギ
戦闘力 1200
魔力粒子数値 1万
生体ナノ強度 測定不能。
魔力内包率 1000%
生血結合率 0.3%
「この数値。ちょっとした作業用の自動機構兵器じゃない」
今の簡易測定だけでも、異常なのがはっきりと分かる。
「それよりも、彼女、可愛いですね」
「むー」と言いながら、されるがままにずっと頭を撫でられているミホ。
研究員の男のほのぼのした声の感想も、耳に入って来ない。
この結果が、神機に乗ったからだとするのなら。
神機に乗り続ければ、人の姿をしたまま、自動機構兵器と同等の力を手に入れられる事になってしまう。
いや。
シュウの異常な数値を見る限り、それが正解のような気もしてくる。
「まさか、、、ね」
人間が、生身で機械を超える。
神血といえども、巨大な自動機構兵器の力を超えるなど、ありえない。
しかし、気になる。
もし、この子たちが、個人で自動機構兵器並みの力を持ってしまったら。
だれがこの子たちを止められるのだろうか。
「ありえない、、、わよね。少し疲れてるのかしら」
モニターの数値の前で、一人呟くケイト。
二人もモニターの中で立ち上がり。
自分が初めて裸である事に気が付き。悲鳴を上げるミホ。
検査ベッドを映しているモニター画像の中の異変にはこの時、誰一人まったく気が付いていなかったのだった。