人道国家アモン 首都マモン
「良く来てくれた。歓迎しよう」
白髪交じりの、がっしりした体格の老年の男性が、笑いながら手を差し伸べて来る。
僕は、その顔を睨むように見つめて、その手を無視する。
180㎝にも近い身長と、何か運動でもしているのかと思えるくらいしっかりした体格は、とても今年70歳を迎えているとは思えないほど、若々しいというか、エネルギーにあふれている。
かっこいい老人。そう言ってもいいほどの人なのだが。
僕はどうしても許せない。
「パズス様に、対して、、誠に申し訳ありません」
頭を下げるセムヤザさん。
僕の後ろでどうしていいのか分からずに、おろおろしているシェミと、ロネ。
しかし、僕と、ミホだけは目の前の老人を睨みつける。
「何か、気に障る事でもあったのかな?」
笑っていない瞳がこちらを射抜く。
だけども、総統の視線よりも威圧感は無いから、大丈夫。
全くひるまない僕を見て、隣で僕の腕に自分の腕をからめているミホへと視線を移す。
何かを察したのか。
パズスの視線が緩んだ気がした。
「君が何に怒っているのかは、なんとなく分かったような気がするよ」
僕へと伸ばしていた手を降ろすと。
「だけど、君の意見を聞く気は無い」
あっさりと、断ち切られる。
「この国は、この方法で発展して来た。資源の無い、この国が」
さっきとは別の圧力を感じる。
「歴史の重みは、君の感情など吹き飛ばすのだよ」
それだけ言うと。緩んだ目が一瞬殺気を帯びる。
パズスの手刀が、僕の首のすぐ横にあった。
なかなか、早いと思う。
「避けない、、か。避ける必要も無いか、、」
小さく呟いたと思うと、セムヤザさんへと視線を向ける。
「なかなかの人物だな。セムヤザ」
思わず頭を下げて、上げれなくなっている姿が少し可哀そうではあるけれど。
「だが、気にいった。なるほど。各国が、君を欲しがるわけだ」
パズスは、ゆっくりと手を降ろす。
「アモンは君とシェミ君を歓迎するよ。あと、この国の成り立ちを知ってもらえると、誤解も解けると思うが。まあ、君にばかりお願いするのも違うだろう」
そう言うと、パズスの執務室の扉が開く。
160㎝くらいの、長い金髪の綺麗な人だった。
赤い目が、印象的である。
「やっと来たか。私の娘で、秘書をさせている。ズーだ。君たちの世話をしてくれる」
「初めまして。ズーと申します。以後お見知りおきを」
「生血です。けど、、少しおかしい気がします」
頭を下げる彼女を見ながら、ミホが小さく呟く。
顔を上げたズーと言う女性は、にっこりと笑うのだった。
「えっと、あの、、」
ズーが準備してくれた、宿へ向かう車の中で、シェミが、ずっと何を言っていいのか分からず、あたふたしているのを見ながら、僕はミホにもたれかかるように座っていた。
すさまじく大きな車で、全員が乗っているのに、まだ少し余裕がある。
「疲れたね」
ゆっくりと頭を撫でてくれるのを感じながら、体の力を抜いていると。
「リラックスしてくれないでもらえるか?本当に、肝が冷えたのだから。まさか、パズス様に、あそこまで挑発的な目をし続けるとは」
セムヤザさんが、恨めしい目を向けてくるけど、知った事じゃない。
「私も、心の奥から納得しているわけじゃないのだけれど、その恩恵を受けている事は確かなのだよ」
「神血は、、建材でも、医療の道具でもありません。ましてや、、こんな、、、精神まで使うなんて」
ミホの声が、低く、低くうなるように吐き出される。
本当に怒っている。
ゆっくりと僕は、ミホの腰に手を回して、彼女を自分の方へと引き寄せる。
怒りの目を感じたのか。
セムヤザさんは、ゆっくりとため息を吐く。
「そうですね。ミホさんにとっては、受け入れがたいでしょうが。ええと、まだ宿まで時間がありますし、少しだけ、昔話をしましょうか」
ズーさんが、ゆっくりと僕たちを見回す。
「そうですね、、それは、、、昔の事なのですが、、」
「大丈夫ですか?」
「ああ。君こそ、大丈夫なのかい?」
「私は、神血ですよ。疲れも何もありません」
そう言って、私は笑って彼の手を取る。
「君は、、本当に良かったのかい?」
「あら、私は間違った事は何もしてません。良いも悪いもあるわけないじゃないですか」
「けど、、君はモータースの、、」
「そんな物は私にとっては邪魔なだけですもの」
笑って私は彼の話を止める。
私は、モータースと言う国の、大貴族の娘だった。
はっきり言えば、国を治めている人に一番近い所にいたと思う。
姫。
私が嫌いな言葉だ。
「だけど、、」
「まだ言いますか?その口をずっと塞いでしまいましょうか」
私は、彼の口を自分の唇でふさいでしまう。
駆け落ち。そう言うのかもしれない。
モータースでは、生血は汚れた血と言われてしまい、神血こそが選ばれた民という考え方だった。
けど。
「んっ。いや、けど、、んっ」
「ぐちぐち言う所は、嫌いです」
何も言わせなくしてしまえば、彼は顔を真っ赤にして目線をそらす。
本当に可愛い。
私は笑いながら、彼の腕に手を絡ませる。
この人を好きになったのが、私の運命なんだと確信していた。
「いたぞ!」
「ここもダメかっ!」
「行きましょう」
私たちは、常に追われていた。
モータースの国からの追っては、本当にしつこくて。
私たちは安住の地を求めて、どこまでも、どこまでも逃げ続けた。
逃げ続けて。逃げ続けて。
人が住めないと言われる場所まで逃げてしまった。
地獄の地。
そう呼ばれている、永久凍土の土地。
そこで、私は彼と一緒にいた。
ちいさな小屋を建て。
寒い日は、彼の服になり。
一緒に過ごした。
さすがに、ここまではモータースの追っても来なかった。
子供が生まれ。
私たちは幸せだった。
小さな小さな幸せ。
けど。
その幸せは、打ち砕かれた。この大地に。
「ダメだ。子供が持たない」
夫が、必死に私たちの子供を抱える。
けど、外は人が活動できる限界を超えた寒さだ。
もちろん、家の中も。
暖房の火すら凍り付きそうな寒波。
こんな寒さがくるなんて、思いもしなかった。
彼と、私だけなら生き残れる。
けど、子供達は。
寒さに震えながら、眠ってしまった子供はもう、長くないと思う。
私は、ゆっくりと彼の。
夫の目を見る。
「ダメだ!」
夫の静止を振り切って。
私は、自分の境界を越えて。私という形の外へ私を作る。
「愛してます。あなたも、子供も」
私は、全ての命を私を形作る全てを。
愛する人の為に使った。
暖かな部屋の中。
男は、子供を抱いてむせび泣く。
人の身には収まりきれない程の魔力を持って生まれ。魔力の聖女とまで呼ばれた彼女は。
その全ての魔力を使って、無限に自身のナノマシンを増殖させ。
家族を守る壁となった。
スーツと同じ気温調節機能を備えたその部屋の中で。
男は、安らかに眠る子供を抱いてひたすら泣いていたのだった。
「彼が、この国。アモンの創設者です。戦いに疲れた者。戦いから逃げた者。失って、絶望した者。そうした者が、彼の、彼女の家に集まりました。そこから、人が増え。村が生まれました。けれども、彼の家族を全て奪った大寒波は数年に。何度も、何度も起きました。その度に、多くの者が命を落としました」
ズーの言葉は、重い。
「神血の者は、愛する者を生かすために。生血の者は、神血の愛を残すために」
目線の先には、建物が並んでいるのが見える。
確かに外は寒いのだろう。
分厚いコートを羽織っている人を何人も見かける。
アミーは、アモンの中でも一番気候が安定していて、住みやすい土地なのだと理解させられる。
「そして、いつの間にか、人が人を助けるために生まれた国。人道国家アモンと呼ばれるようになりました。神血の全てを使って、神血の体内で生きる事を決めた人達の思いを込めて」
車が宿に入る。
「これが、この人道国家アモン。その首都。マモンの建設の歴史なのです」
ズーは、ゆっくりと遠くを見るように歴史を語り終えた。
僕は、なんと言っていいか分からず、彼女を見る。
「けど、そんな思いも、今となっては、消えてしまって、素材として、道具として見てしまっているのでしょうね。私も含めて」
彼女は、寂しそうに笑うのだった。




