神の家
「この辺りです」
ミホが、小さく首の傍で話かけてくれる。
「ああ」
僕はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
僕の足元、目の前に広がっているのは、永久凍土。
遥か北。
人が立ち入ったら一瞬で死んでしまうようなほどの極寒の地に、その建物は小さく建っていた。
「荒野にあったあの建物みたいだ」
僕は、師匠たちと過ごした家を思い出していた。
何もない所に、寂しく建っていたあの家と同じく。
真っ白い大地に、一つの家が建っていたのだ。
ゆっくりと家の中に入る。
その途端、荒野の家と同じように、全てのモニターが復活していく。
完全に凍っていた部屋が。
一気に温かくなり、部屋の中の氷が溶けていく。
「これは、、確かに」
ずしっと重たい。
魔力が20万もあるのに、ほぼ全部持っていかれている。
「僕じゃないと、、、無理だ」
今まで逢って来た人の中で、多分、僕が一番魔力量が高い。
なのに。。
「ギリギリとか、、どれだけ魔力を持っていくんだ」
流石に辛くなって、家の中で座り込む。
ミホは、スーツ化したままだ。しかし、最近、ミホの心が全く読めなくなっていた。
何も言わないミホと二人。冷たい部屋の中座り込む。
しばらく座り込んでいると。
「もう、活動可能環境に変化しました。スーツ解除をお願いします」
ミホが小さく呟く。
ああ。そうだった。
今は無理やりスーツ化しているため、ミホ個人の意思ではスーツ解除が出来なくなっているんだった。
僕は、ミホに流していた魔力の流れを切る。
途端、ミホは紐状にばらけ、人の形を取る。
彼女が再び僕の横に立った時、モニターが目の前に開いた。
そこに書かれているのは。
『器を歓迎す』
「器?」
僕は小さく呟くと。
「器。神の儀仗。神の祭壇」
ミホが突然呟き始める。
「神の意思。神の御幸」
おかしな事を言い出したミホを僕はただ見ていた。
「神の、、、」
それだけを言うと、ミホはその場に倒れる。
僕は、ゆっくりとそんなミホをソファーに寝かせる。
「何か、、あるのか?」
器という言葉に反応したのだ。
何かあると思っていい。
僕は再び家の中を歩き始める。
そして、家の中の扉を開けた瞬間。
真っ白の光りの中に包まれてしまった。
「ようこそ。と言うべきなのかな?久しぶりと言うべきなのかな?」
黒い姿の少年がうっすらと笑いながら立っている。
「焦っている、、様子もないのね」
黒い少女が、呆れた声を出す。
「ここは、」、
僕は、何故か、落ち着いて周りを見回す余裕があった。
「ここはね、、神の領域。いや、神の祭壇、、、かな」
「人と、神が交われる場所」
黒い少年は、空中に座るように腰を下ろし、足を組む。
「器」
少年の言葉に、僕は顔を上げる。
「それが、ここに来る条件。そして、神の家に入る事が、眠っている神の家を目覚めさせる事が条件」
少年が笑っているのが分かる。
表情もなにも無い、黒一色の少年なのに。
「で、君は、何をしに来たのかな?」
少年の言葉に、僕はここに来た理由を思い出す。
しかし、口を開く前に、少年は笑いながら手を伸ばし、僕の発言を止めていた。
「悪いね。知っているよ。ここに来た理由。けどね、、難しいんだよね」
少年が、首をかしげ、組んでいた足を力良く踏みつける。
その途端、少年の足の周りが砕け。
真っ暗な世界が現れた。
「君にはどう見える?」
少年が問いかける。
何も見えない。
真っ暗だ。
何も返事が出来ないでいると、少年は大きくため息を吐く。
「君を縛っていた物は取り払った。というか、意味をなさないから、外した。けど、君はその力を受け入れていない」
少年を見つめるも。
「それが悪い事だとは言わない。むしろ、『人』として生きるなら、その方がいい」
僕は何も言えない。
「けど、君が、大事な人を助けたいと思うのなら」
ゆっくりと暗闇を見つめる。
「君は、ここを知らないといけない」
「ふふ。そうね。後2個。家があるのよ。そこに行ってみるのもいいかもね」
少女が、ゆるやかに笑う。
「ここを知る事が、君の大切な人を救う手立てになる」
「けど、覚悟もいるわよ。『人』でいる覚悟が」
二人の言葉は分からない。
僕は人だ。当たり前だけど。
「なら、行きなさい。そうね。ヒントを上げるわ。家の一つは、人道国家アモンにあるわよ」
少女がそう言って笑い。
僕は、再び家の中の寝室の中にいたのだった。
「大ヒント、ていうかほとんど正解だったね」
「あら、あなたもでしょ」
少女の言葉にため息を吐く少年。
「だって、助けて上げたいじゃない。あの馬鹿親父に一泡吹かせてやりたいし」
「反抗期、、かしら」
「君も、、だろう?」
「私は、お父様の味方よ。いつでも。でも、あなたも嫌いじゃないだけ」
二人は、暗闇を見つめる。
暗闇の中。
小さな光がいくつも光っては消えていくのが見える。
「命を、宇宙としたら、どれだけの星があるんだろうね」
「私たちですら、もう探せない。この広がった世界の中じゃ」
「でも」
「奇跡は、信じて見たいじゃない」
「まあ、それが私たちだもの」
少年と、少女は、暗闇を見つめたまま口を閉ざすのだった。




