小さな希望
荒野の中。空を飛んで逃げ出した僕たちは、再び荒野の中の家の中にいた。
「食事ができました」
ミホは、相変わらず。少し前に、強制的にスーツ化した事すら気にしていないかのように、変わらない態度で接してくれる。
スーツ化というのは、接続者をバラして組み立て直すのと一緒。
言ってしまえば、裸にして、解剖するのと一緒なのだ。
それを強制的に行う。それがどれほどの罪なのか。
そんな事をされて、あれほど痛みに絶叫したのに、全く気にしていない風のミホ。
いや、本当にミホなのか。
「ああ、ありがとう」
そういえば、ミホとあまり会話をしていない。
いつも、必要最低限の会話だけのような気がする。
食事が出来た、今が何時だ。お風呂が沸けた。
そんな、最低限の会話。
食事中も会話をする事も無く。ミホと一緒に食べるわけでもなく。
一人でミホの料理を食べきる。
最近は、ミホは自分の分を作る事もしなくなっていた。
「必要ないので」
それだけ言うと、口をつぐんでしまう。
神血は、生血の魔力さえあれば。
生血が生きていれば、神血は生きて行ける。
学校では教えてくれない事。
神血が、人で無いという疑念を持たせてしまう事実。
「なんなんだよ」
僕は頭を抱えて、食べ終わった皿を下げて行くミホの姿を目で追っていた。
「ミホ」
思わず、彼女の手を握るも。
「何かありましたか?」
そう笑顔で返事をされてしまう。
しかし、その笑顔の中に何かが足りない。
思わず、僕は手を離してしまう。
ミホはゆっくりと笑顔のままで、お皿を洗い出す。
足りない何かを抱えたまま、自分の手を見つめていると、いきなりメールボックスが開く。
そこに書かれていた言葉に、僕は再びミホを強制的に装着するのだった。
「また、、、来るとは思わなかったよ」
僕は、一人の男の寝室に忍び込んでいた。
呆れた顔をしているのは、僕に似た青年。
「君も、、、奪われたんだね。大事な人を」
酷く真剣な顔をしていたのか。僕の顔を見るなり、宗教国家ゼウスの、2番目に位置する青年は、寂しそうに笑う。
「何か、知っているかと思って、、」
僕は小さく呟く。
匿名のメールには、同じ神機を扱う者に尋ねてみたらどうだと、それだけが書かれていた。
「何も知らないよ。けど、、僕が一番最初に行った場所なら、何か分かるのかも知れない。僕が行った時は、何も起きなかったけどね」
ゼウスの教皇の弟、サタエルは、表情の無い顔で笑うのだった。
「僕は、大事な人の体を失った。君は、、大事な人の心を失ったんだね」
サタエルは、横でにこやかに笑ってたっているだけのミホを見て、切なそうな顔をする。
ミホはサタエルを見ても何も言わない。
しかし、その言葉で僕は本当に失った物が何かを知る事が出来た気がした。
「結局、君も、僕も、神機の呪縛からは逃れられないと言う事なのかな」
僕は、そんなサタエルの言葉に首を振る。
「だよね。僕も、大切な人を諦めるつもりは無い。それは、君も一緒か」
サタエルの言葉に、ふと僕は時空間統制の中にある知識を思い出す。
「なぁ。体は、神血の身体は再生できるはずなんだが、君はそれをしないのか?」
僕がサタエルに尋ねる。
その瞬間、凄まじい殺気を含んだ目で僕を睨むサタエル。
そして、ゆっくりと首を振る。
「もし、君のミホ君が、金髪の、青い目になっていたら、ミホ君と言い切れるかい?」
サタエルのなんとも言えない苦しそうな顔に、僕は何も言えなくなる。
そうだった。神機に乗って、ミホは髪の色が変わってしまった。
もし、再生した場合、目の色なんかも変わってしまったら。
「再生は、したんだよ。出来ると知ってね。でも、新しく生まれたのは、僕の知っている彼女じゃなかった」
サタエルの言葉はひどく重い。
「僕の幼馴染のウリエルは、金髪の、綺麗な赤い目だった。けど、生まれて来たのは、紫の髪と、青い目を持った少女だった。神血は、整形も、髪や目の色を変える事は絶対に出来ないと言うのに」
ゆっくりと自分の片手をさするサタエル。
そこは、肌色ではなく、銀色のスーツのような色をしている。
「だからこそ。僕は受け入れられなかった。君がミホ君の姿をしている、その子を受け入れられないようにね」
僕は小さくうなづく。
今なら分かる。
今のミホは、ミホなのか、そうじゃないのか、分からない。
自分では分からない。
姿はミホだ。でも、話しかけてくれる言葉が。
気を使ってくれる態度が。
言葉の一つ一つが、違うと僕の心を叩いて来る。
「だから、僕はウリエルを取り戻すまで、ここにいてもらう事にしたんだよ」
義手をいとおしそうに撫でる、サタエルの顔には、少しだけ狂気が浮かんでいる。
大事な人を救えなかった、絶望が。
狂気の形をしていた。
「僕は、そこに昔行った事がある。何も無かったけどね。けど、、あの時、僕の接続者で神血のウリエルは義手だった。もし、二人そろっていったら、何かあるかもしれない」
サタエルは、真剣な顔をしている。
「もし、何かあったら、教えてくれないか?散々追い回して、酷い事をした僕が言える事じゃないのは分かっているんだ。けど、、、」
諦めきれないんだ。
その顔が物語っていた。
「神機。その力の代償が、大事な人を失う事なのなら、神機などいらなかった」
お礼を言って、サタエルの部屋から抜け出る時に聞こえた、サタエルの小さな呟きは、そのまま僕の気持ちと一致するのだった。




