シュウと隠し事
「問題ばかり起こしますね」
怒っているのか。
ケイトさんが運転する車の後部座席にミホと二人で詰め込まれたあと、ケイトさんは何処かへと車を走らせていた。
結局、ケイトさんは、先生に何一つ言わせず、僕たちを引き取り車に押し込めたのだ。
「えーと。何処に行くんですか?」
ミホが恐る恐る尋ねる。
「シュウの秘密と言えばいいのかも知れせんね」
ケイトさんはミホをミラー越しに確認しながら返事をする。少し口調が荒い。
怒っているようだ。
「また、あそこに行くの?」
僕が尋ねるも、即座に首を振るケイトさん。
「あなたは、自分が何をしたのか、本当に理解していないようですね。困ったものです。普通なら、懲罰の上、死罪もありえる大罪ですよ。相手の意思を無視して、接続者として契約してしまうなんて。さらにあなたの場合、接続者契約そのものが、軍の重要機密事項だというのに」
「やっぱり、私、シュウに、、、」
泣きそうな顔をするミホ。
「彼がまったく倫理観がずれてるから、私から謝るわね。ごめんなさいね。ミホ、、さんだったかしら?」
「いや、望まない契約は、破棄出来るとか言ってなかった?」
僕が聞くと。
女性二人に睨まれる。
いや。ミホに、思いっきり頬をはたかれていた。
ミホの目が真剣に怒っているのが分かる。
「デリカシーのない人は、嫌われるわよ。はっきり言わせてもらえば、あなたのやった事は、レ〇プに近い事だと自覚しておきなさい」
ケイトさんにも睨まれてしまう。
僕は、その二人の視線に耐えきれず、小さくなっていると、ケイトさんが少し優しい口調になっていた。
「それとね。あなたは特別なの。いろいろとね。本当なら、、、いや。終わってしまった事は仕方ないわね」
けど、こんなに、歯切れの悪いケイトさんは初めて見る。
車は町の中心部。
この町の軍施設の司令部とも言うべき建物のゲートを通り過ぎる。
「え?スルー?」
ミホが軍施設というのに、入り口で止められなかった事に驚いている。
車は、そのまま建物の中に入って行く。
車のまま、エレベーターに乗り。
一気に最上階へ上がる。
「降りてちょうだい」
そう言われ僕達は車から降ろされてしまう。
誰もいない通路を歩くと。
目の前に、大きな扉があった。
「特殊化学部 第3部隊所属 ケイト・マッカー中佐です!入ります!」
突然その前で、敬礼をするケイトさん。
すると、自然と巨大な扉が開き。
目の前の巨大な執政机の前に、今まで教科書でしか見た事の無い人が座っていた。
「許可する。要件を言い給え」
ミホはいつの間にか僕の後ろで震えている。
「はっ!以前より指摘されていた、隣国、バルカンの諜報部隊を発見。我が部隊が一番に接触、これを撃破しましたが、それよりも大きな事態が発生してしまったため、ご報告にあがりました!」
彼。黒ひげを蓄えた、60代にしては若々しくみえる総司令官、バルバトス・アログフがこちらを見るのが分かった。
「なんとなくは理解した。その子は、例の子かね?」
「はっ!記録にあった通りの子です!本日、敵国の諜報隊が軍部育成期間中の生徒の暗殺を行おうとし、その最中に、事故のような形で、契約がなされてしまいました!」
「君の部隊の活躍は確認している。で、結果として、動くのかね?彼のモノは?」
鋭い眼光でにらまれ。
さすがに、僕も腰が抜けそうになってしまう。
だが、後ろで、ミホが震えている以上、情けなく座り込む事はできない。
必死に、笑う足を叱り飛ばす。
「はっ!まだ、確認はとれていません!機体の出現も機体そのものも、確認が出来てはいない状況でしたが、一度お目通りをと思い連れてまいりました!」
ケイトさんのその言葉に、少し笑みを浮かべると、こちらに歩み寄る、総司令官。
「君の事は聞いているよ。シュウ モリキ。君の父上、母上は私の覚えている兵士の中でも10本の指に入るほどの腕前だった。君が持っている力。私のため、いや。この国の人々のため、振るってもらえる事を期待しているよ」
そう言って。僕の肩を叩く。
その後で。俺の後ろで震えているミホを見ると。
「君には、辛い日々になるかもしれない。突然の事で、何も分からないかも知れない。しかし、彼を支えてやってくれないかな。勝手なお願いで申し訳ないとは思うのだが、これは、司令官としてではなく、前線で一緒に戦った彼の父上の友人としてのお願いだ」
優しく微笑まれ、ミホが泣きそうになりながら、思わずうなずいているのが分かった。
「ケイト中佐。そして、ミホ君も、もう理解しているかも知れないが。シュウ モリキは、軍の機密の塊とも言っていい存在である。これは、軍部総司令官としての命令である。ミホ カンナギは、シュウ モリキについて、今後、一切の情報を誰に対しても発言する事を禁止する。たとえ、親であろうとも」
後ろでミホがびくっと震えるのが分かる。
「ケイト中佐。我が国念願の起動実験となるだろう。慎重に行うように」
その言葉に、再び敬礼をし直すケイトさん。
「私からは、以上だ。報告。大儀であった」
その言葉を聞くと。
敬礼をし、俺達を押し出すように外に出る。
僕達の後ろで大きな扉が再び締まり。
「はぁー。やっぱりそうなるのよね」
全身脱力したケイトさんが、うらめしそうに俺達を見ていた。
同日。
神薙の家に一台の車が止まる。
もともと有名な神血の一族である神薙家は、ほぼ毎世代Aランクの接続者を出している、名門中の名門の家柄である。
そこへ軍部の車が入っていっても、まぁ不思議ではない。
だが。
その車に、軍学科の最高学部長がいるとするならそれは別の話だった。
「お嬢様ですが。軍の機密に触れたため、その身柄を軍が管理する事となりました」
それだけを言われ、慌てる一家に。
「拘束するわけではありません。今まで通りに、生活していただきます。しかし、今後、お嬢様の行動や、身辺について尋ねる事は禁止とされます」
「それは、どういう事でしょうか?」
「一級機密に該当するため、何も伝える事は出来ません。しかし、これだけは言えます。
お嬢様は、我が国の希望となりました。全力を持って、お支えさせていただきます。これは、総司令官からのお心使いです」
学部長がそっと出して来たのは、電子カード。
「我々の気持ちが入っております。身を買うわけではありませんが、一級機密という事を理解していただきたい」
なんとも的を得ない話に、ぽかんとするミホの父親と母親。
それでは。と学部長が帰った後で、電子カードを見て、二人は思わず震えてしまう。
その中に入っていたのは、10億という、とてつもない額だった。